第293話 闇が光へ

セイは、一人、廊下に立っていた。


山田小太郎の家の廊下。


以前、シンジと訪ねたときは、ごく普通の、壁に囲まれた廊下だったはずなのだが、今は床以外がガラス張りになっていて、外の景色がよく見える。


もう日は落ちている。

外の世界は、闇だった。


世界が変わってすでに一ヶ月以上経過している。


夜を照らしていた人の光は、その数を減らしていた。


どこまでも暗い、変わってしまった今の世界。

闇の世界。


セイはガラスに手を当て、外の闇のような自分の心を、そっと自覚する。


女の子がいた。


可愛らしい女の子が、いた。


セイの知らない女の子。


一人ではない。


三人も。


どこかで見たことはある。

一人は、ずっと前から知っている、姉と慕っていた人物ではある。

他の二人も、いたことは知っていた。


死鬼として、シンジがこのマンションに運んでいた人物だ。


めがねをかけていた少女の名前は、豊橋 南(とよはし みなみ)


少し目つきが悪い少女の名前は 飾道 美幸(しょくどう みゆき)


セイとは一つ学年が上の先輩で、シンジが生き返った後、死鬼から生き返らせた二人らしい。


コタロウがやってきて、ポイントに余裕が出来たから生き返らせたのだろう。


二人とも、可愛らしい少女だった。


「……はぁ」


セイは、もう一度息を吐く。


二人が可愛いだけなら、セイの気持ちはここまで気味が悪い物になっていないだろう。


問題は、二人とも『神体の呼吸法』を使えたことだ。


シンジと一緒に、『神体の呼吸法』の修練をしていたことだ。


あの、抱き合う、修練を。


セイは、拳を握る。

胸を、かきむしりたくなる。

衝動が止まらない。

ユリナの時も、辛かった。


他に、エリーも含めると三人も、シンジはあのようなことをしていたのだろうか。


修練だ。

強くなるためだ。


今の世界、弱いままでは生き残れない。


それは、わかる。


そして、シンジは、一度生き返らせた命に対し、助けた命に対し、弱いままでいることを許すほど、薄情な人間ではない。


セイに促したように。


ユリナやマドカに示したように。


三人にも、強くなる選択肢を、方法を、与えた。


そんなことはわかっている。


わかっているから、セイは、胸をかきむしりたくなっていた。


セイの前には、闇が、どこまでも続いていた。


「常春さん」


声が聞こえ、セイは目を閉じ、闇を遮った。


けど、閉じても、闇だ。


より暗い闇だ。


「ちょっといいかな? 聞きたいことがあるんだけど」


でも、なぜか、光が射してくる。


白い光が。


強く、強く目を閉じるほどに。


光が広がる。


「……はい」


セイは、しばらく光を感じたあと、ゆっくりと目を開き、声をかけた人物を見た。


シンジだった。

なにやら気恥ずかしそうに、微笑んでいる。


(……ああ)


ついさきほどまで、セイは自分の肉体を傷つけたいほどに、心が闇に覆われていたはずだった。


でも、なぜだろう。

今はそんな物はどこかに消えている。


「よかった。いや、本当は食事中にでも聞こうと思っていたんだけど、タイミングがなくてさ」


「はい」


シンジが、自分を見て話しかけてくれる。


それだけなのに、なぜか心が安らいでいる。


闇が跡形もなく消えていく。


そんな自身の変化が心地よくて、セイは準備をしていなかった。


シンジの問いに対する準備を。


だから、動揺してしまう。


「常春さん。何か欲しいもの、ある?」


「……はい?」


セイは固まってしまっていた。


なぜ、シンジがこのようなことを聞くのか、理解出来なかった。


「えっと、ほら、明日クリスマスでしょ? さすがに今からだと、朝に渡すってわけにはいかないけど、夜には何とか準備出来るし。あ、そうそう。明日もパーティーだから。今日は食事だけだったけど明日はちゃんとレクリエーションも用意して、皆で……」


「……はい」


セイは、まだ固まっていた。

シンジから贈り物をもらえる。


その事実に、思考が停止していた。

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