第292話 3人が来た
「どういうこと? なにも変わってない? これで何かしているんですか?」
「ん? ああ、それは、そう見えるだろうね。ただ抱き合っているだけじゃないか? って」
意味ありげに、コタロウは言う。
「いや実際そうだろ。ハグしているだけなんだから。だから、さっきから言っているだろ? 大したことないって」
シンジは、呆れたように息を吐く。
「いやいや。それはシンジだけじゃないかな?」
コタロウの言葉に、マドカは反射的にユリナに目を向けた。
一見、何でもないように思えたが、よく見るとユリナは、耳を赤くし体を震わせている。
「えっと、ユリちゃん?」
ユリナは反応しない。
ただ、時折「ふっ、ふぅ」と小刻みに息を漏らしているのが聞こえるだけだ。
だけなのだが。
マドカは、ユリナの様子に大きく息を飲んでしまっていた。
わかったからだ。
親友がどんな様子か。
「なんで……ユリちゃんは、あんな感じに? その、は……こ、興奮しているというか。抱き合っているだけ、ですよね?」
「……欲望」
マドカはコタロウに聞いていたのだが、疑問に答えたのは、セイだった。
「……セイちゃん?」
「……ああ、だから明星先輩も意図的に……欲望が、神が強さに……けど」
とはいえ、マドカの疑問にちゃんと答えようとしたわけではないようだ。セイはブツブツとつぶやき、一人で何かを納得するようにユリナとシンジを穴があくほどに見つめている。
「……あの、山田先輩」
「んー? まぁ、常春ちゃんがつぶやいているのが正解なんだけど。要は今の世界は『欲望』が力を持っている世界だって話をしたでしょ? だから『欲望』を支配する力を身につけないといけない。支配するには……やっぱり、それに慣れる必要があるし、慣れる為の一番手っ取り早い方法は、大量に扱うってことなんだ」
コタロウは、シンジたちに目を向ける。
「『欲望』の中でも強いものは三大欲求なんて言い方もするけど、その三つは『食欲』『睡眠欲』そして『性欲』だ」
コタロウはニヤリと笑う。
「『性欲』を別の欲と変える話もあるけど、どちらにしても人間が持つ強い欲望の一つが『性欲』であることに間違いはない。そして、『性欲』は他の欲望と違う性質がある」
コタロウは、両手をあわせた。
「それは、他者によって、強さを変える欲望だってことだ。愛する人。魅力的な人によって、感じる欲望に大きな差が生じる」
「あ、愛する人」
「そう。別にイケメンとか美少女とかでもいいんだけど。とにかく、他者によって強さを変えることが可能な『性欲』を使い、欲望を、神を支配する力、『神体の呼吸法』を会得するのが、今シンジたちがしている修練方法ってわけだ」
コタロウはセイに目を向ける。
セイは何かを考え込むように、じっとしていた。
「もう少し解説するとね。シンジはただハグをしているだけって言っていたけど、実際は呼吸に合わせて神を、欲望を水橋ちゃんに送っているんだよ」
「よ、欲望!?」
マドカが声を上げるのを流しながらコタロウが続ける。
「背中をトントンと叩き、神を流しながら、呼吸のリズムを誘導する。吸って、吐いて。そうやって自分では取り込めない質と量の神を送ってもらい、神の支配の仕方を覚えるんだ」
シンジたちをよく見ると、確かにシンジがユリナの背中を定期的にポンポンと軽く叩いている。
まるで幼子をあやすように。
そのたびに、ユリナの体がビクビクと小刻みに震えている。
「つまり今のユリちゃんは……」
「それはさすがに口にはしないけど、まぁそういうことだね」
「ひええ……」
マドカの顔は、もう真っ赤である。
「……うっ」
「おっと」
突然、ユリナが力をなくし、シンジが支える。
「ありゃ? 今日はまだ一段と早いね」
「そうだな」
シンジがユリナの様子を確かめると、ユリナは意識を失っていた。
「皆に見られていたってのあるんだけどね、一番の理由はシンジの服装かね」
そういいながら、コタロウがニヤニヤと笑いながらシンジが着ている衣装に目を移す。
普段のシンジでは考えられないような仕立ての服だ。
簡単にいえば、今のシンジはカッコいい。
「こんな服で何か変わるかね?」
「シンジだってメイド服には興奮するでしょ?」
「……まぁ、そりゃそうだ」
シンジは、そのままユリナを抱き抱える。
「えーっと、ユリちゃんは大丈夫なんですか?」
マドカは、少し照れながら、でも心配そうにシンジとコタロウに聞く。
「大丈夫。いつものことだから」
「流された欲望の大きさを体が処理できなくなっただけだからね」
「……それだけ聞くと、俺がド変態みたいじゃねーか」
シンジはコタロウをにらむ。
「……へ? なにを言っているの? シンジが、まだ水橋ちゃんや百合野ちゃんたちが死鬼の時に……」
「よぉーし、悪かった。俺が悪かった」
シンジはあわててコタロウの発言を止める。
「先輩、何をしていたんですか?」
マドカが少しだけにらむようにシンジに聞く。
「え? いや、あ、あはは。それより、どう? これが『神体の呼吸法』の修練だけど……やってみる?」
「へ?ひえっ!?」
睨むのも忘れ、マドカは素っ頓狂な声を出してしまった。
「あ、あの、わ、私は……」
「ハグするだけで、大したことなかったでしょ? 百合野さんはアレの影響をモロに食らっていたし、出来るなら……」
「……先輩」
シンジの声を、セイが遮る。
怖いくらいに、表情を浮かべない顔で。
「常春さん?」
「あの……ですね。あの……」
シンジの顔を見るまでは……確かに、セイは何かを言おうとしていたようなのだが。
セイはシンジの顔を見ると、そのまま言いよどむ。
「……あの!」
そして、何か、自分の中で決意をし、セイがはっきりと口を開いた時だ。
「さてと、そろそろいいかなー? あ、ひっさしぶり、セイちゃん!」
扉の開ける音の後、明るい、女性の声が聞こえてきた。
「……え?」
入ってきたのは、金髪の美女。
半蔵と一緒に、セイの道場に修行に来ていた、セイにとって姉のような女性。
エリーだった。
「元気だった!? あえてよかったよー」
エリーは、飛びかかるようにセイに抱きつく。
セイは、驚きのあまり動けないでいた。
「あ、あの? というか……」
エリーは、死鬼になっていたはずだ。
なのに、生きている。
その驚き……も、あるが、それだけではない。
「うわーこれは可愛い女の子ですね。というか、あれってラブコメの子? ほうほう、これはこれは、面白そうですなぁ」
「可愛いって言っても、食欲はただの化け物だけどな。用意していた分食い散らかしやがって……おかげで一緒に食べることが出来なかったじゃねーかよ」
他にも二人、セイの知らない少女達が入ってきたからだ。
メガネをかけた、三つ編みの女子が、ニヤニヤと笑いながらセイ達を見て、その後、横にいた目つきの悪い女子に視線を移す。
目つきの悪い女子は、最後の方の言葉を、小さく言うと、ジロリとセイ達を睨んでいた。
「お疲れ様。急に人数が増えたから大変だったでしょ? ありがとうね、ショクドウさん。トヨハシさんも、エリーさんも、お手伝いありがとう」
部屋に入ってきた女子達に、シンジは馴れ馴れしく声をかけている。
「どういたしまして」
シンジの礼にエリーはセイを抱きしめたまま軽く答える。
「この貸しは高いですよーぐふふ」
「ちっ……おう」
メガネをかけた女子は意地悪く笑い、目つきの悪い女子は頬を赤らめていた。
何が何だか分からなくて、セイがぽかんとしていると、シンジが思い出した様に手を打つ。
「ああ、そういえば、常春さん達には言っていなかったよね。エリーさんは、知っているだろうけど、こっちの二人は、豊橋 南(とよはし みなみ)さんと、飾道 美幸(しょくどう みゆき)さん。今日の食事を用意してくれたんだ」
シンジに二人を紹介されても、セイは何も答えることが出来なかった。
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