第291話 『神』が『欲望』
「は、はわわわ」
机とイスが片づけられ、今まで食事を楽しんでいた場所がまるでダンスホールのように広々とした空間に変わる。
その中央にはシンジとユリナがいて、抱き合っている。
親友が顔を赤くしながら、意中の男性と抱き合っているシーンにマドカは慌てながら両手で顔を隠す。
両手で隠しながら、しっかりと目の部分は空けているのは、さすがマドカというところだろうか。
「せ、セイちゃん! どうするよ! セイちゃん!」
マドカはパンパンと隣にいたセイの肩をたたく。
セイは、かなりの力を込めて腕組みをしていたのだが、マドカの方に一瞬だけ目を向けて、言う。
「……あざとい」
「……あざとい!? 何が!? というか、あざとくはないよ! あざとくは!!」
バンバンとマドカは片手でセイをたたくが、もう片方の手は自分の顔をかくし、ばっちりと目の部分を空けている。
やはりあざとい。
「さて、では二人の修練の様子を見ながら、コタロウ君があざとい百合野ちゃんと頑張っている常春ちゃんに色々解説しましょう」
「あざとくないですよ!?」
丸々と白い雪だるまのような衣装のコタロウに、マドカは食ってかかる。
しかし、セイは腕を組んだまま、じっとコタロウを見て言う。
「……どうぞ」
「おおう、良い目良い目。色々我慢している目。つまり欲望をコントロールしている目。さすがに、『神体の呼吸法』を生み出した常春家って感じだ」
「……『神体の呼吸法』を生み出した?」
「そ。異世界に『勇者』として召喚された常春家のご先祖様が生み出したのが、欲望を操る技術。『神体の呼吸法』だ」
コタロウが、指をピッピと動かす。
「まぁ、欲望を操ろうとした人物は、つまりは『神』を操ろうとした人物は古今東西、あらゆる場所にいて、成功している人は何人もいたけどね。それを技術として体系し、なおかつ戦闘面での『頂』を目指し、効率よく研鑽してきたのが『常春家』だ」
コタロウが、ブンと拳を突き出す。
「……そういう意味では、シンジの、明星家の『神体の呼吸法』は、ちょっと方向性が違うけど。まぁ、どっちにしても強くなることには変わりない。特に欲望による、『神』によるレベルとアイテムの概念が顕在化した今の世界だとね」
情報量が、あまりに多く。
セイは何を聞くべきか思案してしまう。
マドカも同様なのだろう。
あざとく顔を押さえていた手は、完全に下がっていた。
「え……っと、その。色々あるんですけど、まず、セイちゃんと明星先輩の『神体の呼吸法』は違うんですか?」
「うん。常春家の『神体の呼吸法』は身体面の強化を重きにおいている。あのじいさんを見ていたら、分かるでしょ?」
コタロウは、セイに目を向ける。
「……山田先輩は、祖父をご存じなのですか?」
「まぁね。親父同士がちょっと……この話は、あとでいいでしょ大した付き合いでもないし。とにかく、常春ちゃんがやっている『神体の呼吸法』は、要は出力重視なんだよ。破壊力というか、短期決戦というか、脳筋というか」
「……脳筋」
マドカは顔を横にして、吹き出すのをこらえる。
そんなマドカを一瞬だけ冷たい目で見た後、セイはコタロウに向き直る。
「最終目標が『神』の破壊だからね。その方向性に行くのはしょうがないんじゃない? 実際、攻撃力の面だとかなり優秀だし。それは常春ちゃんも実感があるでしょ?」
「……そうですね」
確かに、『神体の呼吸法』を実戦で使用できるようになってから、セイの攻撃力は飛躍的にあがった。
それこそ、レベルで上昇した能力値など、鼻で笑うような。
「……私と、明星先輩の『神体の呼吸法』の違いとは……」
「一言で言うと、シンジの『神体の呼吸法』は、精神面に重点をおいている。『集中力』とでもいうのかな。肉体的にも強くはなるけどね。シンジの『神体の呼吸法』を体験したらわかると思うよ。それより、先にレベルについて確認しておこうか」
「……レベルとはステータスが上がったり、技能が使える以外に何かあるんですか?」
セイの疑問にコタロウがうなづく。
「それはあるけど、それが全てじゃない。今から話すのは、デメリットの話だ」
「デメリット?」
マドカが、怪訝な顔を浮かべる。
「そう。デメリット。さっきから言っているけど、今この世界は『神』が、欲望が力を持ち、実体となる世界だ。それは、元々、この世界を作った奴らの世界と同じ環境ってわけだけど」
コタロウは、少しだけ顔を曇らせる。
「……だから、まぁ、レベルも『神』の、欲望の影響を受ける、受けているって話だよ。レベルが上がるってことは、ステータスが上昇するってことは、それだけの欲望を自分に取り込み、自分の体を作り替えるってことなんだ」
コタロウの話に、セイとマドカは目を見合わせる。
「二人とも、レベルが上がったとき、強烈な欲望に襲われていないかな? 例えば『ご飯を食べたい』とか、『眠たい』とか、『誰かに会いたい』とか」
コタロウの話は、二人とも確かに覚えがあった。
マドカは、はじめてレベル上げをしたあと、強烈な空腹を覚え、これまでの人生で経験がないほどの量を食べたし、セイも、シンジに会いたいと願っていた。
「覚えがあるようだね。けど本当に二人が善人でよかったよ。人によっては、『誰かを殺したい』といった欲望に襲われることもあるからさ」
コタロウは、乾いた笑いを浮かべる。
おそらく、そういった欲望を持った人間を知っているのだろう。
「まぁ、そんな感じで、今の世界だとレベルを上げる、強くなる、ってことは、強烈な欲望に襲われることと同じ意味を持つ。だから、その欲望を操る術を持たないと、欲望に溺れることになる……『神』に操られることになるのさ」
「……だから、逆に『神』を操る、『神体の呼吸法』が必要、と?」
「そうだね。実際、『神体の呼吸法』を覚えている人は、レベルが上がっても『神』の影響を受けにくい。常春ちゃんも、レベルが上がったあとの自分の欲望に、『神』に、逆らうことができたんじゃないの?」
「……そう、ですね」
確かに、あのとき、セイは自分の欲望に逆らった。
だが、逆らった結果、得たのはこの世の地獄とも思える裏切りだった。
そう思うと、自然と顔が鬼のように変わっていく。
「さすがだね。ちなみにシンジもよく逆らっていたと思うよ」
だが、シンジの名前が出た瞬間。
セイの鬼の顔が一瞬で消える。
そんなセイを見てうれしそうに、コタロウは話を続ける。
「シンジも、レベルを上げた当初は、色々な欲望に襲われていたからね。それに意図的に乗っかろうとしていたけど、結局一番大切なところでは、踏みとどまっていたし」
「……明星先輩の欲望って、何だったんですか」
聞いたのは、マドカだ。
「そりゃあ、もちろん。健全な男子高校生なら誰もが持っている。『食欲』『睡眠欲』そして……」
ニヤリと、コタロウは笑う。
「『性欲』だ……いっ!?」
ゴチンと、コタロウの頭に大きな氷の固まりがぶつかる。
「黙って聞いていたら、なにを言っているんだ? おまえ」
「あはは、聞いていたの? シンジ?」
「この距離で聞こえない訳ないだろうが」
「あ、そういえば、明星先輩とユリちゃん!」
二人が抱き合っていたことを思いだし、マドカは凄まじいスピードで二人の方を向く。
顔は一応赤いが、目は爛々と輝いていた。
そんなマドカがとらえた二人の光景に、マドカはすぐに動きを止める。
「……あれ?」
なぜなら、特に変化がなかったからだ。
マドカがイメージしていたような……期待していたような、衣服の乱れなど一切なく、シンジとユリナは、ただ抱き合っている。
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