第290話 修練が始まる

「ひゃー、美味しかった美味しかった」


満足げにマドカは笑顔を浮かべ、紅茶のカップをソーサーに置く。


「これが料理。これぞご馳走だよ! いや、本当に美味しかった」


「喜んでもらえたようで何より」


シンジはセイに目を向ける。


「常春さんはどうだった? 満足した?」


シンジ質問に、セイは少しだけ間を空けて答える。


「はい」


「そう、それはよかった」


「ちょっと食べ過ぎたかもね」


と、マドカが恥ずかしそうにお腹に手を当てる。


「ちょっと?」


ユリナが眉を寄せてマドカをみる。


「ちょっと、だよ。ちょっと。実際、あっちで満足に食べられなかったことを考えると、トータルしたらちょっとだよ。むしろ0だよ。0カロリーだよ!!」


「耳を塞ぎながら言わないでください。というか、どういう計算をしたら0になるんですか。日数で割っても0にはならないでしょうに」


ユリナの言葉を、マドカは首を振りながら聞かないようにする。


「だって、食欲が止まらないのが悪いんだ! 欲望が! この食欲が悪い!!」


「まぁ、それは実際そうだろうけどね」


と、シンジがマドカの意見に肯定を示す。


「そ、そうですよね!? ほら、先輩も言っているし、今日食べたカロリーは0に……」


自分の意見に仲間を見つけ、マドカは目を輝かせる。


「いや、そういう話じゃなくて」


しかし、シンジはすぐにマドカの期待を切って捨てた。


「話の続きをしようか。皆がお腹一杯なら、それはそれでやりやすいだろうし……だろ?」


シンジはコタロウに目を向ける。


「そうだね。食欲が満たされているなら、他の欲望も引きずられやすい。お腹が一杯になったら、眠くなるように。やってみせるなら、良い条件だと思うよ。『神体の呼吸法』の修練を」


コタロウの言葉に、場が、一瞬だけ固まる。


「じゃあ、まずは、水橋ちゃんとシンジがお手本を見せてあげるところから始めようか」


「イヤですよ!!」


ユリナが、すかさずコタロウの意見に拒否を示す。


「なんで私が……こんな場所で!」


「じゃあ、百合野ちゃんにしてもらうとか?」


「それこそ却下です!! もう、セイでいいじゃないですか。セイで」



「常春ちゃんは、一人でやる方法を知っているからね。逆に、勝手が違うからやりづらいと思う。お手本を見せた方がいいよ」


「うぐぐっ!?」


ユリナは困ったようにシンジに目を向ける。


「……よし、やろうか」


シンジはニコリと笑った。


「ああああ! もう!!」


ユリナは、顔を赤くして頭を抱える。


「そ……そうです。まずは説明しましょう。なぜ、食欲が強いとレベルがあがったことになるのか、とか。『神体の呼吸法』の修練方法についてとか……」


「見せながらやるし、説明はこのコタロウくんに任せて大丈夫だよ」


コタロウが笑顔で立ち上がると、食事を楽しんでいた机が消える。


「……じゃあ、シンジと水橋ちゃん。やって見せて、『神体の呼吸法』の修練を」


ユリナは、完全に動きを止めていた。


「……うぅぅぅ」


「ほら、観念して。というか、いつもしていることだし、大したことじゃないでしょ?」


「シンジはそうでしょうね! シンジは!! ああ、もう! いいですよ! やってやりますよ」


ユリナが、差し出されたシンジの手を掴む。


「今日は、私が勝ちますからね、絶対に」


ユリナが、シンジを睨む。


「……勝ち負けとかじゃない気がするけど……」


シンジが、空いていた手をユリナの腰に当て、自分に引き寄せる。


「……頑張って」


そのまま、二人は抱き合った。



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