第294話 セイが欲しいもの
「大丈夫?」
シンジが首を傾げながらセイの顔をのぞき込む。
「ひゃっ!? だ、大丈夫です!」
「そう。ならいいけど。それで、常春さんは何が欲しい? 俺が用意出来そうなものなら、何でもいいよ」
「な、何でも……」
そう言われ、セイはシンジをじっと見た。
そして、不意に先ほどシンジがユリナと抱き合っている様子が浮かび、エリーとミナミとミユキと、抱き合っている姿の想像が、浮かんでくる。
だから、つい、自然と、口から自分の望みを出してしまった。
「その……抱きしめて、くれたら……」
言って、すぐに何を言っているのだろうとセイは自分の口を押さえる。
そんなセイを見て、シンジは困ったように笑い、セイに近づく。
「……わかった」
自然に、流れるように、シンジはセイを抱きしめた。
「……っっ!?」
セイは、反射的に体を縮こまらせる。
今日、散々シンジに抱きついていたセイだが、自分から向かうのと、相手から来られるのは、まったく違うのだ。
思考が停止した、というより、思考が仕事を放棄しているような状況になったセイだが、さらに困惑する言葉をシンジから投げかけられる。
「それで、常春さん。プレゼントに欲しい物は何?」
「……へ?」
もう、望みは言っているはずなのだが。
シンジの言葉の意味をセイは理解出来ない。
「へ?って。いや、これは別にプレゼントじゃないでしょ? これくらい、いつでもするし。というか、やらないといけないんだよ、常春さん」
「や、やらないといけないって……」
「ほら、『神体の呼吸法』の修練だよ。常春さんも、まだ完全に出来ているわけじゃないんでしょ? 話を聞いた感じだと、長時間維持出来ないみたいだし。修練しないと。まぁ、俺とがイヤだったら、コタロウと……」
「せ、先輩でお願いします! 先輩とやりたいです!!」
コタロウの名前が出た瞬間。
セイは即座に自分の望みを口にする。
言わないと、セイにとって何か致命的なことが起きそうだったから。
「……そう。わかった。それで? 常春さん。何が欲しいの?」
シンジはまた、セイの望みを聞いてくる。
(……私が欲しいものは……)
常春さん。
シンジは、そう聞いてくる。
なら、セイが欲しい物は決まっていた。
「……名前」
「ん?」
「名前で、呼んでください。常春さんじゃなくて、名前で」
少しだけ、間が空き。
シンジが口を開く。
「……セイ」
言われた瞬間。
セイは思わず、力強くシンジを抱きしめた。
「ぐえっ!?」
「もう一回、お願いします」
「と、常春さん、ちょっと力を弱めて……」
「な、ま、え!」
「セイ! セイちゃん! セイさん! セイ様! お力を……」
「……呼び捨てでいいですよ」
むしろ、呼び捨てがいい。
「セイ、お願いだから、ちょっと力を抜いてください」
「……はい!」
セイは少しだけ、シンジが苦しくない程度に、力を弱める。
それでも、かなり強めに抱きついてはいるが。
「……今、『神体の呼吸法』を使っていたでしょ? さすがに命の危険を感じた……」
「えへへへ……名前……」
セイはシンジの文句を聞き流しながら、先ほど呼ばれた自分の名前に浸っていた。
あのとき、シンジがシシトに殺される前、セイが望んでいたこと。
いや、それよりも前からずっと、望んでいたことが、ようやく叶ったのだ。
浮かれしまい、ニヤケる顔を止められない。
「それで、とこ……セイ。欲しい物は何?」
少々呆れながら、シンジは再度セイの名前を呼ぶ。
呼んで、そして、欲しい物をまた聞いていた。
「……欲しい物って、もう言いましたけど……」
「名前を呼び合うのは、プレゼントじゃないでしょ。ちゃんと用意するから、欲しい物を……」
「……呼び合う? えっと、もしかして、私も、先輩のことをお名前で呼んでもいいんですか?」
セイが、目をキラキラと輝かせながら聞いてきた。
「へ? うん。別に好きに呼んでいいよ。言いにくいなら、今まで通り先輩呼びでも、ぜんぜん……」
「じゃあ、その……」
セイは、顔を赤らめながら、一度息を止める。
「シンジ……」
「……はい」
「っっ……!!」
「ぐええ!? ちょっと、強い強い!!」
セイは、シンジをぎゅっと抱きしめる。
流れるように、『神体の呼吸法』を使用して。
シンジが何度かタップして、セイは抱きしめる力を弱めてくれた。
「……おかしい、クリスマスプレゼントを聞きにきただけなのに、なんで命の危機に……」
「……シンジ、シンジさん……シンジさんって、ちょっと夫婦……」
グリグリと、セイはシンジの胸に顔を埋める。
「お、落ち着いて、肋骨が! 肋骨がぁあ!?」
シンジは逃れようとするが、セイは力強く抱きしめているため逃げられない。
それから数分、セイが自問自答する度に、シンジの悲鳴が廊下に響いた。
「…………すみません。ちょっと、あの、まだ恐れ多いので、これまでどおり、先輩とお呼びしてもいいでしょうか? なるべく早く、お名前で呼べるように努力しますので……」
「うん。もう、そこら辺は自由にして……」
シンジの体からは、完全に力が抜けていた。
「それで、セイ。欲しい物は決まったの? ないなら、俺が適当な物を準備するけど……」
「……先輩が選んでくれるんですか?」
セイが目を輝かせる。
「え、うん。でも、俺、女の子に贈り物とかしたことがないから、ダサくて変なプレゼントになるかもしれないし、欲しいものがあるなら、ちゃんと言って……」
「それでいいです! 先輩が、選んでください! 私に!!クリスマスプレゼントを!!」
セイはノリノリで、シンジの提案に乗っかってきた。
「……わかった。でも、受け取ってから『ダサい』とか言わないでね」
「言いません!! そんなこと!」
セイは力強く答えてくる。
シンジを抱きしめながら、うれしそうに。
だから、セイからは見えなかった。
シンジが、そのとき、どんな表情を浮かべていたのか。
セイは、知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます