第286話 『神』が鍵

「『神体の呼吸法』が、あの羽虫の技能の対策……」


セイは顎に手を当てて、思案に入る。


そういえば、あのクリスマスパーティーの時、『神体の呼吸法』を発動させてから、思考にかかっていたもやのような物が完全に晴れた感覚があった。


きっかけとしては、シンジを侮辱されたことに対する怒りからだったが、完全に解消されたのは『神体の呼吸法』を使ってからだ。


「ええ、『神体の呼吸法』は肉体面よりも精神的な強化が一番強いですから」


「ちょ、ちょっとまって。『神体の呼吸法』って、セイちゃんがメチャクチャ強くなるヤツだよね。あのとき、あのセラフィンの話だと、『神体の呼吸法』を使えるのは3人だって……」


マドカは、セラフィンの言葉を思い返す。


あの場に、『魔を操れる者』『神体の呼吸法』を扱える者が、3人いて、そのうち二人はシンジとセイとするならば、残りは……


「ええ、私も使えます。まだ修行中ですが」


「マジで!? え? その『神体の呼吸法』って、簡単に出来るようなモノなの?」


マドカの問いに、セイは目を見開いて固まりつつ、ゆっくりと首を振る。


「いいえ……私でも、実践でかろうじて使えるようになったのは、捕まってからだったから……」


それだけを修行していたわけではないが、生まれてからずっと修行をしていたセイでさえ、『神体の呼吸法』を実践で扱えるようになったのはだいぶ時間がかかってからだ。


世界が変わるまで、格闘技や、ましてや『神体の呼吸法』なんて触れてもいないユリナが、扱えるようにあるとは、にわかには信じられない。


「えっと、でも、使えるってどれくらいなの? ほら、秒数? とか。そこら辺にだいぶ差があるのかな?」


困惑しているセイを見て、より困惑したマドカは、気遣うようにセイを見ながら二人に質問する。


セイは、マドカの問いに、少しだけ息を飲んで答えた。


「私は……全力で動いて5秒くらい『神体の呼吸法』を維持できるけど」


セイの答えに間髪入れずに、ユリナが言う。


「私は11分フラットが全力で動ける最高記録です。まぁ、ムラがあるので、だいたい10分前後ですね」


「11分!?」


完全にセイは固まり、マドカは、もうリアクション芸人みたいな声を出した。


「え? おかしくない? セイちゃんが5秒でユリナちゃんが11分!? なんで?」


「といっても、出力が違うと思いますけどね。さすがに」


「それでも時間が違いすぎるよ!!」


ユリナが、異様に強くなっていたことは、マドカだって学院で再会した時に理解している。


それでも、強くなりすぎだ。


「あ、そうそう『神体の呼吸法』の修得が、『麒麟児』を覚える鍵でした」


困惑しているマドカとセイをよそに、ユリナがしれっと伝える。


「『麒麟児』って、先輩がおすすめしていた技能じゃん! 確か、レベルアップ時に、全てのステータスに補正がかかるとかってやつ! え? ユリちゃん、もしかして覚えたの?」


「はい、もちろん。レベルが下がっていたのでちょうど良かったです」


「なんか色々置いて行かれているーーーー!?」


マドカは嘆き、セイは頭に手を当てていた。


この10日の間に、どうやら想像以上にユリナとシンジは先に進んでいるようだ。


10秒程度、固まっていたマドカは、やっと動けるようになったのか、ぎこちなく体を動かし、ユリナに問う。


「えーっと、で、なんでユリちゃんはそんなに『神体の呼吸法』とやらを扱えるようになったの? それがあのセラフィン打倒の鍵になるなら、私も出来るようになりたいんだけど……」


マドカの問いに、ユリナは空を見上げる。


「そりゃあ、何でも出来て、この世界の情報を持っている山田先輩がいて……さらに、それに。シンジが私に手取り足取り教えてくれましたからね。あの人は、上手ですね、本当に」


ユリナが、目を下ろす。


その視点の先には、胸の前で、手を握りしめているセイがいた。


「え、えっと……明星先輩が教えてくれたって、どうやって、具体的に……」


「それは、後にしましょうか。それも長い話になるでしょうし。さすがにそろそろ行かないとマズいです。空がもう、暗くなりました」


ユリナに指摘され、マドカは周囲を見渡す。


確かに、いつの間にか、日は完全に落ちていた。


「……そういえば、なんで水橋さんもこの温泉に来たの? 別に、そこまで汚れている様子でもなかったけど……」


「そりゃあ、久々の親友たちとの会話を楽しみたかったというのもありますが、一番の理由は、綺麗にしておきたかったからです。私と、二人を」


ユリナは、ふっと微笑む。


「では行きますよ。二人は忘れているかもしれませんが、今日はクリスマスイブ。今からパーティーがあるんです」


そう言って、ざぱりと、ユリナは温泉から上がった。

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