第285話 『欲望』が鍵
「……そんな事より、あの羽虫の技能の詳細って、何?」
今まで黙っていたセイが、口を開いた。
シンジに抱きついて甘えていた様子でも、マドカに謝罪を口にしていた落ち込んだ様子とも違う、それは明らかに戦闘態勢に入っているかのような、鋭い様子で。
「……ふふ。そう言えばその話でしたね。せっかくですし、答え合わせの前に聞きましょうか。セイはアレの力を、どう考えていますか?」
ユリナの質問に、セイはしばらく考えて、答える。
「……私は、『洗脳』というよりも、何か『引きずられている』気がした」
一呼吸空けて、セイが続ける。
「最初に眠らされた時も、パーティの時に技能が使えることを忘れさせられていた時も、何か、そうなるように、濁流に飲まれて連れて行かれるような感覚があった」
セイの感想を聞き、ユリナは満足気にうなづく。
「……ふむ。その感覚で合っています。アレの職業は『先導者』技能は『導き』森羅万象、この世の全てのベクトルを操作する能力です」
「えっと……どういうこと? 何となくスゴそうなのは分かるけど……」
ユリナの回答に、セイは無表情でユリナを見ていたが、マドカは首を傾げる。
「簡単に言えば、『向き』を操るんですよ。まっすぐ進んでいるモノを、より早く進ませたり、右に進ませたり」
ユリナは氷の球を出し、それをまっすぐ飛ばしたあとに右に曲げ、そこで氷の球は停止した。
「動きを止める。まぁ、こういうことが出来る技能です」
「えっと……それで、なんで洗脳みたいなことが……」
「森羅万象ということは、内面。精神面も、『向き』を操ることが出来るということですよ。『疲れて』いた人を『睡眠』までに意識を加速させる。『技能が使える事』を、思い出せないように意識を停止させる」
ユリナの回答に、セイは実にしっくりと感じるものがあった。
「ヒロカが飛ばされたのは、物理的にそう行くように『向き』を変えられたから。マドカさんがあの羽虫にあそこまでビビっていたのは、『警戒』を『恐怖』にまで進められたから、か」
「そうですね。そのとおりです」
セイは学校でセラフィンと対峙したときの事を思い出し、納得する。
シンジに甘えるだけでなく、セイもちゃんと状況は把握していたのだ。
「……でも、『向き』を操るだけって言うなら……」
「ええ、セイが思った通り、あの技能は『ベクトル』、『向き』を操るだけです。だから、逆向きの『ベクトル』を操るのは、非常に困難なのです」
ユリナは氷で矢印を作り、その反対側に、反対向きの矢印を作り出す。
それらをぶつけて、拮抗させた。
「ヒロカの場合は、アレに対してヒロカのレベルが足りなかったからあそこまで吹き飛んだだけです。でも、レベルの、ステータスの影響が少ない精神面は違います」
「……何を言いたいの?」
マドカの問いに、ユリナは顔をゆがめる。
「精神面でのアレの『ベクトル操作』は、思ってもいないことには効果がない、ということです」
ユリナの答えに、セイは大きく息を吐く。
「だから、『洗脳』じゃない、か。思ってもいないことは思わせることが出来ない」
「ええ、『洗脳』のように、思想に介入出来ないし、『催眠術』のように、『レモン』を『甘い』なんて感じさせることも無理です」
「……つまり、あのパーティ会場にいたクズどもは全員殺していい、ってことね」
「なんでそんな結論に!?」
マドカは急に物騒なことを言い出したセイに驚く。
「なんで、って思ってもいないことは出来ないのよ? つまり、あのパーティ会場にいた人たちは『少し』は明星先輩に対してそういう感情を持っていたってことになるのよ」
「いや、皆あの映像に賛同していたわけじゃないと思うけど。ほとんどは、食事が目当てで……」
「……その映像とは、なんですか?」
ユリナが、疑問を呈してきた。
学校では、聖槍町で何があったか大まかにマドカは教えたが、映像のことなど、細かい点は話していない。
「あー……これは言っていいのかな?」
マドカは、ちらりとセイを見つつ、どうせユリナの追求は避けられないと思い、パーティ会場で流れた映像について教えていく。
その話を聞いて、ユリナが出した結論はこうだ。
「ふむ。全員殺しましょう」
「物騒だね! ユリちゃんも!! そんな気はしていたけどさ!」
いつも冷静沈着なユリナでさえも、そんな結論に至るなんて、どうやらマドカが思っている以上に、ユリナは進んでいるらしい。
マドカは目を押さえつつ、首を振って意識を変える。
「……それより、あのセラフィンの事だよ。確かセラフィンが言っていたと思うけど……」
「……『町の破壊者』とか言われていた子に、物騒だとか言われました。どう思います? ショックなんですけど……」
「オークの串刺しを作るわ、一つの町を燃やしていたりしたのに、なんで常識人ぶれるのかちょっと分からない」
「ちょっといいかなっ!? 本当になんなの、今の私のキャラ!? そのまま私についての話に『ベクトル』を変えようか!?」
涙目になりながらのマドカのツッコみに、セイとユリナは口をそろえる。
「いや、それはいい」
「だろうね! コンチキショー!!」
マドカは叫び、風呂の縁にその身を投げ出した。
「……では、話を戻しましょうか」
「そうね。あの羽虫の技能の対策って何? なんかアレが自分で言っていたけど」
「ハハハ。普通に話が進んでいくよ」
マドカの泣き言には耳を貸さずに、二人の会話は続いていく。
「対策と言っても、セイは出来ているので関係ないですけどね」
「出来ているって、でもあの羽虫は『魔を操る』とか言っていたと思うけど? 私、『魔』なんてよく分からないけど」
「ええ、『魔』を操ることが出来れば、精神面において、アレの技能をほとんど無効化できます。なぜなら、『魔』とは『マーラ』、『欲望』ですから。そして、その『欲望』を形に変えたモノがコレ」
ユリナは、そう言ってiGODを呼び出す。
「『iGOD』つまり、『神』。セイは出来るんですよね? 『神』を取り込む技法。『神体の呼吸法』。それがアレの技能の一番の対策です」
ユリナは、iGODを手に、不敵な笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます