第279話 回復が大切

「……いや、お前コタロウだろ? 何言っているんだ?」


「……え!?」


 何の迷いもなく言い切ったシンジに、ユリナが驚く。


「何を言っているんですか明星先輩? この子、どうみても小学生ですよ? 山田先輩と目や髪の色も違うし……」


「いやぁ、やっぱりバレた?」


「……ぅえ!?」


 シンジの意見を否定しようとしたら、本人が認めていた。

 展開が早すぎてユリナは固まってしまう。

 そんなユリナはおいたまま、コタロウとシンジは話を続ける。


「ユリナちゃんの言うとおり、目と髪の色も変えていたのになぁ……なんで分かったの?」


「なんでって、髪と目の色変えたくらいで分からないわけないだろうが。何年の付き合いだと思っているんだよ。ちょうど、それくらいの年からずっと一緒だろ?」


 コタロウの今の姿は、コタロウがシンジのいた小学校に転入してきた時と同じくらいの年齢に見える。

 それをシンジが懐かしく思っていると、コタロウは照れくさそうと表情を崩していた。


「……そうか。そうだよな」


「そんな事より、色々聞きたい事があるんだが……俺や水橋さんを生き返らせてくれたのは、コタロウでいいのか?」


「ああ。道路の真ん中で二人とも死鬼になっていたからね。蘇生薬で生き返らせた」


「そうか、ありがとうな……いっつ!?」


 言いながら、シンジは体を動かそうとした。

 コタロウに頭を下げようと思ったのだが、少し動くだけで体の至る所が悲鳴を上げる。


「いいよ、無理しなくて。頭のほとんどを吹き飛ばされて死鬼化したんだ。レベルがかなり落ちているはずだ」


 コタロウは、その幼くても端正な顔をゆがめていた。


「……コタロウ?」


「本当は、死ぬ前に、せめてユリナちゃんを殺してしまう前に助けるべきだったんだけどね。ごめん。俺が遅れたせいで、シンジを苦しめている」


「いや、俺は別に……まぁ水橋さんは助けてほしかったけど……」


「私も別にいいですよ。明星先輩がちゃんと責任をとってくれるそうなので」


 ユリナがそっとシンジの手を握る。


「……ん? 責任って俺は水橋さんに何をすればいいの?」


「……ふふふふ」


「何その笑顔!? 怖いんだけど!? え、俺何をされるの?」


 ユリナの微笑にシンジがおののいていると、コタロウがクスクスと笑っていた。


「やっぱり面白いね、シンジは。それに良い子に出会えたね。ユリナちゃん、生き返ってからずっとシンジのそばから離れないで起きていたんだよ? 丸一日は起きないって言っているのに、ずっとそこの椅子に座ってさ」


「……え?」


 シンジがユリナの顔を見ると、ユリナは口を引き結んで顔を真っ赤に染めていた。


「っ……! そ、そ……」


「……そ?」


「そ、そのとおりですよ。明星先輩は私を殺した上に、一日中看病をさせたのです! この責任は重いですよ!?」


「わ、わかったから! 痛い痛い! そんなに手を強く握らないで!  動かさないで! まだ体の筋肉が痛むから!」


 ユリナはブンブンと握っていたシンジの手を振る。

 その衝撃で結構な痛みがシンジに与えられていた。


 そんな二人の様子を見て、コタロウはまた笑う。

 無邪気なその笑顔は、本当に小学生にしか見えない。


「……ところで、その姿はどうしたんだ? なんで小学生に……」


「シンジを驚かそうと思って」


 シンジの問いに、コタロウはアハハと笑う。

 しかし、その顔に、さきほどの無邪気さはない。


「……聞いてほしくない事なら無理矢理は聞かないが、どうする?」


 コタロウの動きが止まる。


「……いや、別にいいよ。この姿は、回復したいからなっているだけ。けっこう消耗したからさ」


 コタロウは、疲れたように息を吐く。


「消耗? 回復って……」


「子供って怪我の治りとか早いだろ? 新陳代謝がいいんだよ。少しでも早く回復しようと思ってさ……強かったから」


「強かった?」


「邪神が、さ」


 コタロウは、先ほどまでユリナが座っていたシンジの椅子に座る。


「邪神って……本当に戦っていたのか?」


 約束していた場所に現れなかったコタロウが、手紙に書いていた内容をシンジは思い出す。

 正直、冗談だと思っていた。


「本当に戦っていたのか?って、心外だな。俺がシンジに嘘をつくわけないじゃないか」


 にこりとコタロウは微笑む。


「……いや、結構多いぞ? 嘘」


 じっとシンジはコタロウを睨むが、コタロウは笑顔のまま話を続ける。


「まぁ、その邪神と……邪神って言っていいのかな? 本当は『無職の放浪者』ってのが正しい通り名だけど、そいつと戦っていた。俺が自分で作った異空間でね」


 コタロウの技能は物質や魔物を生み出すことも出来る。

 空間の生成も出来るのだろう。


「『無職の放浪者』? 名前だけだと弱そうですが……」


 シンジから、少しだけコタロウの話を聞いていたユリナは異空間という言葉よりも戦っていた邪神の名前に怪訝な顔をするが、シンジはコタロウを睨み続けていた。


「戦っていた、っていつからいつまでだ?」


 シンジの指摘に、コタロウは少しだけ口を動かす。


「いつから、ってシンジが常春さんを生き返らせて一緒に行動するって決めるのを見届けてからだけど……」


 見ていたのか。という言葉をシンジは飲み込む。

 いつまで、という話がまだ残っているからだ。

 コタロウとしてはここで話を切ろうと思っていたのか、ただ黙っているシンジを見て観念したように話し始める。


「いつまで……戦いをやめようと思ったのはシンジがガオマロって奴に足を吹き飛ばされる直前くらいかな?」


 という事は、コタロウは一ヶ月以上戦い続けたというだ。

 異空間で、邪神と。

 スケールの大きい話にユリナは考え込むように額に手を当てていたが、シンジの眉間には皺が増えていた。


「……俺の戦いを見ていたのか?」


「いや、さすがに見ている余裕はなかったね。ガオマロって奴の事はユリナちゃんからの話と、過去の映像記録を探っただけ。俺があのとき分かったのは、シンジが危ないって事だけだ。アレが近くに現れたからね」


「……アレ?」


「ああ。アレ。魔族って言おうか。そう言った方がアレも嫌がるし。俺たちの世界を作った、別の世界から来た奴ら。ハイソと同じような奴さ。そいつがシンジの半径五百メートル以内にいたのさ」


 そんなモノがいたのだろうか。

 シンジは考えるが、該当しそうな存在に心当たりはなかった。


「黄金の武器ならシンジはどうにか出来る。でも、アレは、無理だ。相手は準備万端で、シンジは満身創痍だったんだからな。いくらなんでもキツすぎる。だから俺は戦いをやめたんだよ」


 コタロウの言葉に、シンジは目を細める。


「やめた……って事は、コタロウが戦っていた邪神は、まだ生きているのか?」


 コタロウは一度口を堅く閉じると、鼻から息を吐く。


「生きている。殺せていない」


 ギリっと、口を噛みしめる音がシンジから聞こえた。


「自分のせいだ。なんて勘違いはやめろよシンジ。無職のおっさんを殺せなかったのは俺だ。山田小太郎だ。一ヶ月かけても致命傷を与えられていなかったんだ。もう千日手になりかけていたし、シンジの事は俺にしてみればちょうど良かったんだよ」


 諭すように、コタロウは言う。

 目を閉じて、頭を下げているシンジを見て、ユリナはコタロウに話しかける。


「その……それで、どうしたんですか? 殺せなかったんですよね? 放置していても大丈夫なのですか?」


 殺せないのに、一ヶ月も戦った相手だ。


『無職の放浪者』という名前だけならまだしも、邪神という名前は、無害だとは思えないのだが。


「放置はしていない。ちゃんと封印したさ。邪神を封印なんて、定番だし後から復活するフラグみたいだけどさ」


 明るく、空しそうにコタロウは笑う。

 そんなコタロウの表情に、いささか不安を覚えたユリナは、質問する。


「ちなみに、その封印とはどのようなモノなのですか?」


 聖なる力など、何か方法があるのだろうか?

 そんなユリナの疑問に、コタロウは口角を上げて答える。


「俺が作った異空間にブラックホールを生成して足止めをしたあとに、時間の進むスピードをずらして置いてきた。三十二億分の一にしてね」


「……ブラックホール?」


「三十二億!?」


 今までで一番スケールの大きい話にユリナと、目を閉じていたシンジが反応する。


「一秒。足止めが成功すればこっちの時間で百年経過する計算だ。俺たちが生きている間に復活することはないと思うよ」


 コタロウは、口は口角を上げて笑っているのに、それでいて目だけはどこか泣きそうな目をしていた。

 そんないびつな表情は、復活するフラグという言葉を思っているのが、誰よりもコタロウ自身であると示していた。


「……俺は何をすべきだと思う?」


 何に対してなのか。

 シンジは言わなかった。

 ただ、その言葉に、コタロウは目を閉じて、笑みを消した。


「まずは回復だ。俺と一緒で」


 力を抜いたコタロウの顔に、いびつさはなかった。

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