第272話 ヒロカがしていたこと

 3時間後。

 セイが起きてきた。


 まだ午前中だ。

 あまりに早い起床に、ヒロカは心配そうに声をかける。


「……大丈夫? まだ眠っていていいよ? 私は平気だから」


「問題ないわ。どうせ眠れないし」


 セイは2リットルの水のペットボトルを取り出すと、蓋を開けて数口飲む。

 その後、持ってきていた粉末状のミルクティーを数本入れた。


 そしてそれを振ってミルクティーを作る。

 元々お湯で溶かすタイプの物なので完全には解けていないが、それはしょうがない。

 セイは気にせずにゴクゴクと飲む。


「……あの」


 ヒロカが目を伏せて何かおずおずとしている。


「あーごめんなさい。ヒロカも何か飲む? 溶かさないといけないけど、種類はあるから」


「いや、そうじゃなくて……」


 一度息を吐いて、ヒロカはセイを見る。


「その、これからどうするの?」


「……どうするって?」


「今はネネコのお兄さんから逃げている最中なんだよね? だから、これから……」


「明星先輩を生き返らせる」


 セイは当たり前のように言い切る。


「あの男から逃げているっていうより、私としては先輩を生き返らせに向かっているのよ。だから、先輩を生き返らせる」


「……そっか」


 ヒロカはまた目を伏せる。


「……生き返らせると言っても、その、明星さんが亡くなったのって十日くらい前なんだよね? 見つかるの?」


「見つける」


 セイの答えに、迷いは一切ない。

 そのセイの答えに、ヒロカは思わず息を飲み、数回口の中で空気を噛んで、言った。


「ポイントは、あるの? 明星さんを生き返らせるポイント……」


「それは……」


「あるよ」


 セイの答えに被せるように言ったのは、マドカだった。


「……起きていたの?」


「あんなにジャバジャバ音がしたら起きるよ」


 目をほとんど閉じたまま、マドカは大きくあくびをする。


「……ごめんなさい」


「いいよ。別に。ポイントだけど、皆からもらった分がある」


 そこで一度、マドカは口を閉ざした。

 言いたくない事があるように。


「……何ポイントあるの?」


「一万ポイント。かき集めて、それが限界だった」


 一万ポイントは、蘇生薬一人分。

 つまり、生き返らせる人数は、一人だけ。


「それじゃあ……」


「明星先輩を生き返らせよう」


 セイの言葉を遮るようにマドカは言う。


「ユリちゃんは明星先輩を助けるために行動した。だから、ユリちゃんもまずは明星先輩を生き返らせてほしいと思っているよ」


 半開きの目に、マドカははっきりとした意志を宿していた。


「……そうね。じゃあそろそろ行きましょうか。明日までには学院まで行きたいし」


「うん。ちょっと待って。顔くらいは洗いたいから……」


 マドカはこの家で見つけたペットボトルの水をタオルに染み込ませて顔を拭く。


 この家で見つけたペットボトルをすべて持って行くのは不可能だ。

 セイも新しくボトルを二本アイテムボックスに入れて残りは置いていくつもりだ。

 なので余った分の水で顔を拭いても問題ない。


 セイもマドカからボトルを受け取りタオルに染み込ませて顔を拭く。

 そんな感じで身支度を整えていた時だ。


「あの、私も一緒に行ってもいい?」


 ヒロカがそう切り出してきた。


「それは……正直助かるけど。そういえばヒロカは、このあと聖槍町に行く予定だったっけ?」


「うん。でもその勇者って多分ネネコのお兄さんなんだよね? 本当は世界を救う勇者に会って、お話を聞いてみたいと思っていたけど……ヤクマを同士とか信頼している男、話を聞く価値もない」


「そういえば……ヒロカはどこでその勇者の話を聞いたの? というか、今まで何をしていたの?」


 セイの問いに、ヒロカは目を強く閉じる。


「……あの後。皆と分かれた後、色々考えていたの」


 知らなかったとはいえ、死鬼化した友達たちを、蘇生薬さえ使えば生き返らせる事が出来た友達たちを、殺していた事。

 ヤクマに操られ、助けにきた人やもう飽きられてしまった女性たちをその手にかけてきた事。

 そんな事を考えながら、丸一日ヒロカはライドに乗って空を飛んでいたらしい。


「そしたら、悲鳴が聞こえてね」


 空を飛んでいるヒロカにも聞こえるほどの大きな悲鳴。

 はっと悲鳴が聞こえた方を見ると、若い女性が男たちに襲われていた。


「で、気がついたら男の人たちを殺していたの」


 血に汚れたヒロカの手は、黒い鱗に覆われていって、背中には翼が生えていた。


 また、人を殺してしまった。

 そんな後悔と罪の意識が、血を見たヒロカに襲ってきたそうだ。


「でも、助けた女の人が私の手を取って『ありがとう』って言ってくれたの」


 その光景を思い出すように、ヒロカは自分の手の甲を見る。

 その手は、今は鱗に覆われていない。普通の女の子の手だ。


「それから、私は女の人を近くの兵隊さんがいる基地まで連れて行って、そこで、男の人たちが女の人を拐ってヒドいことをしている話を聞いたの」


 ヒロカが助けた女性も、その男たちに掴まった自分の妹を助けに向かっていたらしい。

 基地にいる兵隊はやってくる魔物に対して避難している人を守るだけで手一杯だった。

 さすがに男たちが正面から堂々と基地に襲撃をかけてきたら対応出来るが、基本的に彼らは国民を守る盾だ。

 男達がいる場所に救出に向かう事も出来ず、また、男たちは転移の球などを使用してこっそりと基地に潜入して女性を拐っているようで手の打ちようがなかったらしい。


「……だから、私が助けに行ったの」


 男たちは近くの女子校を占拠していた。

 ガオマロみたいに金色の武器で武装しているかと思ったがそんな事はなく、リーダー格でもレベルはせいぜい15。武器も銀色で対したことはなかったらしい。

 一時間ほどで男たちをすべて倒してヒロカは女性たちを助けた。


「……それから、私は似たような事で困っている人たちを助けるようになったの」


 兵隊たちは、どうやらそれぞれの基地や避難場所で連絡が取れているらしく、近くの基地や自治体の避難場所で似たような出来事で困っている場所を教えてくれた。

 その教えてくれた場所にヒロカは向かい、色々な人を助けていたそうだ。


「で、5つめの自治体の時に、教えてもらったの。聖槍町に世界を救う勇者がいて、魔物や犯罪者から人々を守っているって」


 ヒロカが呆れたように息を吐く。

 聖槍町にいる勇者を自称する者なんてシシトしかいない。


「……世界を救う勇者。ってのは置いておくとして、なんで自治体や兵隊がシシトの事を知っているのかしら」


 セイが眉を寄せているとマドカが答える。


「あそこはロナちゃんの家が経営している会社があるからね。この国の兵隊に武器を提供しているし、世界が変わってからは避難者の受け入れやヘリなんかの輸送機器の貸し出しをしていたらしいよ。確かチャカって人が外部との連絡をやり取りしていたらしいから、その人が流したんじゃないかな?」


 ちなみに、もうバトラズは避難者の受け入れを行っていない。

 冬が終わるまでの事を計算すると、現在受けいれている人数分でも食料が足りるか分からないからだ。

 ガオマロに落とされたヘリに乗っていた防衛省の幹部は、避難者のさらなる受け入れや武器やヘリなどの貸し出しを要求するために向かっていたりする。


「ねぇ。セイ姉ちゃん」


 ヒロカが、真剣な目つきでセイに尋ねる。


「……なに?」


「私。そのシシトって人に勝てると思う?」


 セイは口を閉ざし、ヒロカをじっと見る。


「……勝てるって言ったらどうするつもり?」


「飛んでいって、先に殺してこようかなって」


 ヒロカの目は一切ブレない。


「……正直、無理だと思う。シシトだけなら殺せるかもしれないけど、あそこには他にも敵がいる」


 セイの見立てでは今のヒロカの強さは、完全に回復したセイとほぼ同じくらいだ。

 なら、おそらく無理だろう。セイも失敗したのだ。

 ヒロカとドラゴンとセイとマドカと滝本達に協力してもらっても、……成功するイメージがわかない。

 正直、シシトよりもあのセラフィンという白い羽虫の底がまだセイには掴めていないのだ。


「……そっか。ならやっぱりついて行くよ」


 ヒロカはそっと息を吐く。


「……じゃあ、行きましょうか。ヒロカが来てくれるなら、心強いわ。ヒロカ。雲鐘学院まで乗せてもらえる?」


「うん。任せて」


 ヒロカは笑顔で請け負う。


 それから三人は空を飛び、雲鐘学院に到着した。

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