第271話 民家があった
「じゃあ行こう。えっと、麓って聖槍町の方でいい?」
ヒロカの問いに、セイは首を横に振る。
「いいえ。そっちには絶対に近づかないで。出来ればここから雲鐘町の間で、休憩できそうな所に下ろしてくれるといいんだけど……」
「……分かった。じゃあすぐ近くに民家があったからそこに行こう」
怪訝な顔をしながらヒロカは羽を広げる。
ヒロカが先に飛び、あとにライドも続いた。
「……うわわっ」
一気に十数メートル飛び上がり、マドカは慌てたように声を出す。
冷たい風が、髪を揺らす。
昇り始めている朝日に少し目を細めると、ヒロカとライドは降下しはじめた。
ヒロカが見かけた民家は、本当に山を下りたすぐ近くにあったようだ。
ばさばさと、民家の庭に降り立つ。
飛行時間はせいぜい三分といった所だろうか。
おそらく歩いていたらここまでまだ数時間はかかっていたはずだ。
空を飛べるという移動手段の早さに関心しながらセイとマドカはライドから降りる。
「ありがとう……誰もいないみたいね」
元の人間の姿に戻ったヒロカにお礼を言いながらセイは辺りを見回す。
木造の平屋建ての民家。
外から見た限り人の気配はない。車も止まっていない事から住民は避難したか、帰ってきていないのだろう。
セイは玄関のドアに手をかける。
「……鍵がかかっている。鍵を開ける技能とか持っている? ないならこのまま壊すけど……」
「あ、私使えるよ」
マドカが手を挙げた。
「そうなの? いつのまに?」
「セイちゃんを助ける時に必要だったからね。ほかにも色々便利な技能を覚えたよ」
自慢げにマドカは胸をはり、鍵を開ける魔法を使う。
「『アーキー』」
カチャリと、鍵が開いた音が聞こえた。
「へー……便利な技能を覚えたって、もしかして気配を消すタイプの魔法とかも覚えたの?」
「うん。ユリちゃんが覚えていた奴はだいたい使えるようになったかな?」
「なんで雪山で使わなかったの?」
「あ……」
マドカが沈黙する。
「わ、私のMPだとずっと使うなんて出来ないから……」
「本当は?」
「……忘れてました」
マドカが頭を下げる。
「忘れていたって……」
「だって、私も結構動揺していたんだよ! パーティー会場でセイちゃんの胴体が千切れるのを滝本先生と一緒に見て、一応計画していた脱出作戦を決行して、ネネコちゃんのあんな様子を間近で見て……」
ぽつりぽつりとこぼすように話していたマドカの言い訳を、ヒロカが拾った。
「セイ姉ちゃんの胴体が千切れた? ネネコのあんな様子?」
怪訝な顔をするヒロカに、セイとマドカは目を合わせる。
「……まずはこの家をちゃんと調べてからにしましょうか。気配はないけど、念のために」
平屋の民家だ。狭くはないが、3人で調べて時間がかかるほど広くもない。
特に死鬼化したゴキブリなどの昆虫や生き物はなく、魔物もいなかった。
食べ物は冷蔵庫にいくつか残っていたが、ほとんど腐っていた。
保存が効きそうな食料品もそのまま残っている。この家の持ち主はおそらくこの家に帰ってこられなかったのだろう。
民家の様子を調べ終えると、マドカが水とみかんをリビングの机に置いた。
セイ達もそれぞれイスに座る。
ちなみにライドは外で見張りをしてくれるようだ。番犬のように、玄関でお座りしている。
「……それで、何があったの? セイ姉ちゃん?」
ヒロカの問いに、セイは水を飲むと、息を吐いて答える。
「……紅茶が良かった。ミルクティー」
「何の話!? このタイミングで言うことかな?」
とマドカがツッコむ。
「タイミング。って言うなら普通は出す前に何を飲むか聞かない? 飲み物だけなら色々な種類を持ってきたし、この家にも他の飲み物があったんだから」
食料品の類は、トンネルの隅に備蓄されていた物をアイテムボックスに入れてきている。
さすがに飲料水はそのままだとアイテムボックスの制限重量を圧迫してしまうので水を2リットルのペットボトル二本だけにして、粉末飲料などをたくさん持ってきていた。
ちなみに、マドカが出した水は民家に置かれていたペットボトルの物だ。
「いや、そうだけどさ。それこそ、自分で好きな飲み物を作れるからいいかな、って」
「……それもそうね。ごめんなさい。本当に疲れているみたい。人の好みも聞かないで水を持ってきたどっかのクズと被ったから……」
「それって……」
パーティーの様子を滝本の技能でマドカも見ていた。
声は聞こえなかったが、パーティー会場でセイに水を渡している人物が確かにいた。
だから、セイがいっているどっかのクズが誰の事かも分かる。
セイは額に手を当てながら、きょとんとした目をしているヒロカを見る。
「……そのクズの名前は駕篭獅子斗って言うんだけど、ヒロカはその名前は知っている?」
「え? えっと、駕篭? もしかして、ネネコの兄ちゃん?」
「そう。そのシシトから私たちは逃げてきたの。明星先輩を殺した、勇者を自称する、あのクズから」
それから、セイはこれまでの出来事を話した。
ヒロカが去ってすぐに、シンジが殺された事。殺したのがシシトで、ユリナがシンジを助けようとして死んだこと。
その後、聖槍町に連れてこられ、シシトから呪いを解くという名目でセイが性的な暴行を与えられ続けたこと。
ネネコの事も含めて、セイ達に起きたこの10日間の出来事をすべてヒロカ伝えた。
「……ネネコのお兄さんが、あの優しいお兄さんを殺した? セイ姉ちゃんにも酷い事をして、それだけじゃなくて、あのヤクマを助けて、ネネコに薬を打つようにお願いした?」
信じられないというようにヒロカは目を開き、リビングのソファで眠らせているネネコを見る。
「ネネコ、お兄さんの事大好きだったのに?」
会話をしていると、ネネコはよく自分の兄を話題にしていた。
本人は認めなかったが、シシトの事が大好きだったのだろうとヒロカは思っていた。
「シシト君はヤクマの事を立派な人物だと思っているから……全人類を『幸せ』にしたいと志す立派な人だって」
マドカが顔を曇らせる。
「……今のネネコは、眠っているだけ……ですか? 薬の効果は……」
マドカは首を横に振る。
「切れてないと思う。黄金の注射器が無くなったとはいえ、ヤクマが作った薬だから……その薬をネネコちゃんは一週間以上打たれていたから、治療にはとても時間がかかると思うよ」
「……そうですか」
ヒロカは目を伏せる。
「……ありがとうございました。話は分かりました。私が見張るので、二人は休んでください。疲れているんだよね?」
ヒロカはセイを見る。
「……そうだけど、大丈夫? 外にあのドラゴンがいるならヒロカも少し休んだ方が……」
「大丈夫。ちょっと、整理したいし」
ヒロカはぎゅっと拳を握る。
「……分かった。じゃあ少しだけ横になるわね。マドカさんも行きましょう」
「……うん。ありがとう、ヒロカちゃん」
二人はそのままネネコが眠っているソファの横に持ってきていた寝袋を広げて眠る。
静かになったリビングで、ヒロカは自分のiGODをじっと見つめていた。
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