第270話 ヒロカが登場

「……大丈夫だけど、なんでここに?」


「この先の聖槍町に、世界を救う勇者がいるらしいから一目見ておこうかな、って」


「……勇者って」


 セイの眉が寄るのと、生き残っていたハイオーク達が雄叫びを上げるのはほとんど同時だった。

 まだ十匹はいるホワイトハイオーク達がリーダーを殺されたというのに怯むことなくセイたちに襲いかかる。


「……話はあとで。まずは片づけるか。ヒロカ、炎とか出さずにあのオーク達倒せる?」


「余裕だけど、なんで?」


「詳しい話はあとで!」


 セイは二体の分身と共に、雪玉を投げつけてきた方にいた五体のホワイトハイオークに向かって駆け出す。


「……ふぅうう」


 神体の呼吸法で、神を取り込む。

 顔面はホワイトハイオークが大きくてジャンプでもしないと殴れない。

 そうすると隙が大きいだろう。敵は一匹ではない。


「しっ!」


 だから、セイは思い切りホワイトハイオークの腹部を拳で突いた。


「ブルァ!?」


 ヘリで引いても外れないような拘束具を外せる力で殴ったのだ。

 殴られたホワイトハイオークは道路脇に生えていた木々を折りながら十数メートルは飛んでいく。


「はぁっ!」


 そのホワイトハイオークに追いついて、セイはホワイトハイオークを地面に叩きつける。


「ブゥハッ!?」


 ホワイトハイオークの口から血と内蔵が飛び出てきた。

 まずは一匹。


「ブルアァ!」


 残りの四体のホワイトハイオークが振り返り、セイの所へ向かってくる。

 先頭の二体の間に、セイは飛び込んだ。


「ブッ!?」


「ルァ!?」


 飛び込まれたホワイトハイオークは、完全に虚を突かれていた。本能的に、雑に、焦って、セイに向かって持っていた棍棒のような武器を振り下ろす。


 それを避け、一体のホワイトハイオークは武器を振り下ろして下がった顔を肘で打ち、もう一体は蹴り飛ばした。

 口から、側頭部から、それぞれ血を出しながらホワイトハイオーク達は倒れる。



「……ちっ! 神が切れた」


 そこで、セイの神体の呼吸法が切れる。

 まだホワイトハイオークは二体いるのだが。

 しかし、そのホワイトハイオークは別の者と戦っていた。


「ルァア!」

「ブルブァアア!」


 セイの分身だ。

 二体の分身は巧みにホワイトハイオークの攻撃を避けている。

 だが、分身は反撃もしているが、大したダメージは与えられないようだ。

 やはり神体の呼吸法で攻撃する必要があるようである。

 分身達が戦っている間に、セイは呼吸を開始する。


 息を吸いながら、ちらりとセイはヒロカの方を確認した。


「ブギィ!?」


 ホワイトハイオークの一体が、ドラゴンに頭を噛み砕かれていた。

 まるでリンゴでもかじるように易々とドラゴンはホワイトハイオークの頭を砕いていく。

 そんな光景よりもセイの目に止まったモノがあった。


(……ドラゴンがもう一体?)


 白いドラゴンの他に、黒い小さなドラゴンがいたのだ。

 人間の子供くらいの大きさのドラゴン。二足歩行で羽が生えている。

 そこまで考えて、セイは気が付いた。


(……あれは)


「ブギィイイ!」


 ホワイトハイオークが黒いドラゴンに襲いかかる。

 棍棒を振り上げたホワイトハイオーク。

 しかしその棍棒が振り下ろされる事はなかった。


振り上げた瞬間。ホワイトハイオークの頭は粉々に吹き飛んでいたからだ。


「オーク。二足歩行する豚のような魔物。武器を使う知能を持ち、また別の種族の雌を好んで襲う習性がある。つまり……女の敵!」


 黒いドラゴンが……いや、ドラゴンのように姿を変えたヒロカは、いつのまにか羽を広げて空を飛んでいた。

 そのヒロカの姿はヤクマに変えられた時のような化け物感はなく、シンジがドラゴン化したときのような美しさがある。

 ヒロカは、真っ黒な鱗に覆われた拳を、ホワイトハイオーク達に突きだして声を上げる。


「女の敵は許さない! このドラゴネス・ダークネスがおまえ達を殲滅してあげる!」


 バーンと、効果音が聞こえた気がした。


(……ドラゴネス・ダークネス)


 セイはヒロカからそっと目をそらした。

 ヒーローになりたいとヒロカは言っていたのだ。

 セイが知っているヒーロー像と違うが、そういうヒーローもいるのかもしれない。

 勇者を名乗る強姦魔がいるのだ。

 ヒーローも色々いるのだろう。


 だから、まぁ、いい。


 後方から聞こえる「ダークネスドラゴンキーック!」という声を無視して、セイは自分の敵と向き合う。

 神は十分に貯まった。


「はぁ!」


 分身の相手に気を取られている隙をついてセイはホワイトハイオークたちの顔面を殴った。

 グチャリと顔面がつぶれる音と共に、二体のハイオークは倒れる。


 ヒロカのように頭ごと吹き飛ばす事は出来なかった。

 夜の間雪山を歩き、魔物と戦い続けていた疲労があるため100パーセントの実力は出せてないと思うが、それでも正直悔しい。


 2体の分身を消して、セイはふぅと息を吐く。


 少しだけ、目眩がした。かなり消耗しているようだ。

 あの調子なら残りのホワイトハイオークはヒロカに任せて問題ないだろう。

 回復につとめようと、セイは少しだけ目を閉じた。


 そのときだ。


「ブギィ……」


 すぐ近くで、ホワイトハイオークの声がした。

 セイは目を開ける。

 目の前に、口から血を流しているホワイトハイオークが立っていた。


 どうやら、肘打ちで攻撃したホワイトハイオークのようだ。


 神体の呼吸法で攻撃したのに、仕止めることが出来なかった事に、自身の消耗が思っているより激しいことを認識しながらセイは構える。

 ホワイトハイオークも武器を振り上げていた。

 攻撃を避けながら、また神を取り込まないといけない。

 セイは気合いを入れるように拳を握り、息を吐いた。


「ブギィイイ!」


 ホワイトハイオークが武器を振り下ろす。


「……ブギィ!?」


 その口に、何かが挟まった。

 拳大くらいの大きさの植物の根のようなモノ。


「ブ……ブギュイ!」


 挟まった植物を吐き出そうとしていたホワイトハイオークが、ビクンと体を硬直させる。

 よく見ると、ホワイトハイオークの股下から植物が突き出ており、口の中に挟まっていた植物も、茎が出ている。

 ホワイトハイオークの体はビクビクと痙攣していた。


 成長した植物に体を貫かれたのだと、すぐにセイは理解した。


「……よし! どう? 私も強いでしょう!」


 振り返ると、マドカがエヘンと胸を張っている。

 さきほどの植物はマドカの攻撃のようだ。

 ホワイトハイオークを全て倒したのだろう。

 バサバサと羽を羽ばたかせながらセイの横に飛んできたヒロカと、セイは目を合わせる。


 そして、二人で声を合わせて、言った。


「……エグイ」


「エグイ!? なんで? ちゃんと活躍したじゃん! 守られるだけじゃなくて味方のピンチを颯爽と助けたのになんでエグイの!?」


「いや、植物で体を貫くとか、ちょっと……」


「まだ動いているよ、コレ。さすがに可哀想というか……」


 セイとヒロカは二人でコソコソと話す。


「なんでよ! 頭を吹き飛ばしたり、顔面を陥没させるような攻撃をしていた人たちに言われたくないんだけど!!」


「……ギャウ」


 バサバサとドラゴンの子供がヒロカとセイの間に降りてくる。

 そして、ヒロカの耳元でギャウギャウと小さな声で何かを言っている。


「……ふんふん。そうか。ライドもあの人が怖いのね。よしよし」


「ドラゴンにまで!? その子、頭を噛み砕いていたよね!?」


 半泣きになりながらマドカは頭を抱える。


「……ところで、色々聞きたい事があるんだけど……そのまえにお礼ね。ありがとうヒロカ。助かったわ」


「ううん。セイ姉ちゃんには助けてもらってばっかりだから気にしないで。それより、セイ姉ちゃんは何でこんな山にいるの? それに、なんでネネコはあの人に背負われているの? 戦っている最中に寝ているのはオカシいよね?」


 ヒロカは、不思議そうにマドカの背中で眠っているネネコを見る。


「それは……話すと長くなるから、先にちょっとお願いしていいかしら?」


「いいけど、何?」


「そのドラゴン。ライドって言っていたわよね。その子、私たちを乗せて飛べる? 出来れば麓まで送ってほしいんだけど」


「……わかった。いいよ」


 ヒロカは頷くとドラゴンに何やら話しかける。

 すると、ドラゴンの子供、ライドは小さく唸ると足を折り畳んで座った。

 乗れるように背中を低くしてくれたようだ。


「私は空を飛ぶからセイ姉ちゃんたちはライドの背中に乗って」


「ありがとう」


 お礼を言って、セイと、それにネネコを背負ってマドカもライドの背中に乗る。

 3人乗るとさすがに狭いが、なんとか大丈夫そうだ。


「乗れたけど……これから飛ぶんだよね? 手綱みたいなのって無いのかな?」


 掴まるところが何も無いのが不安なのか、マドカがおどおどしながら尋ねる。


「大丈夫。落ちたら私が回収するから」


「そういう問題!? えっと、ツタでロープ作るから、それを捲いたりしちゃ、ダメ?」


 恐る恐る、マドカはヒロカと、それに乗せてもらっているライドに尋ねる。


「……グルゥ」


「……ライドが、『怖いよー』って怯えているんだけど」


「しないから! 植物で貫いたりしないから! ちょっと背中に捲くだけだから! というかこの子、こんな見た目なのに意外と臆病なんだね!」


「ライドは生まれてまだ三ヶ月しか経っていない女の子だから」


 くすくすとヒロカが笑う。

 結局、ヒロカに手伝ってもらいながら、簡易の手綱をつけてもらい、空を飛ぶ準備が完了した。

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