第269話 雪山が血の海

「……はぁ……はぁ……はぁ」


 雪が舞う風に紛れてセイの息が聞こえてくる。


「なるほどね……これは、確かに先輩やお父さんが無理って言うわ」


 セイの周りには十数匹の魔物の死体。

 真っ白だったはずのセイの服は、真っ赤に染まっていた。

 サンタみたいだ、と一瞬セイは思い、苦笑する。

 そういえば、本当に今日はクリスマスイブなのだ。


「十メートルごとに魔物と遭遇するなんて……これで本当に減っているの?」


 セイは後ろを振り返る。

 点々と、まるでヘンゼルとグレーテルが落としたパンくずのように魔物の死体が転がっていた。


「一番強かったホワイトフェンリルって魔物がいなくなっていて、次に強いブラックワイバーンは炎の灯りに惹かれて町に向かっているから、これでもかなり楽になっていると思うよ」


 マドカも、息が荒い。

 セイのように戦闘はしていないが、ネネコを背負って雪山を移動しているのだ。

 疲れないわけがない。


「セイちゃん。これ……」


 マドカは、SPも回復する万能薬をセイに渡す。


「……ありがとう。そろそろ日の出かしら」


 うっすらと空が明るくなり始めている。

 ぐいっと万能薬を飲み干すと、セイは瓶をマドカに返した。


「今は周りに魔物の気配がないから休まないで先に進みましょうか。日の出前に向こう側に出た方がいいわよね」


「そうだね。聖槍町側にいると、見つかるかもしれないから」


 マドカは万能薬の瓶をアイテムボックス入れると、歩き始める。

 それに合わせて、セイも進む。


「……そういえば、準備がいいのね。薬もそうだし、この服も。町に植物を植えていたり……予定では、お父さんたちが来るまで待つつもりだったのよね」


 ふと、セイは今まで気になっていたが、タイミングがなくて聞けなかったことを聞く。

 じっくり会話をする時間がなかったのだ。


「それは……というか、セイちゃんのお父さんたちが来たら、植物なんて使わないで正々堂々とシシトくんたちをやっつけたらしいよ。今雪山を越えて逃げている時点で計画通りじゃ、実はないの。こんな無茶するつもりはなかったんだよ」


「……そうなの。でも、それもそうか」


 一応、ここまで順調に雪山を登っているが、それでも万能薬を十本以上飲んでいるのだ。

 シンジと魔物狩りをしている時に、回復薬を飲んだ事などない。

 薬を飲んでいる時点で、かなり無茶をしているのだ。


「一応、保険として私は植物を植えていたけど、小屋からトンネルまでの抜け穴なんて助けにいくギリギリまで掘っていたんだから」


「そうなの?」


 マドカは深くうなずく。


「セイちゃんのお母さんがセイちゃんに会いに行ったとき、セイちゃんはきっとパーティーで我慢できなくて暴れるって言われてね。クリスマスパーティーに参加させるって時点でイヤな予感はしていたから準備していたけど」


 マドカは、そっと背負っているネネコに目を向ける。


「……一番回避しないといけないのは、ヤクマの薬だからね。パーティーで暴れたら、シシト君はセイちゃんをヤクマに預けるって分かっていたし」


 ネネコはまだ眠っている。定期的にマドカが眠らせているのだ。

 起きると、きっと苦しむだろうからとマドカは言っていた。


「……そろそろ一番上みたいね」


 百メートルほど先から、道が途切れているように見える。

 あそこから下り坂のはずだ。


「……あー。ねぇ、マドカさん」


 セイが、目を細めながら言う。


「……何、セイちゃん」


「向こう側に出たら、戦う? 戦える?」


「……武器はなるべく使わない方がいいだろうけど、植物ならあんまり目立たないと思うからある程度は……」


 マドカは、怪訝な表情を浮かべて答えた。


「そう。じゃあ……走るわよ!」


 セイが突如駆け出す。

 白い雪が煙のように舞った。


「やっぱり! 何か来ているの!?」


 慌ててセイの後をマドカが追う。


「二百メートルくらい後ろから、何匹か来ている! 結構強い!」


「結構強いって! やっと折り返しって所でそんなのに見つかったの!?」


 マドカは必死で走る。

 セイたちが逃げていることに気がついたのだろう。

 後方で、魔物が騒いでいる音が聞こえる。

 その音から逃げるようにセイたちは走り、なんとか一番高いところに到着する。


 黒い空に、地平線から少しだけ赤い光が射し込んでいた。


 目の前の白い山道は、下へと続いている。

 やっと半分。

 あとは降りるだけ。

 達成感など感じる暇はなく、セイ達はそのまま駆ける。


「ブルァァアアア!」


 後ろから低いうなり声が聞こえた。

 セイたちは走りながら後ろを振り返る。

 そこには、白の毛皮をまとった二足歩行の豚がいた。


 ホワイトハイオーク。

 シンジが学校で戦ったハイオークより二回りほど大きな、ハイオークが寒冷地に適した進化を果たした、オークの中でも上位に位置する種族。


 一匹ではない。十匹はいる。


 ホワイトハイオークの群れは巨体を揺らしながら、セイ達を追いかけてきている。


「ど、どうしようセイちゃん! アレ倒せる?」


「……うーん。一匹だけなら余裕だけど……あの数はキツい」


「だよね!? どうする? 追いつかれそうなんだけど!」


 足下が普通の地面なら、走って逃げることが出来ただろうが、下は雪道だ。

 普通に走るよりもスピードはかなり落ちる。その条件はホワイトハイオークたちも同じだが、彼らは元々寒冷地に適した進化を果たした魔物だ。

 雪など気にせずにズンズンとセイたちに迫ってきている。


「……マドカさん。植物はすぐに生やせる?」


「え? 生やすだけなら出来るけどどうするの?」


「植物で板を作って滑りましょう」


 今セイ達は山を下っている。滑り降りる事は可能だろう。


「え? でも、セイちゃんスキーとかの経験あるの? 道はまっすぐじゃないんだけど……」


「ないわ」


「だよね! じゃあ無理だよ!」


 セイの即答に、マドカはツッコむ。


「……じゃあ後はマドカさんを囮にしてその間に一匹一匹倒していくしか……」


「だからちょくちょく私を亡き者にしようとしないでくれない!? そろそろ本気にしそうなんだけど!」


 セイは目を見開いてマドカを見る。


「……え?」


「その顔やめて! もうやだ泣きたい!」


「……ブルァアアア!」


 後ろの方で、ホワイトハイオークの一匹が大きな声を出した。


「……危ない!」


 セイはマドカとネネコを抱えると横に飛ぶ。


「え? きゃあ!?」


 マドカの悲鳴と同時に、白い巨大な雪玉がマドカのいたところに着弾した。

 舞い上がった雪で、辺りが白く曇る。


「いたた」


「……囲まれたわね」


 道路の先からさらにホワイトハイオークが五匹ほど出てくる。

 どうやら別働隊がいて、先回りしていたようだ。

 セイ達を追い回していたホワイトハイオーク達も追いついてきて、セイ達を取り囲む。


「……こうなったら目立つとか言っていられないわね。マドカさんは武器を出して、自分の背後にオーク達を回さないように気をつけて。基本的に身を守ること優先で」


 セイは分身を出す。

 出せた数はわずかに二体。

 一晩中、魔物と戦いながら雪山を歩いていたのだ。万能薬で回復させてきたとはいえ、今のセイの体力、精神力ではこれが限界だ。

 万全な状態なら、この程度の数のホワイトハイオークなら余裕で倒せただろうが。


「……ブルゥウ」


 ジリジリとホワイトハイオークたちが距離を詰めてくる。

 セイが強者であることが分かったのだろう。


 しかし、逃げるつもりはないようだ。


 ホワイトハイオークは女が好きだ。

 目の前には美少女が三人。

 たとえ獲物が強くても、諦めることはないだろう。


「ブルァアアア!」


 リーダーと思われる一体の雄叫びと共に、十数匹のホワイトハイオーク達がセイ達に襲いかかってくる。

 それを迎え撃とうとセイが構えた。


 そのときだ。


 轟音と共に、リーダーのホワイトハイオークと数匹のホワイトハイオークがバラバラに粉砕された。

 その轟音の中心地には、白いドラゴンに乗った人影がある。


「……セイ姉ちゃん。大丈夫だった?」


 人影が、クルリとセイを見る。


「……ヒロカ?」


 その人影、今夏陽香は嬉しそうにニシシとセイに笑った。

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