第268話 山道が険しい
「……いや、まぁこうなる気はしていたけどね」
はぁ、とマドカは白い息を吐く。
その背中には、マドカと同じ白いモコモコとした服を着せられたネネコがスヤスヤと眠っている。
「嫌なら残っていいわよ」
マドカと同じように白い息を吐きながらセイは言った。セイも、同じように白いモコモコとした服を着ている。
「……大丈夫。あんな場所にいたくないのは私も同じだから。私もセイちゃんと一緒に行くよ」
そう言ったマドカの前方に続くのは、彼女たちが着ている服と同じ色の、白い山道。
セイは滝本が示した選択肢のうち、雪が降り積もる山を越える事を選んだ。
安全性を考えるなら、あのまま聖槍町のどこかに滝本の技能でシシトたちの動向を確認しながら逃げ隠れていた方が良かっただろう。
しかし、その方法もリスクがないわけではないのだ。
例えば、シシト達がセイ達がビニールボートで逃げたことを信じずに聖槍町を探し始めたとする。
そうすると、ユイがセイたちを探し出すために町の至る所に武器の能力で監視カメラを設置したり、学生団体の力を借りて人海戦術をとるだろう。
すると、滝本の技能では対処出来ずに見つかる可能性が高くなる。
そして見つかれば……セイも、おそらくマドカも無事ではすまないはずだ。
「あのヤクマを讃える言葉なんて、私はもう聞きたくないよ」
マドカの話では、シシトは相当ヤクマに陶酔しているらしい。
おそらく、ヤクマはマドカが生み出した竹に全身を貫かれて死んでいるはずだが、シシトは最優先でヤクマを生き返らせるだろうとマドカも滝本も予想していた。
セイを助けた時にヤクマを死鬼化させて角を折れたら良かったのだろうが、ヤクマはドラゴンに上半身を噛み千切られ、飲み込まれても生きていたのだ。
そのときの薬は作れないはずだが、首を絞めたり竹を数本刺した程度で死ぬとは思えない。
それからさらに死鬼化するまで待つ時間なんて、あのときは無かったのだ。
シシト達の行動が遅かったとはいえ、他の警護部隊は動いていたのだから。
「讃える言葉って、あの男から距離を取っていたんじゃなかったの?」
「……毎日電話とチャットが届いていたんだよ。下手に拒否すると私の所にもヤクマが来るかもしれなかったから、適当に相手していたの」
マドカが大きく息を吐く。
ちなみに、シシト達とのチャット機能などはすでにブロックしている。
送られてくる文章で相手の情報を得られるかもしれないが、つながっている以上、なんらかの技能で相手にこちらの居場所が掴まれるかもしれないからだ。
「マドカさんも大変だったのね」
「……セイちゃんやネネコちゃんほどじゃないけどね」
ちらりと、マドカは背負っているネネコに目を向ける。
「……それに、明星先輩やユリちゃんほどじゃない」
「……そうね」
ザクザクと積もっている雪を踏みしめながら二人は進む。
冬は主に船で余所とやりとりする聖槍町。
雲鐘市から聖槍町にいく陸路は新道と旧道の二つがあるが、どちらも雪が積もっている。
新道は除雪車が通るので車の通行も出来るが、旧道は冬期閉鎖になるほど積もるのだ。
その旧道を、セイ達は歩いている。
新道ではなく旧道を歩いている理由は単純。新道は聖槍町をグルリと回るように作られていて、市の方に出るのに遠回りになるからだ。
だから旧道を歩いているのだが、木が生えていないというだけで、一面雪に覆われている。
かかる負担は普通の山道と大差ないだろう。
セイはちらりと後方を歩いているマドカを見る。
「……大丈夫? マドカさん。ネネコちゃんを背負うの代わる?」
「平気だよ。それよりセイちゃんは魔物が出てきたらお願い。私はネネコちゃんを背負っているし、植物や私の武器は使うと目立つから……」
マドカの武器、『炎風の斧』はアイテムボックスの中にある。
二人が歩いているのは何もない雪山の道路だ。
そんな場所で炎を出す武器など使えばどうしても目立ってしまう。
ならば、道路ではなく山の中を進めばいいのではないかというとそうではない。
道路でさえ冬は通行止めになるような山だ。
整備された道以外を行けば確実に遭難するだろう。
道路を歩かないといけないから少しでも目立たないようにとセイもマドカもそれにネネコも白い服を着ているのだ。
本来なら、雪山で白い服を着てはいけない。
遭難したときに発見出来ないからだ。
「そうね。分かった」
「ここら辺はまだ町に近いから魔物が少ないだろうけど、もう少し進むと増えると思うから気をつけてね」
そう言って、マドカは町の方を見る。
炎で紅く光っている。
その光に惹かれているのか、空には羽の生えた魔物や死鬼の姿が見えた。
「……心配? それとも罪悪感?」
セイの問いに、マドカは首を振る。
「ううん。セイちゃんが逃げる選択をするのは分かっていたから。町に火を放って少しでもワイバーンとか、強い魔物を町に向かわせないと、山越えはできないからね。罪悪感なんて……ない」
一度口を閉ざして、その後マドカは続ける。
「セイちゃんやネネコちゃんを助けるために必要だったから。二人とあの町にいる知らない人だったら、私は二人を取るよ」
「……そう」
マドカのその言葉は、どことなくシンジを思い浮かばせた。
「それにね」
マドカは続ける。
その声は、少しだけ高く、弾むような声になっていた。
「私がセイちゃんを助けて、あの町を出たいって思った理由はね、楽しかったからだよ」
「……楽しかった?」
「うん。あんな町にいるより、明星先輩や、ユリちゃん。それにセイちゃんと一緒にあのマンションにいたときの方が楽しかったの。皆で魔物を狩ったり、温泉に入ったり。セイちゃんが美味しいご飯を作って、それを皆で食べたり。本当に楽しくて、それを早く取り戻したいから、私はセイちゃんと一緒に来たんだよ」
エヘヘとマドカは笑う。
その頬が少しだけ朱に染まっているのは、寒いからだけではないだろう。
「……ウギギギ!」
と突然うなり声が聞こえた。
セイとマドカはそちらに目をやる。
そこには、白い毛皮の二足歩行の犬のような魔物がいた。
数は五匹。
「……コボルトだね。普通のやつより毛皮がもこもこしている?」
雪山に生息しているコボルトかもしれない。
さきほどの打ち合わせどおりセイに戦いを任せようとマドカはすっとセイの後ろにいく。
事前に決めたこと以外をするのは、よほどのことがない限り逆にセイの邪魔になるからだ。
しかし、セイはコボルトから目を離し、なぜか後ろに回ったマドカの方を向く。
「……コボルトの上位種かもしれないわね。じゃあ、頑張って」
セイはマドカに譲るように体をずらす。
「なんで!?」
マドカのツッコミにセイはにこりと笑顔で答える。
「いや、邪魔になりそうだから」
「なんの!? 私の行動間違っていた!?」
マドカの問いに、セイは独り言のような調子で早口で答える。
「さっきからなんでユリナさんの名前より先に明星先輩の名前を言っているの? なんで先輩みたいな事を言うの? これ以上ライバルはいらないんだけど明星先輩と仲良くしないでって言ったじゃない」
「恋の邪魔!? そんな事言っている場合じゃないでしょう!?」
「ウギギ!」
コボルトたちが、一斉にセイの背後から襲いかかってくる。
「……はぁ。それもそうね」
大きく息を吐くと、セイはクルリと回る。
五回。
破裂音がしたかと思うと、それだけでコボルトたちの頭が五体同時に弾けて消えた。
五回の正拳突き。その拳は音だけが残っていた。
「とりあえず、山を下りるまでは守るから、そのあとお話しましょう」
ニコリとセイは笑う。
「……怖いよ!」
その笑顔から感じた恐怖に、マドカは少しだけセイを助けた事を後悔した。
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