第267話 滝本が礼を言う

「……ようやく行動開始か。思ったより遅かったな」


 滝本がテーブルの上にあるiGODを見ながら呆れたようにつぶやく。

 滝本のiGODは旧式の携帯電話のような折り畳めるモノだが、画面は大きく、それに映る映像も鮮明なモノであった。

 今、iGODには、シシト達が白い制服を着ながら慌てて部屋を出ていく様子が写し出されている。


「これは、今の映像なのですか?」


 テーブルを挟んで、滝本の対面に座っていたセイが聞く。


 トンネルにいる死鬼の多さに驚いた後、セイは滝本に連れて、死鬼がずらりと並ぶ柵の横に置かれたイスに座ったのだ。

 マドカや潮花もセイの斜め隣に、四角いテーブルを囲むように座っている。


「そうだ。俺の職業。絵師の固有技能『風景映写』だ」


 滝本はiGODから、シシトたちから目を離さずに言う。


「半径三キロ以内の場所を自分のiGODに映す事が出来る。岡野の武器と違って物体や生き物を指定出来ないから自分で映す場所を操作しないと対象が動いた時に追いきれないが……」


 滝本は、ポチポチとiGODのキーを操作して、部屋を出てどこかに向かって空を飛んでいるシシトたちに合わせて場所を変えていく。


「……これは制限とかないんですか?」


「映すだけだからな。直接干渉出来ないし、範囲も狭い。使用中はMPとSPを両方とも消費するから回復薬を手放せないだけで大した事はない」


 言いながら、滝本はテーブルの脇に置いてあるMPとSPを回復する薬を手に取って一気に流し込む。


「……ふぅ。代わりに、映すだけだから相手に気づかれる事もほとんどない。あの明星だって分からなかったからな」


「……先輩が?」


 滝本とシンジ関係については、簡単ではあるが滝本からセイは聞いている。

 まさか教師である滝本とシンジが友達だったとは思わなかったが、シンジを悪く言わない人は、それだけでセイにとって嬉しかった。


「ああ。学校に避難していたとき、明星が一人だったからさすがに心配でよ。ちょくちょく様子を見ていたんだ。山田も見ているだろうから心配はしなくてもよかったんだろうけどな。お前と明星が出会ったときも見ていたんだぜ?」


「そうなんですか?」


「ああ。あの気が強くて正しい事が正しいって思っている常春と明星じゃ相性最悪だなって心配していたんだが……まさかこうなるとはね」


 ちらりと、滝本がからかうようにセイを見た。

 確かに、シンジと出会ったばかりのころはセイとシンジは衝突もしていた。

 そのことを思い出して、セイは口を引き結ぶ。


「……ありがとよ」


「……え?」


「明星にこんな仲間が出来るなんてな。明星のために常春が頑張ったって聞いて、俺は嬉しかった」


 滝本は、もうiGODの画面でシシトたちを見ていた。

 なんと返事をすればいいのか分からなくて、セイも画面を見る。


 シシトたちは空を飛んでいた。

 空を飛び、竹が生い茂っている場所を見下ろしている。

 よくみると、竹の間にヘリが数台並んでいるのが見えた。


「……ヘリポートに来たか。こりゃ裏切り者はチャカさんで確定かね」


「……裏切り者って?」


「ん? ああ、半蔵さんが握っている情報を宮間さんからアイツ等に流している奴がいてな。チャカって奴が怪しかったから、ヘリを使って常春が逃げているって偽の情報を流しておいたんだよ」


 竹やツタが生えているため、正確なヘリの数はすぐには分からない。

 一台飛んでいったかかどうか判断は出来ないだろう。

 滝本は話しながら、iGODとは別の端末を使って、なにやら送っている。


「……何をしているんですか?」


「半蔵さんに情報を送っている。まぁ、半蔵さんも駕篭達がヘリポートに向かった情報は掴んでいるだろうがな。次は本当の情報をアイツ等に教えるはずだ」


「本当の情報?」


「ああ、偽の情報だけだと疑っているってことがバレるからな。スパイがいるならいるで、利用できる。といっても、完全に本当の情報じゃないけどな」


 ニヤリと滝本の口がゆがむ。

 iGODの画面を見ていると、またシシト達は移動を始めた。


「これは……今度はどこに向かっているんですか?」


「海だ。半蔵さん達が三台の船をすでに出航させている。来る途中に常春も船で逃げると思っただろ? 駕篭達にもそう勘違いさせるんだよ」


 滝本の声を聞きながら、セイは滝本のiGODを見ていた。

 シシト達が飛ぶスピードはかなり早い。

 セラフィンとかいう羽虫が飛ぶ方法を教えたそうで、シシト達の周りには白い羽がキラキラと舞っている。

 あっと言う間にシシト達は海に出てしまった。


「……大丈夫なんですか?」


 つい、セイは心配してしまう。

 相手はシシトだ。

 その思考は、この一週間で嫌というほど知ってしまった。

 動いている三台の船に、シシトが大人しくしているだろうか?


 予想通り、シシトは白銀に輝く銃を取り出し、構えている。


「……大丈夫って、何が?」


「いや、だから半蔵さんが船を動かしているんですよね? このままだと確実に沈められて……」


 シシトが、引き金を引いた。

 それぞれ別の方向に向かっていた船は、シシトが放った銃弾が当たるとすぐに炎上してしまう。


「……あっ!」


 セイは思わず声をあげてしまった。

 そんなセイを見て、滝本はクックッと笑う。


「大丈夫だ。あの船には誰も乗ってねーよ。オートパイロットが搭載されているからな。半蔵さんはそれを起動させただけだ」


 セイはほっと胸をなで下ろす。


「でも……船が沈みましたけどどうするんですか? 私は船で逃げているとシシトたちに思いこませるんですよね?」


 沈んでしまったら、船で逃げていないとすぐにわかるのではないだろうか。


「大丈夫だ。実は黒い小さなゴムボートで逃げたようだと後日分かるようになっている。出航していた船に気を取られて見落としたんだろうって思わせる手筈だ」


 本当に、半蔵達が管理している黒いゴムボートを一つ盗んで火事に紛れて燃やしているらしい。


「……それで、私はどうやって逃げるんですか?」


 映し出されているシシトたちの様子を見ながらセイは切り出す。

 シシト達は自分で沈めたくせに、まるで心配しているかのようなそぶりで一台一台の船に近づくと、声をかけている。

 セイを探しているのだろう。


「……そのことなんだが、どうしたい?」


「……どうしたい、とは?」


「……選択肢は二つ。一つは、この町から逃げずにお前のご家族が揃うのを待つ。お母さんに言われただろ? 俺の技能を使えば、残り九日。なんとか隠れて逃げ切る事が出来るかもしれない」


「それは、そうですが。そういえばお母さんはどこに?」


 ここにいたのは滝本だけで、他の人の姿はない。


「お前のお母さん達は町で消火活動をしているよ。常春が逃げたことに関わっていないフリをするための、アリバイ作りだな」


「……達ってトウカさんもですか?」


「そうだな。水橋のお母さんも町の方にいる」


「……え?」


 セイは目を丸くする。


「え? 水橋って、え?」


「……百合野。お前言ってないのか?」


 セイの様子に、滝本は逆に面を食らったような顔になる。


「そういえばそうだったね。トウカさんはユリちゃんのお母さんだよ」


 マドカは苦笑いしながら答える。


「ええ!!? そうなの!? でも、確か名乗った時に火堂って」


「旧姓だよ。トウカさん記者だから、活動するときは旧姓を名乗っているんだよ。それに……水橋って名乗ると、セイちゃんが気にするからって」


「……そっか」


 それ以上、セイは何も言えなかった。

 セイが思っていた以上に、トウカはセイに気をかけていてくれたらしい。

 自分は、娘を亡くしているのに。

 しばらく、染み込ませるようにトウカがユリナの母親だという事実を飲み込み、セイは滝本に目を向ける。


「……隠れる以外の、もう一つの方法は?」

 

 聞かなくても、なんとなく察しはついているが。

 滝本は一度大きく息を吐く。


「雪が積もり、多数の魔物が犇めく山を越える」


 それは、シンジやガオマロさえ諦めた道だ。

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