第265話 潮花がクネクネする

「……誰? あれ?」


「潮花さん。学校で明星先輩に助けられた事があるんだって。協力者だよ」


 潮花は慌てるようにセイたちの所までやってきた。


「港を封鎖したらすぐに私の所にくる手筈でしょう? 何をしているの?」


「ご、ごめんなさい。ちょっと……」


 マドカが申し訳なさそうに頭を下げると、潮花はちらりとセイと手に持っている黒い布を見る。


「……もう! 目隠しは最悪しなくても大丈夫って言っていたでしょう? カメラにしていたとしても、あのスケベ共がこの時間に見ているわけがないんだし……」


「そ、そうかもしれないですけど……」


 マドカは目を伏せて、何か言いたそうに口を動かした。

 それを見て、潮花は、はぁと大きく息を吐く。


「ギリギリまで様子を見てきたけど、予想通りあの子達はお楽しみだったわよ。パーティーもあったしね。女の子たちにサンタやトナカイのコスプレをさせて、プレゼントに……」


「い、言わないでください!」


 マドカは大きな声を出して、潮花の話を遮る。

 その目には、涙が浮かんでいた。シシトがロナたちとイチャついている話を聞きたくない。

 そんな意思がはっきりと分かる。


「マドカさん」


 そんなマドカの肩に、そっとセイは手を置いた。


「セイちゃん……」


 マドカは振り向き、セイはニコリと笑顔を浮かべる。


「そんな風だから信用出来ないんだよ?」


「ゴ、ゴメンなさいぃぃぃ!」


 もう、マドカは本気で泣いていた。


「で、でも言い訳させてもらうと、好きだった人がイチャついていたんだよ? 自分の妹をあんな目に合わせて、セイちゃんの胴体を千切って、そんな事をしたあとに、されている最中に! 脳天気にイチャイチャと! なんか涙出ない!? 悔しいし、情けないしさぁ。もう好きじゃ無いけど、ムカつくでしょう!?」


「どうでも良い」


「どうでも良い!?」


 マドカの必死の訴えを、セイは一言で片付ける。


「そう、どうでも良いね」


「潮花さんまで!?」


「えっと、常春ちゃんだっけ? ちょっと手を貸して」


 驚愕しているマドカを無視して、潮花はセイの手を取る。


 その後ろで、マドカは「また色々言われるんだぁああ。裏切り者じゃないのにぃいい」と頭を抱えていたが、どうでも良い。


「……『イテハ』」


 特に敵意を感じなかったためセイはおとなしく潮花に手を持たせていると、潮花の手が淡く光った。

 だが、別に何か起きた様子はない。潮花が手を離したのでセイは自分の手を見てみる。


「……何したの?」


「怪我以外の体の異常を元に戻す魔法。風邪とか、頭痛とか、岡野って子の武器が持っている監視能力とか打ち消す事が出来るのよ。まぁ、薬でイジられた頭は治せないけど」


 と、潮花はマドカに背負われているネネコを見る。


「それは、分かっています」


 マドカは頭を下げるように頷いた。


「……そうね。それにしても、予想通り岡野って子は何もしていないみたいね。何かしていたらさっきの光があなたの全身を包んでいるはずだし」


「……そう」


 シシトたちの危機管理の意識が低いことに、利点はあっても問題はない。

 セイは一通り自分の体を見て視線を潮花に移す。


「こっち。着いてきて」


 潮花とその後を追ってマドカが歩き始める。

 二人の後ろをセイはついて行く。

 一メートルほど距離を空けて。

 マドカを信用していない。という言葉に嘘はない。潮花も同じだ。

 実の所、今だって警戒している。

 いつでも分身は出せるようにしているし、何かあれば二人の首を折る準備はしている。


 しかし、セイ自身にこの町から逃げ出す計画がないのも事実なのだ。


 聖槍町はそこそこ広い。

 世界的なロナの企業があるため、2~3万人程度の人口はあった町なのだ。


 三方は山で、もう一方は海に囲まれている陸の孤島ともいうべきこの町から逃げ出すのは簡単ではない。


 手筈を整えていたというマドカの言葉が事実なら、ついていくしかないだろう。

 潮花とマドカが向かったのは港に泊まっている船ではなくて、その脇に建てられている小さな小屋だった。


 その中に入って、潮花は小屋の鍵を閉める。


「……船で逃げるんじゃないの?」


「船で逃げたらすぐに捕まるよ。アイツ等は空を飛べるんだから。船はフェイク」


 言いながら、潮花は小屋の一部の床板を持つ。

 すると、それは簡単に持ち上がって下には人一人は余裕で通れるくらいの大きさの穴が空いていた。

梯子までかけられている。


「……手が込んでいるわね」


「これくらいしないと逃げられないよ」


 潮花の後に続いてセイも穴に降りる。

 潮花が手にしている明かりはLEDなのだろうか。

 かなり明かりが強くてまるで昼のようだ。

 降りると穴は横に向かって伸びており、立って歩ける程度には広い。


 そんな穴の様子を確認していると、上の方からマドカの声で『リーサイ』と聞こえた。

 その後、マドカは降りてきて、今度は縦穴に向かって『リーサイ』と唱える。

 すると穴が再び土に埋まる。


(なるほどね)


『リーサイ』で小屋の床穴と縦穴を塞げば小屋からこの横穴を見つけることは困難だろう。

 よく考えられている。

 そして、退路もなくなったという事だ。

 これで本当に二人がセイを騙していた場合、逃げられないが……戦力くらいはセイも見極められる。

 二人を倒すのは片手で大丈夫だ。

 つまり、まだ問題はない。


「……これでよし」


「あとは歩くだけね」


 そんなセイの警戒を知ってか知らずか、二人はほっと胸をなで下ろしている。

 ちなみに、マドカの背中にネネコは括られている。

 縛っているのはおそらくマドカが自分で生み出したツタだろう。

 ネネコはおとなしく眠っている。


「……それで、これからどうするの?」


「この横穴を抜けると、工事中のトンネルがあってね。まずはそこに向かうよ」


「なんでも、ロナって子が通学しやすいように工事していたトンネルらしいわ。工事中だから山の中央くらいで途切れているけど」


「……工事中? そんな所に向かってどうするの?」


 セイの疑問に、マドカが答える。


「そのトンネル。今は誰も近寄らないからね。まずはそこで他の人と合流する手筈だよ」


「……まだ誰かいるの?」


 歩き始めた二人の後を追って歩きながら、セイは聞く。


「うん。半蔵さん以外に、潮花さんみたいな明星先輩と仲のよかった人たちが何人か協力してくれているよ」


「別に仲がよかったわけじゃないわよ。ただ、助けてくれたからそのお返し」


 そう言って潮花は確認するようにセイの方を向く。


「アナタ。もしこの町から逃げ出せたら何をしたい?」


「明星先輩を生き返らせます」


 潮花の問いに、セイは間をおかずに答える。

 その早さに、潮花は少々面くらってしまった。


「そ、そう。まぁ、皆が予想していたとおりだけど、ちょっとビックリするわね。でも、本気? 明星くんが死んでもう十日だけど……」


「なんとかします」


 また、セイは即答する。

 そこに、迷いは一切無い。


「……そっか。大変だと思うけど頑張ってね。明星くんには借りもあるから生き返ってほしいと思うし、それに……」


 潮花が目をそっと伏せる。


「それに……?」


「あ、ダメ! セイちゃん! 話題をそらさないと……」


 マドカが慌てるが、それは遅かった。


「コタくんの行方が分からなくなるじゃない!」


「……コタくん?」

 

セイが首をかしげると同時に、マドカは額に自分の手を乗せた。


「そう! コタくん! 山田小太郎様! 百合野ちゃんから聞いたけど、コタくんは明星くんとの待ち合わせ場所にも来なかったんでしょ? 何か話は聞いてないの?」


 ずずいっと潮花はセイに近づいてきた。


「え? いや、特に何も……確か、何かと戦っているから一緒に行動出来ないとかそんな手紙を明星先輩は受け取っていたような……?」


「何か! 何と戦っているのコタくん! 魔王とか? コタくんって本当の勇者なんでしょう? あぁ……世界を守るために陰ながら戦うコタくん! カッコよすぎる! ご飯は!? ご飯はないの! これだけでどんぶり飯が5杯は食べられるわ!」


 本当にヨダレをたらしながら潮花が言う……というか吠える。

 あまりの潮花の豹変っぷりにセイは目を瞬いた。


「……えーっと」


「潮花さん。山田先輩の事が好きで、好きすぎて、ちょっとでも思い出すとこんな風になるの。何か別の話題で気をそらしてあげないとずっとこのままで……」


 マドカが大きく息を吐く。


 潮花は拳を突き上げながらコタくん! コタくん!と謎のエールを送っていた。

 もちろん。現在、皆の歩みは止まっている。

 確実に、今は時間の無駄だ。

 しかし、明かりを持っている潮花が止まっていては進むことは出来ない。


 ……別の話題。

 せっかくなので、セイはちょっと気になった事を話題にしてみた。


「そういえば……勇者ってあのシシトも勇者なんでしょう? 山田先輩と何か関係あるのかしら?」


 シシトはセイの胸を揉みながら、「僕は勇者なんだ」とか言っていた気がする。

 セイの言葉に、何やら自分の体を抱きしめてクネクネしながらコタくんコタくんと言っていた潮花の動きが止まる。

 そして、クルリと振り返り、セイに詰め寄った。


「はぁ? あんな男がコタくんと関係あるわけないでしょう?」


「あんな男……潮花さんも、シシトに何かされたの?」


 薄々思っていたが、どうやら潮花はシシトにたいして思うところがあるようだ。

 セイに聞かれ、潮花は一度口を閉ざすとしぶしぶといった様子で答える。


「……別に。怪我をしている人の治療をしているとたまにやってきて、私のスカートの中に頭を突っ込んだり、胸を揉んだり、なぜか全裸にさせられたりしただけよ」


 ぺっと潮花は唾を吐く。


「……この体はコタくんのモノなのに。それに、上山さんは男嫌いなのに何度も何度も……」


 ギリギリと潮花の顔が不快そうに変わる。


「……誰にでもするのか、あの男」


 シシトに対する嫌悪感はこれ以上下がることはないと思っていたが、まだ下があった。

 はぁ、とセイが息を吐くと、潮花は首を横に振る。


「誰でもじゃないわよ」


 潮花はくるりと振り返って歩き始める。


「可愛い子だけよ」




 しばらく歩くと、梯子がかけられている縦穴に着いた。


「ここを登るとトンネルだから」


「ちょっとびっくりするかもしれないけど着いて来てね」


 潮花とマドカが梯子を登りながら言う。


「……びっくり?」


 潮花が梯子の上にある蓋のようなモノを外しているのを見ながらセイが聞く。


「……うん。ほら、セイちゃんも知っていると思うけど、シシト君、死鬼を殺さないとか言っていたでしょう? だから、死鬼は全部捕まえてトンネルに隔離しているんだよ」


 それがこのトンネルに人が近づかない理由らしい。


「……へぇ」


 それは、確かに言われていないとびっくりしそうだ。

 潮花が蓋を開けて外に出るのを見届け、セイも梯子を登り始める。

 そして、5メートルほど登って出ると、セイはびっくりした。

 聞かされていても、これは驚く。


 檻のような柵の向こうに、数千の死鬼がびっしりと並んでいたのだから。


「……何? これ?」


「お? 久しぶりだな、常春。よかった。無事で」


 声が聞こえた方をセイは向く。

 そこにいたのは、軍服を着たぼさぼさとした髪の男性。


「え……と、滝本先生?」


「よぉ」


 美術教師の滝本直紀は、手を挙げて答えた。

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