第260話 バトラズが後悔する

「……私たちは警護部隊といっても、武器を携帯している軍人です。抗議されるのも仕事だと割り切るくらいの覚悟はしていますし、訓練もしています。しかし、私たちの中には一般人なのに町を守るために協力してくれている人もいるのです。そんな彼らにも、言うのです。守っているはずなのに……犯罪だ、殺人だ、やめろ、殺すな、と」


 半蔵は、拳を握りしめる。

 シシトたちの抗議の声は、この一週間で大きく激しくなっている。

 原因は、シシトが学院で助けた男たちがシシトの仲間に加わったからだ。


「抗議活動の場に、明らかに風貌が怪しい者が増えました。ずっと何かに反抗していたような、そんな風貌です。親、先生、校則、法律、そういった事に何でもいいから反対して、反抗して自分は凄いと勘違いしているような……」


「……警護部隊が、そんな奴らも受け入れているか。その、白い生き物はどうにか出来なかったのか」


 バトラズの言葉に半蔵は首を振る。


「申し訳ありませんが……何も出来ませんでした。シシトが意識を失っている常春のお嬢さんに変な事をしていると知ってすぐにアイツを呼び出したのですが……」


 セイが監禁されて、シシトからほぼレイプに近いことをされていると報告された時。

 半蔵はすぐにシシトを呼び出しやめるように言った。

 しかし、セイの呪いを解くために必要だとシシトは強行に固辞したのだ。


 無理矢理にでも止めさせようと半蔵は思ったが……出来なかった。

 白い羽の生えた生き物。

 セラフィンに、半蔵は負けたからだ。


 何が起きたかよくわからなかった。

 ただ、シシトを殴り飛ばそうとしたとき、気がついたら半蔵の目の前からシシト達が消えていて、時間が十二時間以上経過していたのだ。

 おそらく、気絶させられていたのだろう。

 その間にセイに対する警備も宮間が担当するように決められていて、半蔵が手出し出来ないようになっていた。


「呪い、だったか。それを解くために常春家のお嬢さんを……」


「はい。キスどころか盗撮までしていました。盗撮の件でもう一度呼び出しましたが、『常春さんは殺人鬼に呪われたままだ! 監視もしないで放置できるわけないでしょう!』とこれまた固辞をされて……」



 トウカからセイの盗撮について報告を受けて、シシトを呼び出した時の事を半蔵は思い出す。


(呼び出して盗撮について問いつめた時は目が泳いでいたくせに、あの白い奴が耳元で何かささやいたら急にペラペラ話し始めやがったな)



「『こんな当たり前の事を止めようとするなんておかしい! 半蔵さんも! 半蔵さんに報告した火洞という人も呪われているに違いない!』と言われましたよ」


「それで……どうしたのだね?」


「『俺も呪われているなら、俺ともキスをするのか?』と聞いたら顔を真っ青にしていましたね。それで、あの白いのが、呪いを解くには愛の力が必要だ。シシトでは解けない。この半蔵って人の呪いはお医者さんに任せて、シシトは火洞という女の人の呪いを解いてあげた方がいい。とか言い始めまして。何とかシシトが火洞さんに何かをするのを止めましたが、それが限界でした」


「……火洞十香さんの旦那さんとは、君は友人だったな」


 バトラズの言葉に、半蔵は頷く。

 トウカの夫とは十年来の友人だ。

 見過ごせなかった。


「彼女の旦那さんには私もよく世話になった。常春家の方々もだ。常春家は……娘さんだけでなくて、奥さんも、か」


「……はい」


 アオイとシシトのキス。それも止められなかった。


「半蔵。君は、私たちの一族が何を求めているか知っているかね?」


 突然のバトラズの話題の変更に、半蔵は少しだけ口を閉ざし、開く。


「……聖槍を手に入れること」


「そうだ。ある英雄はその槍を手にして王となり、ある聖人はその槍に突かれる事で息を吹き返した。聖槍。その槍を手にする事が我ら一族の悲願だ。そのために我々はあらゆる手を尽くしてきた」


 バトラズは手にワインの入った杯を持ち、揺らす。


「武器を開発しているのは、聖槍を自ら作り出すため。世界中に拠点を持っているのはどこに聖槍が現れてもすぐに確保出来るようにするため。金を稼いでいるのは聖槍を買えるようにするため。全ては聖槍のためだ」


 ワインを少しだけ口に含み、バトラズは杯を置く。


「今。聖槍が現れる可能性が一番高いのがこの国だ。聖槍は変化する場所に現れてきたからな。国が変わる時。宗教が変わる時。そして……地形が変わる時」


 バトラズはパンを手に持ち、ちぎる。


「震度7クラスの地震が何度もおき、海に浮かぶ小さな島が巨大になった。これほどの変化が起きている国は他にない。それに……予言師もそう言っていたからな」


 パンを口に入れ、バトラズは噛む。

 堅い。


「予言師とは……ツカサの事ですか?」


「……そうだ。『見通す者』御技の予言師ツカサ。あらゆる事象を見通し、未来を予言する。そのツカサが予言したのだ。聖槍はこの国に現れるとね。だから我々はこの土地を買い取り……町を作ったのだ。聖槍町を。変化を起こして少しでも槍の出現を早めようとな」


 また、ブチっとバトラズはパンをちぎる。


「しかし……失敗だったのかもしれん。この国に来たことは。ツカサにも言われたからな。『聖槍は現れるが、決して貴方がそれを手にすることはないだろう』と」


 ちぎったパンを手で転がして……バトラズは自嘲気味に笑う。


「半蔵……君は、シシトが勇者だと思うかね? 聖槍に選ばれる英雄だと」


 バトラズの言葉に、半蔵は首を横に振る。


「いいえ。決して」


 その答えに、バトラズは頷く。


「……そうだ。せめて、私が手にしなくても将来我々に連なる者が聖槍を手にすることが出来れば……とも思ったが、アレは違う。あんな男に娘が引っかかるとは……いや違うな。娘の男があんな風に変わってしまうとは、というのが正しいか。男子三日会わざれば刮目して見よ。という言葉があるらしいが、あの年代の若者の変化は、まったく読みきれん」


 噛みしめるように、堅いパンを何度も咀嚼して飲み込んで、バトラズは、はぁと息を吐いた。


「やはり入学してすぐにあの子と引き会わせるべきだったか。いや、それに反発してあの男とくっついたのだったな。世の中思い通りにはならん」


「……あの子とは?」


 その半蔵の質問は、コンコンとノックの音に打ち切られた。


「……なんだ?」


「パーティー会場で事件です。常春家のお嬢様が暴れたようで……」


 ドアの向こうから聞こえた報告に、バトラズと半蔵はそろって息を吐く。


「……分かっているな?」


「ええ」


 半蔵は立ち上がる。

 今までは、何も出来なかった。

 しかし、今度こそは……

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