第259話 半蔵が語る

「……降ってきたな」


 壮年の男性。口に髭を蓄えた白髪の男性が青い瞳を細めてつぶやいた。


 半蔵も。

 男性の瞳につられて外を見る。


 もう季節は十二月。

 海沿いの平地とはいえ、雪も積もるようになっている。

 歩けば足跡が残る程度に積もった雪を見て、半蔵は息を吐く。


「ふ……辛気くさいな」


「も、申し訳ありません」


 あわてる半蔵に、男性は手を振る。


「いや、いい。私も同じ気分だ。君もあれを見たのだろう?」


 男性の視線の先には、ある建物に続く足跡。

 その建物、体育館では今まさにシシト達が企画したクリスマスパーティーが行われている。


「あんな場所に私の娘がいると思うとな。煌々と明かりを焚いて……赤や青に光が変わっているな」


 男性は……ロナの父親。半蔵の雇用主。

 兵器から医療品まであらゆるモノを開発し販売する大企業。

 ロンゴミアントコーポレーションの会長。

 バトラズ・R・モンマスは苦笑いをしながら先ほどの半蔵よりも大きく息を吐いた。


「申し訳ありません。私がもっとしっかりとしていれば……」


 半蔵は、具がほとんどないスープと堅いパン、一杯のワインだけが並んだ食卓を軽く見て、再度頭を下げる。

 謝らなくてもいいと、言ったのだが。


「……君は頑張ってくれている。それに、避難している方の慰安になるならばいいと許可したのは私だ」


 外を歩けば死鬼や魔物。

 どうしても閉鎖的な気分になってしまう現状。

 楽しみは確かに必要だろう。

 ご馳走を集めて、ライブコンサートを開催するというロナの案自体は、バトラズは評価している。


「それだけなら、な」


 楽しみだけなら。

 娯楽だけなら。

 何も問題ない。

 自分の食事がどれだけ質素になろうとも、開催してくれて結構だ。

 しかし、実際にはこのクリスマスパーティー。

 ロナの恋人。シシトが組織した団体。

 killerSLAPによる新しいメンバーを勧誘する会だ。


 人を殺すのを止めよう。

 魔物を殺すのも止めよう。

 争いをなくし、元の幸せな愛と平和にあふれた世界にしよう。

 そのような主張を組織のメンバーに。それにご馳走とライブコンサートで釣ったメンバー以外の学生にも主張を聞いてもらい自分たちの組織を拡大、強化することを目的としたパーティーである。


「これでどれだけの住民があちら側につくと思う?」


「……難しいですね。この町に避難している二十代から三十代の者はほとんどあのパーティーに参加していますが……」


 今、この聖槍町は大きく分けて三つのグループに分かれている。

 一つは魔物も死鬼も積極的に倒していき、ポイントや経験値を稼いで町を守りたい半蔵たち町の守護部隊。

 もう一つはただ守られている力のない人たち。

 そしてもう一つが、


 死鬼は生きている人だ。殺すなんて絶対にダメ。

 魔物も生き物だ。むやみに殺してはいけない。

 殺人鬼になってはダメだ。

 守るためとはいえ、争いはいけない。

 と主張するシシトたちのグループだ。


 聖槍町には現在約五千人の人が避難しているが、半蔵たち守護部隊が一般人も含めると約二百人。

 守られているだけの、どちらでもない人たちが約四千三百人。

 シシトたちのグループが約五百人。

 と、このような状態である。


「どちらでもないグループの者たちが約五百人は参加しています。通常でしたら学生運動による主張など賛同しても半分もいかないと思われますが……」


「……通常ではない。か」


 バトラズの言葉に、半蔵は頷く。

 シシト達の主張は、平和な時分ならまだ受け入れられる主張かもしれない。

 

 しかし、今はおそらく戦争をしている時よりも身近に危険が、暴力が、迫っている状況だ。

 そんな中、シシトたちの主張を受け入れる者が五百人もいること自体がすでにおかしいのだ。

 いくら受け入れている者の大半が学生でも、だ。


「……蓮の力……ではないのだろう?」


 シシト達に助言という形で取り入っている政治家の蓮は、元々そういった平和活動を行っていた人物だ。


「蓮、本人はシシト達をコントロールして自分の勢力を拡大しているつもりのようですが実際は違います。実際は……」


 半蔵は、そこで一端口を閉じる。


「……シシトや、お嬢様のお力が半分は占めていると思われます」


「そうだろうな」


 シシトたちのグループの人数、五百人。

 その内訳は蓮のグループが約百人。

 学生が三百五十人。

 残りの五十人が元々半蔵の部下だったこの町にいた警護部隊だ。

 彼らはバトラズに雇われている半蔵と違い形式上ロナに直接雇用されている事になっているため、そのままロナの指示に従うのだ。

 ちなみに、宮間もロナに雇われている。

 異変が起きる前は半蔵がロナの警護部隊の隊長で、雇用主に関係なく彼らは半蔵の指示にしたがっていたのだが……今は、完全に分裂してしまっている。



「彼らの主張が、何も力のない者が言っていたらここまで影響力はなかったでしょう。しかし、実際にこの町を守ってきた警護部隊の四分の一が彼らの側につき、主張している本人たちもワイバーンを従えるだけの能力がありますから……」


 シシト達が主張を始めた時は、誰もシシト達の話に耳を傾けなかったのだ。

 しかし、警護部隊でもシシト達に従う者が現れ、さらに時折やってくるワイバーンをシシト達が味方にしてしまった。

 それから、彼らを英雄のように見る者たちが増えてしまい、とくに同世代の者がシシトのようになりたいと彼らに従うようになってしまったのだ。


「……能力のある者が言えば、その言葉は戯れ言ではなくなる、か。主張に破綻があっても支持するものがいれば問題ない。学生なら、特にそうかもな」


 生き物を殺すな。

 という主張のくせに、実はシシト達はよくワイバーンを狩っている。

 説得しても殺すのを止めない殺人ワイバーンだけ殺している。


 というのが彼らの言い分だ。


「それでも学生だけなら押さえ込むことも出来たでしょうが、蓮や警護部隊もいますから」


 どのようにすればデモを妨害されないか。

 どのようにすれば自分たちの主張が正しいと聞いている人に思わせられるか。

 熟知している大人が彼らの組織を拡大させている。


「人を扱う事を学ばせるために警護部隊をロナ自身に雇わせたのは間違いだったか。それでも、彼ら自身にどうにかしてもらいたかったが……警護部隊が私の娘についている本当の理由は、あの生き物か」


 バトラズの言葉に半蔵は頷く。

 シシト達の組織が拡大している、もう半分の理由。

 シシトのそばに急に現れた謎の白い生き物。


「セラフィン。アレが何かしているようです」


 いくら雇用主とはいえ、シシト達がしているような主張に、彼らが賛同するわけがない。

 元々、警護部隊の仕事の一つにロナが何かしら間違った行いをすれば止めることも含まれているのだ。

 それは、ロナに雇われる前に、バトラズから直々に命じられた事でもあるし、その命令に彼らは忠実であった。

 ロナに雇われているとはいえ、給料を実際に支払うのはバトラズだからだ。

 しかし、もうその命令に従うものはいない。


「ロナお嬢様に従うフリをしてこちらに情報を流すように言っていた者が完全にあちらに寝返りました。そいつに情報を流した者も内部にいます」


 宮間の事だ。

 宮間は、元々バトラズに雇われる半蔵の部下だった男だ。

 ロナが雇う警護部隊を新設するときに雇用主がロナに変わったが、半蔵が信頼する部下の一人だった。

 なので、シシトたちが妙な主張を行い、半蔵と対立を深めた時に宮間にシシトたちの同行を探るように命じていたのだが……それは、完全に裏切られてしまった。


「……厄介な話だ。彼らが楽しんでいるモノの大半は、君たちが確保して、用意したモノなのにな」


 パーティー会場の周りにいるのは半蔵たちの警護部隊。

 煌々と明かりを照らしているのだ。

 いつ魔物に襲撃されてもおかしくない。そんな場所をロナの警護部隊だけで守るのは不可能だ。


 それに、中で振る舞われているご馳走の大半を準備したのは半蔵たちだ。

 半蔵たちが守ってきた食料庫から食材が出されて、半蔵たちが魔物を倒して得たポイントで購入したジュースやお酒が振る舞われている。


 パーティーやコンサートで使用されている電気は半蔵たちが命がけで魔物や死鬼から守っている町の発電器を使って作られている。

 なのに、彼らは会場の中から声を上げるのだ。


 半蔵たちに。

 殺すな!と。

 戦うな!と。




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