第250話 シシトが触る(シシト視点)

「……覚えているよ。だからこれから常春さんの所に行くんだ。愛の力で呪いを解くために」


「そうだフィン。行くフィン」


「……じゃあ、行ってくるね」


 そう言って、シシトはロナの部屋を後にする。

 セラフィンも一緒だ。

 セラフィンはシシトがセイの部屋に行くとき必ず付いてきてくれる。

 そして、部屋の外で、何かあった時のために待機してくれているのだ。


 セラフィンは強い。

 本人曰く、あらゆる魔法を使いこなすことが出来るそうだ。

 だからとても役に立つしシシトをいつも助けてくれる。

 八日前もそうだった。




 あの日、シシトはロナ達と組織した学生グループ Killer SLAP(殺人行為を止める平和的学生集団 S:Student L:Love A:And P:Peace)による意見書を、この町の防衛任務を担当している半蔵に持っていった。


 シシト達の意見は一つだ。

『人を殺さない。生き物を殺さない。平和で愛の溢れた世界を』

 それは邪悪な気が蔓延する前なら、当たり前の意見だ。

 シシト達の力で、邪悪から解放された学生達や蓮などの一部の大人の人たちはシシト達の意見に賛成してくれたのだが、半蔵はシシト達のグループの意見を『子供の戯れ言』だと言って真面目に取り合わなかった。


 Killer SLAPのメンバーは、五百人もいるのにである。

 なので、その日も意見書を持っていきはしたが、半蔵には無視されるだろうと思っていたのだが……その日は半蔵はすぐにシシト達に会ってくれた。

 そして、意見書を受け取る代わりに、こんな条件を付けた。


「ロナお嬢様……あーそれと他の二人……いや、もう全員だ。四人と、その動物も、今日からしばらく私たちと一緒に行動してもらえませんか?」


「……理由を聞かせて?」


 何かあったのだろうと、ロナも思ったのだろう。

 今までとあまりに違う態度に、ロナが眉を寄せて半蔵をにらみつける。


「……ロナお嬢様を狙っている人物がいると情報が入りました。危険な人物です。なので、私の近くに居て下さい」


「……あら。私、半蔵から嫌われていると思っていたのに」


「私の役目はお嬢様の警護です。好き嫌いは関係ありません。それに、イデオロギーの違いもです。安全の確保が出来るまで、私から離れるなとお父様もおっしゃっています」


「今じゃ半蔵よりも私やシシトの方が強いのに?」


 ロナの返しに、半蔵は息を吐く。


「強い。といっても能力だけ……ステータスだけの話でしょう? 警護する。自分の身を守るとなると、話はまったく違います」


 半蔵の返答に、ロナはしぶしぶといった様子で答えた。


「……わかった。じゃあ、半蔵が私に付いてきて。今日は私たちにとっても大切な日だって分かっているでしょう? 活動の邪魔はさせないから」


「……かしこまりました」


 この日は、政府から人がくる予定だった。

 世界一武器を生み出しているロナの父親の会社に、政府として協力を求めに来るのだ。

 さらなる武器を求めに。人を殺す兵器を求めに。

 だから、シシト達は活動しなくてはいけなかった。

 世界を平和にするために。

 現実を分かっていない大人達に、自分たちのメッセージを届けなくてはならなかった。

 政府の人達を囲み、自分たちの思いを強く訴える活動をしなくてはならなかったのだ。

 『誰も殺すな。武器を使うな。ここは平和の国だ。武器なんて、あってはならない』と。


 しかし、その願いは叶わなかった。

 政府の人たちが来なかった……いや、来られなかったからだ。

 政府の人達を仲間達と待っていたシシトは、すぐに半蔵に詰め寄った。

 すると、半蔵は重い口を開いて教えてくれた。


 政府の人達が乗っていたヘリが落ちたこと。

 ロナを狙っている危険人物が落としたかもしれないこと。

 だから活動を止めてはやく解散するように半蔵に言われたシシト達だったが、そのとき、ロナが口を開いた。


「今、宮間に聞いたけど……その危険人物が、ネネコちゃんを監禁しているって本当?」


 ロナの泣きそうな顔を見ながら、シシトは頭が白くなっていた。

 大切な妹が、危険人物に監禁されている?


「その危険人物は、雲鐘学院に沢山の女の子を集めてヒドいことをしているって、本当?」


 ロナはもう涙を流していた。

 そんなロナを半蔵は見ていなくて、自分の後ろにいた宮間を怒鳴りつけた。


「……宮間ぁああああ!」


 半蔵の声を聞いて、シシトは反射的に声を出していた。


「そんなこと言っている場合じゃないでしょう! 苦しんでいる人がいるなら、助けにいかないと! そうだろう? 皆!」


 シシトの声に、シシトの仲間達は、Killer SLAPの皆が、声をそろえて答える。


『おう!』と。


 そして、シシトの仲間たち五百人の声に負けて、半蔵はヘリを出してくれた。

 雲鐘学院に捕まっている女の人たちを助けるために強いモノだけを選りすぐった総勢五十人の精鋭部隊。

 彼らは三台のヘリで向かった。

 もちろん、その中にシシトやロナ達もいた。

 このときにはすでに、シシトは半蔵よりも半蔵が率いる部隊の誰よりも強かったのだ。

 勇者として覚醒していたのだ。当然である。

 その勇者の仲間であるロナ達も、半蔵よりもレベルが高い。

 ネネコを、シシトにとって何よりも大切な妹を助けるために、本当はロナ達と先に雲鐘学院に向かいたかったのだが、それだけは半蔵は許してくれなかった。


「おまえ達は絶対に俺から離れるな!」


 と、半蔵は何度もシシト達に言っていた。


 そのヘリの中で、半蔵が各部隊に指示を出している間に、セラフィンの魔法を使ってシシトは宮間に詳しい話を聞いた。

 ちなみに、セラフィンの使った魔法は『イイセレ』というお互いの声が直接脳内に聞こえるというモノだ。

 それのおかげで、半蔵に気づかれることなくシシトは宮間の話を聞けた。


 なんでも、シシト達が半蔵の元へ向かう少し前に、連絡があったらしい。

 雲鐘学院にガオマロという人物がいて、ガオマロがその雲鐘学院の生徒や近隣の女性を襲い、苦しめている。

 その中にはシシトの妹であるネネコもいて、ロナも狙われているという事だった。

 シシトは、今にも飛び出していきたい衝動を抑えて宮間の話を聞いていたが、次の宮間の話でそれを押さえきれなくなった。


『そういえば、お嬢様の同級生である水橋さんや百合野さんという女の子も、あの常春家のお嬢さんと一緒に……』


 百合野。

 百合野円。


 その名前を聞いた瞬間。

 シシトはセラフィンに頼んでいた。雲鐘学院への転移。


 セラフィンの魔法の力で一足早く、誰よりも早く雲鐘学院に到着したシシトは、学院を占領していた危険人物。

 凶悪な殺人鬼。

 ガオマロこと明星真司を殺すことに成功した。


 成功したが、それでもシシトは遅かった。

 遅すぎた。

 シンジを殺した時には、すでにシシトが助けた女の子達に呪いが掛けられていたのだ。

 結果、ユリナは死亡し、セイを監禁しなくてはならなくなった。





「……シシトは頑張っているフィン。もう少しで、きっとあの子の呪いも解けるフィン。セラフィンのアドバイスは覚えているフィン?」


「……うん。大丈夫。呪いを解くために必要なのは幸せにする意志と、愛だ」


 シシトは、拳をグッと握った。


 八日前。

 呪いのせいで暴れていたセイを連れて帰ったシシトは、眠っているセイにキスをした。

 それはまるで地獄の様だった。


 セイはシシトの親友を殺した少女なのだ。

 そんな少女とキスをするなど、いくらセイが美少女でも、シシトには気持ちが悪かった。嫌悪しかなかった。

 だから、キスをする前、シシトは震えていた。

 セイとキスをした後は、嘔吐もした。

 それでも、セイを治すとシシトは決めて、ロナ達に癒されては、何度もシシトはセイにキスをした。


 苦痛のキス。恐怖のキス。


 何度キスをしても、呪いのせいで限界以上にSPを使ったセイは起きることは無かったし呪いも解ける気配がまったくなかった。


「愛がないフィン。シシトには、この寝ている女の子に対して愛が足りないフィン」


 と、キスの苦痛に苦しむシシトに、セラフィンは言った。


「……愛なんて、キョウタを殺した常春さんを簡単に愛することなんて……」


「殺したのは、呪いのせいだフィン。あの、明星真司とかいう邪悪の化身がこの子にかけた、呪いだフィン。それを忘れてはいけないフィン。元々、あの子もシシトの事が好きだったとユイから聞いているフィン。あの子の中に眠る愛と、シシトの愛が合わされば、どんな強力な呪いだって解くことが出来るはずだフィン」


 セラフィンの言葉は、当然シシトも知っていたし、納得している。

 感情でも、理性でも。

 しかし、心の底にある何かが、セイを拒否しているのだ。


「しょうがない。シシトは、心がどこにあると思うフィン?」


 やれやれと肩をすくめたセラフィンの問いにシシトはうーんと考える。


「そりゃあ、ここ?」


 軽く悩み、トントンとシシトは自分の胸をたたく。


「そうだフィン。だから、キスをするまえに、あの子の心を触って見るフィン。あの、平和だった時のあの子を、呪われる前のあの子を、シシトが好きで、シシトの事が大好きだったあの子思い出しながら、触って見るフィン」


 そのセラフィンのアドバイスに従って、シシトはセイの心に触れた。

 胸に触れた。

 それから、シシトの苦痛は消えたのだ。

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