第249話 シシトが動く(シシト視点)

「じゃあシシトくん。私はコレで。君のような若者と話せて今日は実に有意義な時間だった。明後日のパーティーも楽しみだ」


 五十代くらいの少しぽっちゃりとした柔和な笑顔の男性がシシトと手を交わす。


「僕もです。今日は勉強になりました」


 男性に、シシトは頭を下げた。

 そんなシシトに、男性は笑顔を笑い顔に変える。


「私も勉強になったよ。シシトくん。人生は日々勉強の繰り返しだ。そうやって学ばなくてはならない。愛と平和を皆が得るためにはどうすればいいか。皆が幸せになるためにはどうすればいいのか。争いの無い世界をどうすれば作れるのか」


 男性の言葉に、シシトはうなづく。


「そして学んだら行動だ。知識は、人のために使って始めて役に立つんだ。勉強をしたのなら、次は動きなさい。動いて、変えるんだ。社会を、世界を。争いのない世界なんて、無想だというモノもいる。だがね、そんな事を言うのは、古びた年寄りだ。平和と愛を笑う枯れたモノたちだけだ。平和で愛の溢れる世界。世界を変える事が出来るのは、若者だけだ。正しい知識を学び。正義の心を持った君のような若者だけだ。いいね?」


「任せてください。僕は必ず変えて見せます。この世界を、以前のような争いのない平和で愛の溢れた世界に」


 男性の言葉にうなづいて答えたシシトの言葉に、しかし男性は首を横に振った。


「以前の世界にも争いはあった。兵器や武器が、この日本にもあったんだ。だから、変えるなら以前の世界よりも、愛と平和に溢れた世界にしないと」


 男性の言葉に、シシトは気まずそうに笑う。


「そうでした。以前の世界よりも、愛と平和に溢れた世界にします」


「よろしい」


 そう満足げに頷いて、男性は部屋から出ていった。




「……ふぅ、疲れた」


 男性が部屋から出ていった瞬間。

 シシトは力が抜けたようにイスに座る。


「お疲れさま」


 そんなシシトに、部屋の片隅にいたロナがお茶を差し出した。


「頑張ったねー」

「……偉い」


 椅子に座ったシシトの両脇に、それぞれユイとコトリが抱きつく。


「……ありがとう。やっぱり政治家ってスゴいね。目の前にいるだけで迫力というか人の力を感じるよ」


 先ほど出ていった男性を思い浮かべながら、シシトは部屋のドアを見る。


「蓮さんは野党系ではこの辺りの幹部だった人だから……」


 ロナはそっと息を吐いて、自分の紅茶を口に運ぶ。


「やっぱり、まだ苦手?」


 シシトは苦笑いしながらロナの様子を伺った。


「困惑しているだけよ。以前は……こんなことになる前は、蓮さんはこの町で兵器を作らせるな、って抗議活動していた人たちのリーダー的な存在だった人なんだから」


 ロナはその時の光景を思い出す。

 ロナの家は、世界的な武器会社を経営している。

 なので平和を活動する人たちがよく町に来てデモや何らかの活動をしていた。

 その中心にいたのが、先ほどの男性、蓮なのだ。


「でも、今は僕たちの味方だよ?」


「味方……そうね」


 ロナは、はぁっと息を吐き、部屋にかけられている時計を見る。


「そろそろ時間じゃないかしら」


 ロナに言われて、シシトも時計を確認する。

 確かに時間だ。


「……そうだね」


 シシトは立ち上がる。


「気をつけて。常春さん、何も反省していないから」


 名残惜しそうにシシトから手を離しながらコトリが言う。

 そんなコトリに、シシトはフッと笑う。


「コトリ……常春さんは呪われているんだ。だから、反省するって言葉は良くないと思う。常春さん一人じゃ、どうにもならない状態なんだから。だから、常春がするべきことは……僕たちと一緒に総括する事なんだと思う」


「総括?」


「うん。皆で意見をまとめて、それぞれの反省点を皆で反省することなんだって。蓮さんが教えてくれたんだ。だから、総括だ。僕たちが常春さんの呪いを解いて、それから一緒に常春さんが今までしてきた事を反省させてあげる」


「……シシト、優しいね」


 シシトは何も言わずに、くしゃりとコトリの髪を撫でた。


「呪いって言えば、あのお世話係をしていた女の人はどうなったの? あの人が邪魔したせいで常春ちゃんを見守ってくれていた人が減ったんだけど」


 ユイが不満げに唇をとがらせる。

 一晩とは言えトウカがタオルでセイの部屋を覆ったために、セイの部屋を見ることが出来なくなった。そのため、順調に増えていたセイを見守る人が少しだが減ってしまったのである。


「半蔵さんが自分たちでどうにかするって。本当は僕が治してあげたかったけど……」


 悔しそうにシシトは顔を歪ませた。


「それってさ。半蔵さんも呪われているよね? キョウタを殺した常春ちゃんの監視を止めろって普通におかしいし」


 ユイの唇がさらにとがる。


「そうだろうね。でも、半蔵さんの呪いは僕じゃ解けないし……お医者に半蔵さんを治してもらうようにお願いしたんだけど」


「……あの人は忙しいから難しいでしょうね」


 ロナが複雑そうな表情を浮かべて、拳を握る。


「はぁ、本当に、呪いって面倒くさいね。会ってもいない半蔵さんにも感染するなんて……私は大丈夫かな?」


 そんな事を言って、ユイはシシトを見上げる。

 言葉の内容とは裏腹に、その目は期待に満ちて笑っていた。

 シシトは、呆れたように息を吐く。


「そう言って、昨日もしただろ? 大丈夫だよ。ユイはちゃんと愛に満ちているから……」


「昨日は大丈夫でも今日は分からないじゃん。ほら、んー」


 ユイは目を閉じて、軽く唇をとがらせた。

 シシトは少しだけユイを見つめ、唇をつけた。


「……ん、えへへ。ありがとう」


 キスを終えて、ユイはにこりと笑う。


「……ったく」


 少しだけ顔を赤らめてシシトがユイを笑いながら睨んでいると、チョイチョイと、コトリがシシトの袖を引いていた。


「……ん」


 シシトがコトリの方を向くと、コトリも目をつむって唇をとがらせていた。まるで、それこそ親鳥からの餌を待つ子鳥のように。

 その要望に、シシトは答えた。

 両手を優しくコトリの頬に添えてのキス。


「ありがとう」


 キスを終えたコトリも、ユイと同じように微笑みながらシシトにお礼を言った。


「……そろそろ行った方が良いんじゃない?」


 そんな彼らのやりとりを呆れたように見ながらロナがもう一度シシトに行くように促す


「……そうだね。そろそろ行かないと。じゃあ、取り戻してくるよ。大切な友達を。それに、大切なあの日を」


 そう言って、シシトはロナにも口づけをした。

 それに少しだけロナは驚いたようだが、すぐにシシトの唇を受け入れてしまう。

 若干、ユイやコトリよりも激しく長く唇を付けていた二人は、キスを終えても見つめ合っていた。


「いやぁ、いつ見ても素晴らしい愛だフィン」


 そんな二人に、茶化したような声が聞こえてくる。


「……セラフィン。いたのか」


 声の主である白いハムスターに翼が生えたような生き物。

 セラフィンをシシトは恨めしそうにじっと見る。


「いるフィン。愛のある所セラフィンあり。初めてあった時も言ったフィン?」


 言われて、シシトは思い出す。

 忘れる訳がない。

 セラフィンと会った時。

 あれは、シシトが地獄を味わい、それから立ち直った日だからだ。







 シシトには、凶悪な殺人鬼に呪われてしまった同級生がいた。

 彼女の名前は常春 清。

 とても強くて、とても正しい少女。

 そんなセイは、シシトの親友である土屋キョウタを殺した。

 親友の首を切り落とすセイの姿。

 両足を失いながらも迫ってきた、凶悪な美少女の顔。


 怖かった。とてつもなく。


 親友を失ってしまった事実と、殺人鬼に対する恐怖に、シシトはパニックを起こしてしまった。

 そんなシシトを助けてくれたのが、三人の少女だった。


 偽物の恋人であるロナ。

 キョウタと同じ、幼なじみであるユイ。

 自分を慕ってくれる同級生のコトリ。


 聖槍町にヘリで避難したあと、彼女達はロナの自室で、シシトを慰めてくれた。


 言葉で、口で、仕草で、体で。


 彼女たちの胸にある愛で、シシトはパニック状態を克服することが出来た。


 その後、再び学校に戻り、生き残っていた半蔵達を救出してロナの部屋に戻ったら、部屋の中心にハムスターが浮かんでいた。

 当然のように、その部屋の主のようにロナの部屋に浮かんでいた白い羽根付きハムスターは、シシト達に言った。


「セラフィンは、セラフィンというフィン。君たちから愛を感じて現れたフィン。愛のある所セラフィンあり。セラフィンは君たちにこの邪悪な気に支配されかけている世界を平和にしてほしいとお願いに来たのだフィン」


 そうセラフィンが言うと、セラフィンの羽がキラキラと輝き、シシト達四人の前に黄金に輝く杯が現れ、その中には黄金に輝く液体が満たされていた。


「それを飲むと力を得ることが出来るフィン。邪悪を打ち倒す力。平和を取り戻す力。愛の力。つまり、正義の力。それは、勇者の力。昔のような幸せを、取り戻したくはないかフィン?」


 シシトは、そのセラフィンの言葉に。液体から迸る神々しいまでの光に、何も言わずに液体を飲み干した。

 ロナやユイ、コトリも同じだ。

 飲み干した瞬間。

 シシトの脳内に祝福の音が鳴った。

 体が軽くなり、とてつもない全能感がシシトを満たしていく。

 気づいたら、シシトの目の前にキラキラと輝く板が浮いていた。


「iGOD……それは力を得た者が手にする板だフィン。特にその黄金の色は真の愛を持つ勇者だけが手にすることが出来る板だフィン」


 ロナやユイ、コトリの前にも板が浮かんでいたが……ロナの板はバラのような赤。ユイが空のような青。コトリが夜のような黒だった。


 黄金の色は、シシトだけ。


「駕篭獅子斗くん。君は真の勇者だフィン。その力で、この世界を元の愛の溢れる平和な世界にするのだフィン!」


 これが、シシトとセラフィンの出会いだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る