第251話 シシトが愛する(シシト視点)
「今。シシトはあの子を愛することが出来るようになっているフィン。そうなればすぐに呪いを解けるはずだフィン」
「……ありがとう、セラフィン。じゃあ、行ってくるよ」
セラフィンを待機させて、シシトはセイのいる部屋の扉に手を掛ける。
「……あ、忘れていた。起動させておかないと」
シシトはポケットに入れていたセイの手足と頭に着けている輪を作動させ、その後思い出したかのようにセイに輪の機動を知らせるランプを付ける。
「……順番が逆だったけど……ま、いっか」
大切なのは、呪いを解く事。
つまり、愛だ。
シシトがセイの事を。
セイがシシトの事を愛しているという事だけなのだ。
シシトはセイの部屋の扉を開ける。
愛するセイの元へ。
開けた瞬間。大量の水蒸気がシシトを覆う。
「うわっ!? なんだこれ」
シシトはとっさに口を押さえたが、別に異臭は感じない。
むしろ、脳をくすぐるような甘ささえ感じてしまう。
シシトはしばらくドアを開けたまま様子を見守っていると、すぐに霧のような水蒸気が晴れていく。
シシトは少し警戒しながら部屋の中に入ると、部屋の奥の壁に、いつも通りセイが張り付けられていた。
そのセイの姿を見て、シシトはごくりと息を飲む。
セイはいつも着ているピンク色の衣を着ていなかった。
身につけているのは、胸に巻いているさらしと、パンツだけ。
そんなセイが、全身をまるで滝にでも打たれたかのように濡らしているのだ。
その液体がセイの体から出ているのだと気が付いて、部屋の中を満たしていた水蒸気の正体を、シシトは知る。
汗だ。
セイの汗だ。
そういえば、暇なときに少しだけ覗いた監視カメラ映像が、真っ白に曇っていた時があった。
セイの事を見守ってくれている人たちが、セイの汗で曇っているとチャットしていた。
そういえば、一昨日来たときも少しだけ曇っていた気がする。
今、自分の周りにあるのがセイの汗だと理解した瞬間。
シシトの心臓が大きく跳ねた。
「……ふぅー」
大きく、シシトは息を吐き、吸う。
どこか酸っぱく……微かに甘い香りが、シシトの肺を満たしていく。
(……痩せた? 常春さん)
肺を満たしながらシシトはセイの体を見ていたのだが、セイの体が細くなっている事に気が付いた。
そして、近づくに連れて、セイは痩せたのではなく、鍛えられたのだとシシトは思い直した。
元々、十分すぎるほどにクビレていたウエストはさらにキュッと締まっていて、うっすらと腹筋が見える。
他の部位も筋肉の筋が走っていて、一回りほど細くなっている。
(……綺麗だ)
素直に、シシトは思った。
元々、ここに来た時点で無駄な贅肉などほとんど無かったセイの体だが、今のセイはさらに無駄が無くなっている。
美術の教室に置いてあった裸婦の彫刻。
人が本能的に知っている、人間の肉体の美しさ。
それにセイは近づいているのだ。
そのことに、シシトは感動を覚える。
(……これが、愛の力。これが本当の常春さんなんだ)
シシトの愛によって、セイはここまで美しくなったのだと、呪いが解けて、セイは元の姿に近づいているのだと、シシトは胸の高鳴りが抑えきれなくなった。
セイの目の前まで近づくと、シシトはまずセイの胸に注視する。
セイの心を見るために。
それは、とても美しかった。
セイの体からは無駄が省かれたというのに、その心は……胸だけは、大きさを変えずに、さらしに巻かれてもなお、存在感を表している。
むしろ大きくなったようにさえ思える。
これも愛の力なのだろう。
シシトは、惹かれるようにセイの胸に……心に手を伸ばした。
グニッとシシトの手の中で、セイの美しい大きな心が形を変える。
「常春さん……僕は君の事が好きだ」
心を見つめながら、心からの言葉が、自然と口から出ていた。
「常春さん。君を一生幸せにする。君を守る。常春さん……好きだ、好きだ、好きだ、好きだ」
シシトは、言葉を口にしながら、ぐにぐにとセイの心を、触り、握っていく。
さらしが邪魔だった。
これだとセイの心に直接触れない。
シシトはセイの心に巻いてあるサラシを引きちぎった。
ぷるんと揺れるセイの心を見て、シシトは確信を深める。
(僕は、間違いなく、常春さんの事が好きだ)
大きくて柔らかいロナとも違う。
小さいけど、形の良いユイとも違う。
小さすぎてよく分からないけど触ると気持ちのいいコトリとも違う。
大きくて形も良くて触ると気持ちのいいセイの心。
「……常春さん。愛している」
シシトは夢中でその形を変え続けた。
十五分……三十分は触っていただろうか。
シシトはセイの心から手を離す。
愛を、しっかりと感じる事が出来た。
シシトはそのまま、自然に、当たり前のようにセイの顔に自分の顔を近づける。
キス。愛する者同士が、お互いの愛を愛で満たす行為。
呪いをはねのけ、シシトの愛でセイを救う行為。
ロナやユイやコトリも、このキスで呪いをはねのけ、愛の力で守られている。
あと一センチ。
セイの唇がシシトの唇に触れるというとき。
シシトはセイと目があった。
ぞっとした。
シシトの心が急速にしぼむ。
愛が消えていく。
セイの目から発せられる冷たさに、殺気に、まだセイには呪いが残っているのだと、シシトははっきりと思い知らされた。
「……また来るね」
愛の代わりに悔しさがシシトを満たしていく。
そのままシシトは部屋を出て、扉を閉める。
セイの拘束も解除した
「……今日もダメだったフィン?」
「……うん。ダメだった」
外で待っていたセラフィンに答えたシシトの笑顔には、力がこもっていなかった。
「……どうやったら常春さんを救えるんだろう」
「……大丈夫だフィン。このまま愛を与えてあげれば、いつかきっとあの子の呪いは解けるフィン」
「……でも」
何か方法がないか。
お医者さんに頼む方法はある。けど、それもまだ完璧ではないし、セイも頼んでしまっては迷惑をかけてしまう。
「……セラフィン。常春さんに掛けられている呪いは、心にかかっているんだよね」
「そうだフィン。だから心を直接触るのも呪いを解くのに効果的なんだフィン」
「……じゃあ、もっと別の方法で常春さんの心を動かせば……!」
セイの呪いが解けるかもしれない。
シシトは光明を見つけた。
「……早くロナの所に戻ろう」
ロナの部屋に戻ったシシトは、まずはセイの呪いが解けなかった事で出来た心の傷を、部屋にいたロナとユイとコトリに癒してもらった。
その後、ベッドの中で三人にセイの呪いを解くための相談をした。
三人とも様々な反応を示したが、結局の所シシトの案は採用された。
セイの心を動かす案。
セイの呪いを解くための案。
その案が実行されるのは、明後日の話である。
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