第247話 セイが相談する

「……どうしたの?」


 それからしばらく経って、食事を運んできてくれる女性が目の前にいた。

 どうやら、もう夕食の時間のようだ。


 本当に、ただ純粋にセイの事を心配している女性の表情にセイは溢れ出る涙を抑えられなかった。

 ユイから聞いた話を洗いざらいセイはその女性にぶちまける。


「……そんな事があったの、監視カメラが見あたらないのは不思議だったけど」


 泣いているセイの頭を女性はやさしく撫でてくれた。


「……いくら何でも許せないわね」


 剣呑な声を出して、女性が小さくつぶやく。


「あの……」


「……私ね。あなたと同じ年……同じくらいの年の娘がいるの。だから、絶対に許せない」


 女性は、ぐっと強くセイの肩を握る。


「……常春清ちゃん」


「……はい?」


 急に、女性はセイの事をフルネームで呼んだ。

 なぜセイの名前を知っているのだろう。

 ……食事を運ぶ仕事をしているのだ。名前くらいどこかで聞いたのだろうか。

 女性は、励ますような力強い目で、セイを見つめている。


「監視カメラの事は、私が何とかする。だから泣かないで。自分を強く持って」


「……何とかって」


「この部屋の管理者よりも上の、この町の防衛の責任者と話してみる。言ってダメなら……」


 ニヤリと女性は笑う。


「暴力ですか? でも、そんな事をしたら……」


「ん? 暴力なんかよりも強い力が世の中にはあるの。まぁ、でも私から報告したら止めさせることは出来ると思うから、任せておいて」


 女性はニコリと笑った。どこか頼もしい。その顔を見るだけで、セイはほっとするような気持ちになった。


「……とりあえず、今日は食器を下げるときにタオルを多めに持ってくるからそれでトイレの便器を覆うなりしてみて。ついでに下に何か着せられないか聞いてくるよ……前に言ったら防犯上の都合でダメだって断られてね。あの宮間とかいう変態ロリコン。多分自分がカメラで覗き見るためだろうね。防衛の責任者の人はマトモだから許可が出るだろうけど……」


「……そのマトモな責任者って、もしかして半蔵さんですか?」


「……そうだね。門街半蔵さん。知り合い?」


 セイは少し悩んで首を横に振った。

 半蔵が味方かどうか。今の状況では判断しかねる。

 下手に半蔵とセイの仲を強調した結果、今よりも悲惨な事になったら大変だ。

 もう、セイはこの町にいる人全員を信用出来なくなっていた。

 目の前にいる女性も、優しいが本当に信用できるか分からない。


 彼女が持ってきたデトックスウォーター。

 疑えばあれはセイにおしっこと沢山させるためとも思えなくもないのだ。


 警戒されていることを悟ったのだろう。女性は少し悲しそうな顔をして言った。


「……大丈夫。絶対に監視カメラを止めさせるから」


 女性はそう言って去っていた。





 一時間ほど経過して、女性が戻ってきた。

 手には大量のタオルと、丸い板。それにセイが着ている衣とは違う色のズボンを持っていた。


「半蔵さんには伝えた。すぐに止めさせるように言うって。で、それでも気味が悪いだろうからこの丸い板をトイレの便座の中に敷いておけって。槍の能力じゃ新しく置かれた物体を通過して見ることはできないそうだから。それと、その衣の下に穿くパンツを持ってきたよ……あのロリコンに言ったら断られたから、私の私物だけどね」


 苦々しそうに言いながら女性は持ってきたモノをセイがいるベッドの上に置く。

 ズボンは一番取りやすいように上に置いて。


「……ありがとうございます」


 セイは唖然としながら言った。

 本当に女性がしてくれると思わなかったのだ。


「……あと、半蔵さんからの伝言『ここまでヒドい状況になっているとは思わなかった。すまない』だそうよ」


 半蔵の返事にもセイは困惑した。

 いまいち、半蔵の言葉を全部信用していいのか分からない。

 責任者なら、セイの事をもう少し気にかけても良かったのではないだろうか。

 そんな事を考えている間に、女性はテキパキとセイの部屋をタオルで覆っていく。


「あ、あの」


「……これくらいはさせて。お願いだから」


 壁をタオルで覆い、丸い板をトイレに敷いて、女性はよしと息を吐く。


「……とりあえず、確認したカメラの場所は全部覆えたと思う。でも、まだ隠している場所があるかもしれないから、そのズボンを穿く時はベッドの上でね」


「……はい」


 セイはうなづく。


「じゃあ、また明日。半蔵さんが呼び出したから、今日はあの男の子は来ないと思うよ」


「……あの」


 セイは、去ろうとしている女性を少し悩んで呼び止める。


「本当にありがとうございます。それで、あなたのお名前を教えてもらってもいいですか?」


 女性は一度目を見開いた後、まるで自分の娘を見るように微笑んだ。


「火洞 十香(ひどう とおか)だよ。常春清ちゃん。おやすみなさい」


 トオカが去ってから。

 セイはタオルの覆われた部屋を見る。

 確かに、ユイが得意げに見せていた場所だと思われるカメラの位置は全て隠せている。


(……でもなぁ)


 あのタオルの先に一万人以上の視線があると思うと着替えづらい。

 セイはトオカが持ってきたズボンを手に取ると、布団の中で着替えた。

 サイズはすこし小さいが、トオカのサイズを考えると出来るだけ大きくて、寝心地のモノを持ってきてくれたのだろう。

 体からはちょっとだけ汗の臭いがしたが、そのまま寝る。

 トオカの私物を着ているので少し申し訳ない気持ちなったが、今日はもう動ける気がしなかった。


 トオカの言ったとおり、今日はシシトが来なかった。

 セイにとって、それが何よりも嬉しかった。

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