第246話 友達が監視している

 そんなセイの様子を気にもしないでユイは話を続けていく。


「昨日、常春ちゃん。シシトに『好きだ』って言われたんでしょ? 返事を返されなかったってシシト落ち込んでいたんですけど。キスも抵抗しているみたいだし」


 ユイは、なぜかセイを睨みつけてきた。

 確かに、昨日シシトはセイの事を好きだと言いながら胸を好き放題に揉んでいったが……なんだろうか。嫌な予感というより、頭の悪い予感がする。


「……よくわからないんだけど、そもそもハーレムって何?」


「え? 私やロナちゃん、コトリちゃんを筆頭にしたシシトの事が大好きな女の子たちの集まりの事だよ?」


 当たり前のように、ユイは答える。

 どうやら、本当に頭の悪い話のようだ。


「……へー」


「私が奥さんで、ロナさんが恋人。コトリちゃんが血のつながっていない妹なんだ」


 えへへと照れと自慢が混じった表情をユイは浮かべている。

 どう見てもマヌケにしか見えない。


「ふーん」


「マドカちゃんもシシトは入れたがっているけど……何になるんだろうね? 愛人? ガールフレンド? まぁ、いいや。で、常春さんはいつ入るの? 早く入らないと、良いポジションは埋まっちゃうよ?」


 ……なんで入る前提なのだろうか。

 そんな頭の悪そうな集団に。


「残っているのは……そうだね、血のつながっていないお姉ちゃんとか、メイドさんとか、秘書とか奴隷とか……常春ちゃんならボディーガードとかもあるね。私はシシトに常春ちゃんは奴隷がいいんじゃない?って推薦したけど……」


 おぞましい提案を、ユイは目をキラキラと輝かせながら言ってくる。

 シシトやロナにも感じたが、そんなおぞましい事を当たり前のように言ってくる者を同じ生き物だとは思えない。


「……ねぇ、なんで私がシシトのハーレムなんかに入るなんて思えるの?」


 セイは、我慢できずに聞いてみた。

 怒鳴らずに言えた自分をほめたいくらいに淡々と言えたと思う。

 しかし、そんなセイの返しに、ユイは首をかしげる。


「え? だってシシトが誘っているんだよ? 断る方がおかしいじゃん。あ、もしかして!」


 ユイは何かに気が付いたかのように手を叩く。


「常春ちゃん、キョウタを殺した事を気にしているの? 大丈夫だよ。シシトも気にしていたけど、なんとか乗り越えたから。私とロナちゃんとコトリちゃんが頑張ったんだよ? 感謝してよね。でも、それでも優しいよね、シシト。キョウタを殺したセイちゃんを許してあげるなんて! 許してあげて、それにハーレムにも入れてくれるなんて! あ、もしかして、惚れ直した?」


 ユイは、話の途中で目を閉じたセイをシシシと笑う。


 セイが目を閉じたのはもちろん惚れ直したとかではない。

 気持ち悪かったからだ。

 話の途中までは怒りが溜まっていたのだが、それが消えるくらいに、ユイの話は、ハーレムの話は気持ちが悪かった。


(……もしこれを本気で言っているのなら、違う。無理だ。この違いは、分からない。分かりたくない)


『神体の呼吸法』で心を鍛えているのは、ある程度の戯れ言は聞き流して仲間になったフリし、ここから脱出するためだったが……それさえも無理だ。この集団とは、同じ空気さえ吸いたくない。


「……話はそれだけ? じゃあ、もう帰ってくれない?」


 これ以上、ユイの話を聞きたくない。

 セイはユイに退室するように言う。


「えーダメだよ。今日はシシトのためにお返事を聞いてこようと思ったんだから」


「ハーレムに入るかどうかなら、答えは入らない。私がそんな気持ちの悪い集団に入るわけないでしょ? 早く出ていって!」


 少し声を荒げてセイは言った。

 本当に、一秒でも早く出ていって欲しい。


「えーなんで? なんで入らないの?」


 ユイが脳天気な声で聞いてくる。


「……私の大好きな先輩を殺して! 私も殺して! 閉じこめて! 拘束して! 動けないようにして! 胸を揉んだり キスをしたり! トイレの最中に入ってきたり! なんでそんな奴のハーレムに入らないといけないのよ!」


 もう、セイは怒鳴っていた。この別の生き物にも、言葉は通じなくても、せめて感情だけは通じるように。

 だが、ユイにはいっさい通じなかったようだ。


「うーん、よく分からないけど……セイちゃんやあの色んな人に酷い事をして、沢山の人を殺した殺人鬼が殺されたのは、悪い事をしたんだから当たり前だよね? シシトにおっぱいを揉まれたりキスをされるのは嬉しいことだし、それに拘束されるのもドキドキするし……」


 (何言っているんだ? こいつ? 気持ち悪い)


 このユイの答えは、想定していたモノであったが、実際に聞くとおぞましいし、シシトたちを別の生き物だと確信するくらいに呆れ果て、気持ち悪いと思った。



「それに……トイレも今更でしょ?」



 だが、今から言うユイの言葉に、セイは今まで以上にぞっとした。


 異常さが、けた違いだったからだ。


「常春ちゃんがおトイレしているのなんて、シシト以外にも沢山の人が見ているのに。そんな事で怒るなんてオカシくない?」


「……………………………………はぁ?」


 本当に、セイはユイが何を言っているのか分からなかった。


「……あれ? 知らなかった? 私の『|颶風の精霊槍(シルフィード)』はね、ロナちゃんが作ってくれた武器なんだけどさ。風を起こす機能のほかに、触ったものをカメラにする機能があってね。前の武器だったら生き物だけだったんだけと、今は物質もカメラに出来るんだよ。ほら、見て」


 そう言って、ユイは自慢げに自分のiGODをセイに見せる。

 そのiGODには、角度的にドアからこちらを見ているような感じでセイとユイの姿が写し出されていた。

 ユイは指をさっと動かして、画面を変えた。すると別の角度からの映像が映し出された。

 ベッドを真上から見るような映像だ。

 動いていて……その映像がリアルタイムのモノだと嫌でも分かる。


「で、ほら。さっきも常春ちゃん、大好きな先輩を殺されたとか言っていたじゃん? あんな凶悪最低な殺人鬼を大好きとか言って、頭おかしいじゃん? 常春ちゃんまだ呪い解けていないじゃん? そんな子を監視カメラ抜きで部屋においておけないじゃん。何するかも分からないのに。かといって監視カメラをそのまま置いていたら壊されるかもしれないし、だから私の能力で見張っていたんだよ」


ユイはへへんと胸を張っていた。


「でもさ。私も二十四時間常春ちゃんを見ておくわけにはいかないんだよね。シシトのお世話もあるし。だから別の人にお任せしたんだよ。ここの責任者の宮間っていうお兄さんは忙しそうだったから、そこら辺を歩いている暇そうなおっさんに」


セイを盗撮している話を。


「そしたら、なんか別の人も監視したいって言ってね。いちいち設定と登録するのもめんどくさいぐらい来てさ。百人ぐらいかな? 簡単に皆が見られるようにiGODの掲示板に部屋を立てて、新しく出来たSNSみたいな機能で拡散して、この部屋の映像が見られるようにしたんだよ。あ、ちゃんと宮間さんも協力してくれているみたいだよ?」


 セイを盗撮している映像を、拡散している話を。


「凄いよね。常春ちゃんも感謝しなよ? 常春ちゃんが呪いで変な事をしないように、今も一万人以上の人が常春ちゃんの事を見ているんだから」


 ユイは、終始、誇らしげに語っていた。


 ユイのiGODの画像は、あるところで止まっている。


 トイレの映像。


 トイレの中から、外に向かって見上げているかのような、そんな角度からの映像。

 そこから映せる映像は……


「アァアアァアアアアアアアアアア!」


 セイは、ユイのiGODに向かって手を伸ばそうとした。

 しかし、それは届かない。

 体を動かせない。

 ユイのiGODの画像が切り替わった。


 セイの姿だ。


 セイが暴れる事で、さらしを巻かれたセイの胸が揺れているのが鮮明に見えた。

 また角度が変わる。

 今度は下から。

 暴れているセイの真っ白なパンツが見えた。


「……消せ! それを消せぇええええ!」


「……また暴れちゃった。呪いが解けないね。皆見ているのに感謝もしていないし、ヒドい呪いだ」


 ユイは残念そうに眉を下げる。


「じゃあ、お大事に。元気になったらいっしょにみかんを食べようね」


 そう言いながら、ユイは笑顔で去っていった。

 ユイが去ってしばらくして、セイの拘束が解かれる。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 セイは、すぐにベッドにかけられていた掛け布団を手に取り、体に巻き付ける。


(……見られていた……見られている! 今も、ずっと!)


 恥ずかしさよりも、恐怖が先に来て、セイは歯を鳴らし続けていた。

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