第245話 友達が来る

 午前十時。

 セイは起きて朝食を終えていた。

 薄いスープに堅くてマズいパン。

 嫌がらせのような食事が続いている。

 いつもの女性が食事を運んでくれたが、彼女はちゃんと電球をつけると一分待ってから輪を作動させてくれるので何も問題ない。安心だ。



(……いや、拘束されているのには違いないんだけどね)


 ただ、間違いなく某幸せにするやら守るやら言っている男よりも彼女の方がセイに対して真摯に対応してくれている。


『そういえば、今日は午後にお友達がいらっしゃるそうですよ?』


 と女性は教えてくれた。


(……友達。誰だろう?)


 シシト関係に友達などいない。


(……マドカさん? そういえば彼女はどうなったんだろう? 何も聞かれないし何も言われないけど

 シンジの事が最優先で意識からマドカがいなくなっていたことをセイは思い出す。


(……マドカさんは、どっちだろう。シシトの味方か、先輩の味方か)


 あんなモノを見せられて、シシトの味方をしているなんて思えないが……恋は盲目なんて言葉もあるくらいだ。

 シシトの味方をしていることは十分考えられる。


(まぁ、会った時に話せばいいか……どっちでもいいし)


『神体の呼吸法』による脱出の目処が付いてきた。

 どっちに転んでもシンジを助けにいく方針は変わらないと思い、女性が朝食のトレーを回収した後、昨日と同じように訓練を再開した。



 それから、午後になり女性が持ってきてくれた果物がたっぷり入ったデトックスウォーター(二リットル)をいただいてしばらく呼吸法を練習していると、また突然体が浮いた。


(……だから、見えないって!)


 壁に叩きつけられるように張り付けられ、セイは恨めしくドアとその近くの電球を見る。

 セイの友人が来ると言っていたが、誰だろうか。セイが待ちかまえていると、ドアが勢いよく開く。


「ヤッホー。常春ちゃん! 元気ー!?」


 入ってきたのは短髪の美少女。


「……岡野さん?」


 岡野ユイだ。白い制服姿ではなく、トレーナーにジーンズ姿だ。


 セイは首をかしげつつ……実際には頭も拘束されているので動かせないが、セイはユイを見る。


 ユイは、敵だ。絶対に友人ではない。

 向こうも確かにそう思っているはずである。

 学校では一度殺されかけたのだ。

 なのに友人?

 なぜわざわざやってきた?

 そんなセイの疑問を知ってか知らずか、ユイは馴れ馴れしそうにセイに話しかけてくる。


「いやぁ、倒れたらしばらく起きないし、起きたら起きたでご飯は食べないって聞いて心配していたんだよ? どう? 元気になった?」


「……ええ、まぁ」


 ユイは、ニコニコとした笑顔でセイに話しかけてくる。

 それは、一見本当に入院している友人に話しかけているようにしか見えない。


(……何がしたいの?)


 しかし、セイはユイの本性を知っている。

 ニコニコしながら牙を隠し、いざというとき噛みついてくるタイプだ。

 学校でふいうちされた事をセイは忘れていない。


「それで? 今日は何しに来たの?」


「え? お見舞いだよ? 早く良くなって欲しいからね。ほら、じゃじゃーん。これ見てよ。凄くない?」


 ユイがそう言って取り出したのは、みかんだ。

 ふつうのみかん。さっき飲んだジュースにもゴロゴロ入っていた。

 何が凄いかよくわからない。


「……ありがとう」


 わからないが、とりあえずお礼は言っておく。


「美味しそうだよね? 一緒に食べよう!」


 そう言ってユイはみかんをむき出した。


「えーっと。私、お腹空いてないからいいや」


 ユイが持ってきた食べ物など、恐ろしくて食べられない。

 正直、まだシシトが持ってきたモノの方が安心出来るくらいだ。

 といっても違いは素人が捌いたふぐを食べるか、毒を入れたフグを食べるか程度の違いしかないが。


 とにかく、今までの食べ物とは警戒度が全く違う。

 セイは拒否するとユイは大げさに目を見開く。


「ええ? いいの? それなら私食べちゃうよ? せっかくの生の果物なのに」


「……どうぞ」


 生の果物はお腹いっぱい食べたばかりだ。

 飲み終えて空っぽになった入れ物は洗面台の所に置いてある。


 まぁ、確かにこの部屋で食べられるモノで一番美味しいモノだが、せっかく、とまで言うほどではない。

 ユイはみかんをむき終わると、なぜかセイに見せびらかすように口に入れていく。


「そう言えば常春ちゃんさー」


「……何?」


 みかんを食べたいだけならさっさと帰ればいいのに。

 美味しそうにみかんを食べるユイには嫌悪感しかない。


「いつになったらシシトのハーレムに入るの?」


「……はい?」


 ユイの問いに、セイは一瞬何を言われているのかわからなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る