第241話 セイが噛みつく

「……何しに来たの?」


 入ってきたシシトをセイは睨みつける。

 出来るだけの怨念を込めて。


「今日は大人しいね。良かった。呪いが解けてきているんだ」


 しかし、シシトはセイが睨みつけていることなど気にしていないのか、気にも止めていないのか、にこりと安心したように笑顔を見せる。

 セイが昨日のように喚いていないのは、単に喚くだけの体力と気力が無いだけなのだが。

 シシトはなにやら肩に背負っていたモノを下ろす。

 銃だ。

 シンジを殺した時に使った、銃。


「ロナは、ちょっと来週にあるクリスマスパーティーの打ち合わせで来られないからさ。今日は僕だけなんだけど……」


 シシトは、その銃になにやら取り付けている。


「僕も忙しくてね。特に今日は本当だったらユイの日だからすぐに戻ることになるんだけど……」


 シシトがその銃をセイに向けた。


「……え?」


 セイは息を飲んだ。

 シンジを殺した銃が、セイに向いているのだ。


「ごめんね。常春さん」


(……え? うそ? なんで?)


 セイは、混乱した。

 つい先ほどまで、セイは自殺を考えていた。


 だが、今は違う。希望を見つけたのだ。もう死ぬ気はない。

 それに、シシトが自分を殺すことはないと考えていた。

 なにやら訳の分からない事を言っていたが、その呪いとやらを解くとシシトは言っていた。

 だから、それまでは殺さないだろうとタカをくくっていたのだが……


「ロナに言われてね。本当にごめん」


 シシトはそう、謝って、引き金を引いた。

 セイの額に、衝撃が走る。

 じんじんとした痛みが、熱として徐々に広がっていく。



 だが、セイは死んでいなかった。


「な、何をしたのよ?」


 セイは片目を閉じてシシトを睨んだ。

 死にはしなかったが、衝撃は凄かった。

 祖父からデコピンを喰らったようだ。

 ……祖父のデコピンの方が十倍は痛かったような気もするが、とにかく、かなりの衝撃だ。


 シシトは銃を下ろし、セイの質問に答える。


「額にも、輪を取り付けさせてもらったよ。常春さんが腕と足につけているやつ」


 それで、セイは理解した。

 昨日、セイがした頭突きの対策だろう。

 頭を押さえれば、本当にセイが出来ることはほとんど無くなる。

 セイの頭が引っ張られる。

 腕と足と同じように壁に引っ付いてとれなくなった。


「……女の子を襲うために、色々考えつくのね。手足を封じても、まだ怖いの?」


 セイは睨むというか、軽蔑した目でシシトを見た。

 どこまでも、本当に見下げた奴だ。


「襲うじゃなくて、治療だよ。解呪って言ったけ? 僕は常春さんを助けたいんだ」


 シシトが近づいてくる。


「助けるって、その呪いって奴から? 聞かなくても何となく想像が付くけど、その呪いって、何?」


「あの殺人鬼が仕掛けた呪いだよ。常春さんが人を殺してしまったり、殺人鬼の事を崇拝してしまったり……そんな洗脳みたいなモノに、常春さんは侵されている」


 予想通りというか、想像通りの答えにセイは溜め息しか出なかった。


「私は呪いなんてかけられていない。洗脳なんてされていない……なんて言っても信じないんでしょうね」


「……安心して、常春さん。絶対に常春さんの呪いは解くから」


 シシトは、伸ばした手をセイの衣の中に入れる。


「……絶対に幸せにしてあげるから」


 そう言って、シシトはセイの胸の形をぐにぐにと変えていく。


「これは治療なんだからね、常春さん」


 とシシトは真面目そうな顔を赤くしながら言っているが……股間を大きくしながら言っているのでは意味がない。

 息も荒くて、気持ち悪い。

 それからしばらくの間シシトはセイの胸をもみ続けた。


 そして、思い出したようにシシトはセイの唇に迫り……


「……っ!?」


 シシトはセイから離れた。その口からは、血が流れている。


「頭は動かなくても、噛みつくことは出来るのよ」


 セイはプッと唾を吐く。

 シシトの肉体に触れたのだ。

 そんな唾液は吐き出したいに決まっている。


「……常春さん。何でこんな事を……」


 シシトは苦々しそうに顔をゆがめながら、出血している口を押さえている。


「殺したいほど嫌いな人間から無理矢理キスされようとしたらそれくらい当然じゃない?」


 その言葉を聞いてシシトはさらに顔をゆがめた。悔しそうに。


「それで、どうするの? 今度は口を塞ぐ? どうやるのかは知らないけど」


「……今日はもう帰るよ」


 そう言って、シシトは去っていた。

 昨日と同じように着替えやタオルが放り込まれて、セイの拘束が解かれる。


 セイはシシトが立ち去ったあと、昨日と同じように水で全身と口内を清めて衣を着替えた。

 シシトの行いは反吐が出そうになるし、殺意は一切消えていないが、昨日のように泣かなかった。


 希望に気がついたからだ。


 自殺を考えていた時。

 自殺をしても、死鬼になる。死鬼になってもいつかはシシトたちに生き返らされるのではないか、とセイは思った。


 そこで気づいた。


 死鬼は生き返らせることが出来る。

 ユリナが死んでしまったのなら。

 セイがシンジを生き返らせればいいのではないか。

 と、そう思ったのだ。

 気がついたのだ。


 もちろん。

 それは当たり前の話だが、現実的な話ではない。


 まず、セイはこの場所から出なくてはならないし、その後シンジたちの死鬼を探さないといけない。

 シシトたちの言葉を信用するなら、シンジが死んでからもう五日だ。

 ここからさらにここを出て行く事を考えると、あまり動きが早くない死鬼と言ってもかなり移動してしまっているだろう。

 その間に、別の魔物などに食べられる危険性もある。

 いくらシンジの死鬼といっても武器などが使用出来なければ魔物に苦戦するはずだ。

 でも、それでもシンジが生き返る可能性がある。


 ここで絶望するより、セイはその可能性にかける事にした。


(……そのためには、まずここから出ないと)


 怒りと希望を胸に抱いて、セイは眠りについた。

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