第240話 セイが気付く


 ……セイが起きて二日目の朝。

 シンジが殺されてから五日目の朝。


 セイは目を覚ました。


「……」


 うっすらと、セイは目を開ける。

 昨日はそのまま泣き続け、気が付いたらベッドに入って寝ていたようだ。

 だが、起きあがる気力がなかった。

 ダルい。体も、心も。

 何もする気にならない。


 カチンと、セイの両手と両足がくっついた。

 輪と輪をくっつける事も出来るようだ。


(ああ、あとベッドも、か)


 くっついた腕輪がベッドからも離れなかった。


 どういう理屈でこれが作動しているのかは正直セイにはよく分からなかったが、だが、どうでも良いとも思った。


 セイの両手足とベッドがくっついてしばらくすると、ゆっくりとドアが開いた。

 知らない人だ。

 女の人。

 少々痩せすぎな気もするが、綺麗で、可愛らしい人だ。二十代だろうか。

 落ち着いた雰囲気がする。

 その人はセイを見て少しだけ笑みを浮かべたあと、セイが脱いでいた衣や下着と使用したタオルを回収し、床にトレーと包帯のような布を丸めてモノを置いて去っていた。

 どうやら食事のようだ。

 その人が去ってしばらくすると、セイの手足の拘束は解けた。


 セイはのっそりと起き上がり、置かれていたトレーの中身を見る。


「……はっ」


 セイは、鼻で笑った。


 セイの今日の食事は、握り拳の大きさもない小さなパン一つと気持ち程度に野菜のかけらが入っているスープだけのようだ。スープには色もほとんどない。水のようだ。

 質素。見ただけでマズいと分かる。

 これが守るとか助けるとか言っていた男が提供してきた食事か。

 そう思うと乾いた笑いしか出てこない。

 まるで囚人が食べる食事のようだ。

 いや、おそらくそれよりもヒドいだろう。

 それとも、昨日と同じで、徐々にちゃんとした食事にしていくのだろうか。

 そうなると、これは病人が食べる食事か。

 つまり、シシトはセイのことを囚人か、病人としか見ていないということだ。

 それは、きっと間違いないだろう。

 彼は殺人鬼だとセイを罵り、呪われていると哀れんだのだ。


 セイはそのままベッドに寝ころぶ。

 食事など取るつもりはない。

 生きる意味など、ないのだから。

 生きる意味が無くなったのだから。

 シンジがいない世界に、セイがいる意味はない。


 それからしばらく、セイはぼーっとしていた。

 何も考える気が起きなかったのだ。


 そして、またセイにつけられている輪が作動した。

 手足がくっつき、ベッドに張り付く。

 同じ女の人がトレーを回収しに来たようだ。

 その人はトレーの中を見て、困ったように笑みを浮かべた後トレーだけを持って退出した。


 拘束が解放されても、セイはそのまま寝たままだった。


 このまま、消えて無くなればいいのに。


 この世界。シンジがいない世界。


 そう思いながら、セイは目を閉じた。

 目を開けると、残念ながら世界は消えてなかった。


(……自殺)


 そんな言葉が頭の中によぎる。

 だが、自殺をする行動さえ今のセイにはおっくうだった。

 目の前を電車などが走っていれば簡単に飛び込んでこの人生を終わらせることが出来るだろうが、この部屋には何もない。

 危険なモノは全て排除されている。


(そういえば、布があったような)


 セイは、女性がトレーと一緒に布を丸めたモノを置いていったことを思い出した。

 おそらく、ブラジャーの代わりにさらしとして使用するように置いていったのだと思われる。

 状況が状況だ。セイのサイズに合うブラジャーが見つからなくて当然かもしれない。


(囚人で病人にはブラジャーなんてもったいないって思ったのかもしれないし)


 どちらでも良かったが。


 だが、あの布で首吊り自殺でも出来るのではないか。

 セイは考える。


(……無理。あんな包帯みたいな布じゃたぶん切れるか外れる。それによく考えたら自殺をしたところでアイツは多分……)


 そこで、セイはあることに気が付いた。


 セイは徐々に目を開いていく。

 そのときだ。


 セイの体が浮き上がる。


「……へ?」


 そして、壁に叩きつけられた。

 腕と足が壁に張り付き大の字で固定される。


「……っつう」


 壁に叩きつけられた痛みと衝撃で目を細めていると、ゆっくりとドアが開いた。


「どう? 常春さん? 食事を取っていないみたいだけど……元気? 今日も、呪いを解きに来たよ」


 様子を伺うように入ってきたのは、シシトだった。


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