第234話 ユリナが背負う

(……あのとき、貝間先輩を止めていたら何か違ったでしょうか?)


 走りながら、ユリナは過去のどうしようもない事を思い返す。

 セイから聞いた話からも、シンジが殺人鬼だと言われ始めた根本的な原因はマオにある。

 シシトはそのマオの言葉を鵜呑みにしたのだ。

 まぁ、都合の良いシシトの事だ。

 マオがいなくても、シンジが殺人鬼だと思っていた可能性もあるが。


(そんな事は考えても本当に無駄ですね。私の一番大切なモノは、私なんですから。仮に今の知識をあのときの私が持っていても、貝間先輩をどうこうしなかったでしょう)


 そう思いながら、ユリナはぎゅっとシンジを担いでいる手に力を入れる。


(しかし……来るときも思っていましたが、本当にこの周辺は刈り尽くしているようですね)


 ユリナはすでに学園から一キロほど離れた場所にいた。

 ここまで来ればそうそう見つからないはずだ。


 なので、後はシンジを生き返らせるために必要となるポイントを集めたいのだが、魔物や死鬼はほとんどいない。

 ユリナ達が学院に向かうときに倒したし、そもそも学園にいた連中が暇つぶしで魔物狩りをしていたようで学園近辺の魔物や死鬼は刈り尽くされている。


(銀行、コンビニ、郵便局にジュエリーショップ……マッ○やス○バ、自動販売機まで、お金がありそうな所は根こそぎ荒らされている……!)


 走りながらも一応確認はしていたが、学園からここまで来る間に見かけたこれらの場所は全てガラスが割れて、ドアが壊れ、一目で荒らされた事が分かった。

 シンジが調べた銀行ではガオマロ達は自動販売機を荒らさなかったようだが、この周辺のは軒並み破壊されている。

 飲み物の確保も兼ねていたのかもしれない。

 ここまで徹底的にしているとなると、普通に思いつくような場所には今は何もないと思って良いだろう。


(どうしましょうか? ここまで来れば転移の球が使えるかもしれません。一度マンションに戻って……いや、転移の球は買うと8000ポイントもします。それを買ってしまうと、先輩を生き返らせなくなります)


 ユリナはハァハァと息を吐くと辺りをッキョロキョロと見回す。

 何もない。あるのはただ瓦礫だけ。

 追っ手も、お金も。


(適当に近くのマンションにでも潜入してみますか? 今時個人の家にそれほど多くのお金は無いと思いますが、高級そうな所なら……荒らされていますか)


 お金がありそうな所はダメだ。

 彼らは一ヶ月もこの周辺で好き放題やってきたのだ。

 調べ尽くしているだろう。


(お金がなさそうな所をしらみつぶしに探していくしかなさそうですね。どこかに貧乏そうで実はお金持ちだった人の家とか……)


 そこまで考えて、ユリナはふと思い出す。


(そういえば、この辺りには確か貝間先輩のアジトがあったような……)


 ユリナが連れ込まれた廃病院。

 それはすぐ近くのはずだ。


 外から見ただけでは、あんな所にお金や何らかの物資があるとは思わないだろう。

 だが、確実に蘇生薬を買う程度のお金はあるはずである。

 コタロウの気を引くために、マオは様々な事にお金をバラマいていたからだ。

 院長室には、調度品に混じって金庫も置いてあった気がする。


(あそこは、私やお父さん、お母さんの情報網にも引っかからなかった場所です。ガオマロ達も知らないはず……)



「……行きましょうか。そろそろ疲れてきましたし」


 シンジを、健全な男子高校生を、一見中学生くらいに見えるユリナの華奢な体で抱えて走り続けているのだ。

 いくらレベルが上がったと言っても、そろそろキツイ。

 真冬なのにユリナの体からは汗が吹き出ていて蒸気を発しているし、呼吸は荒く乱れている。

 それでもユリナはシンジを抱えて走り出した。


 希望が見えてきたのだ。

 ただ逃げるだけだった先ほどまでとは違う。


「……生き返ったら何をしてもらいましょうか?」


 ユリナはふっと笑う。

 自分が一番大切なユリナに、ここまでさせたのだ。

 シンジが生き返ったらとてつもない見返りを要求してもかまわないだろう。


 こうなった原因はユリナにあるといえばあるが。


「まぁ、でもそのことは気にしない約束になっていますしね。むしろ私がお金を貸していることになっています。さて、何をお願いしましょうか。プッチャプッチェスを一年分買ってもらいましょうか? ポイントでも買えるようですし。でも、一日十本食べたとしても約十万円。もう少し頼んでもよさそうですね」


 何がいいだろうか。


 ユリナは楽しくなってきた。

 さきほどまでのどうしようもない事を考えるよりも気持ちが明るくなる。


 考えている内容が、過去の事ではなく未来の事だからだろうか。

 それとも……


 そのとき、不意にユリナは自分の足首を誰かに掴まれた。


「えっ……? ぶぎゃ!?」


 走っている最中に、掴まれたのだ。

 ユリナは盛大に転けてしまう。


「……いったぁ……」


 思いっきり打った頭を押さえて起きあがろうとしたユリナは、自分の足首を掴んだ者の正体を見た。


「明星……先輩?」


 ユリナの足首を掴んだのは、シンジだった。


 角が生えている。

 死鬼化していた。

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