第232話 ユリナが見た

 ユリナが通っていた雲鐘学院から親友のマドカと一緒に女原高等学校に入学すると決まった時。

 ユリナが初めに行った事は、学校関係者の身辺チェックだった。


 ユリナの親友、マドカは美少女だ。

 

 言い寄ってくる男は星の数ほどいて、それに関するトラブルも山のようにあった。

 そのトラブルは当然ユリナにも関係してきて、クズのような男と一ヶ月、付き合ってしまった事もある。

 幸い、そのクズ男とは何事もなく分かれる事は出来たが、その一件はユリナに大きな影を落とした。

 それまでは、ユリナは親友であるマドカの可愛さを誇りに思っていたし、憧れてもいた。

 だから、ユリナはマドカの容姿をマネして同じ髪型にもしていたのだ。

 だが、そのクズ男はマドカと見た目が似ているユリナに告白をして代用品にし、マドカと親友であるユリナを利用してマドカを手に入れようとしたのだ。

 そのことを、親譲りの情報収集能力で知ったユリナは、マドカのマネをやめた。

 そして、身近な人物の身辺調査、とくに男性の調査を徹底的にするようになったのだ。


 マドカのため。何より、自分のために。



 そんなユリナが新しく通うことになった女原高等学校で、すぐに要注意人物としてあがったのが、三年生の明星真司である。

 だが、その情報に、ユリナは何となく違和感を覚えた。


 その他の要注意人物。


 女子生徒に手を出しまくっていた体育教師、埴生 清。

『壁ドン倶楽部』なんて馬鹿げた集まりを率いる、土屋 匡太。

 読者モデルをしていて、女の子を食いまくっている女の敵、山田 小太郎。


 このあたりの人物は、理由がはっきりしていた。


 なのに、明星真司に関しては、その理由がよく分からなかったのだ。


 ただ、三年生の女子生徒と、二年生の一部の女子生徒から、強烈に明星真司は嫌われている。近づくなと注意喚起がされている。


 その原因はなんだろうか。


 興味を引かれたユリナは、実際に自分の目で明星真司を調べて見ることにした。


 新学期が始まったばかりの放課後。

 明星真司は山田小太郎と一緒に下校していた。


 まだ入学式前のユリナは、私服姿でこっそりと二人の後を付けた。

 明星真司は皆から嫌われていたが、山田小太郎は皆から好かれている。


 正当派の王子様のようなキラキラとした山田小太郎と、ぼさぼさとした髪の暗い印象の明星真司。

 そんな二人の組み合わせは、ユリナにとってなんとも不思議なモノだった。

 一見、水と油のようにも見える。


 たまたま同じクラスになって帰っているだけなのだろうか。

 皆から好かれている山田小太郎だ。

 人気者の彼は、嫌われ者の明星真司と一緒に帰ってあげているのかもしれない。


 だが、すぐにユリナはその予想を捨てた。

 下校している二人がとても仲が良い事に気が付いたからだ。


 山田小太郎が事あるごとに明星真司に話しかけ、明星真司はめんどくさそうにしながらも山田小太郎にかまってあげている。


 親友同士といったそんな二人のやり取りに、どこか既視感と親近感を覚えていると、一台の車が彼らの前に止まった。


 赤い高級そうなスポーツカーから降りてきたのは、一人の女性だった。


(……あの人は)


 その女性は、女原学院の生徒会長、貝間真央だった。

 山田小太郎とは交際しているという情報があるが……貝間真央は、なぜか赤いドレスに身を包み、二人に、正確には山田小太郎に話しかけている。


「小太郎様。これから一緒にディナーはいかがでしょうか? 私の友人たちが、是非小太郎様にお会いしてみたいと申しておりまして……」


 スポーツカーには、モデルのように綺麗な女性が貝間真央と同じようなドレスを着て座っている。

 運転手も、女性だ。

 こちらもスーツを着ているがかなりの美人だと思われる。


 このような女性たちと食事に行けるなど、普通の男性ならば諸手をあげて喜ぶであろう。


 しかし、山田小太郎はめんどくさそうに息を吐くと、貝間真央を睨み付ける。


「マオ、俺言ったよな? 今日はシンジとドラモンハンターXXXをやるって。聞いていなかったのか?」


「存じております。しかし、そのような取るに足らない低能な男とコタロウ様が遊ぶとは、何よりも尊いコタロウ様の時間の無駄というモノ。私、貝間真央。コタロウ様の彼女として、そのような行為を見過ごす事は出来ません」


 ペラペラとしゃべる貝間真央に山田小太郎は徐々に眉間に皺を寄せていく。


「何度言っても変わらねーな。俺にとってはお前とこんな会話をする時間が無駄なんだよ。どけ。俺はシンジと遊ぶ」


 こらえるように大きく息を吐くと、山田小太郎は貝間真央を押しどけた。


「あっ……小太郎様。会場には、小太郎様が興味を示されていたアイドルの橋塚カンナも連れてきています。是非……」


「邪魔だ。行こう、シンジ」


 貝間真央が伸ばしてきた手を山田小太郎は払い、明星真司の手を取る。


「いや、ちょっと、コタロウ。ここまで貝間さんが言っているんだし、付き合ってあげたら……」


「平気平気。行こうぜ」


 スタスタと、二人は歩いていく。


「ぐ……こんのお、明星真司!」


 そんな二人の様子をワナワナと震えながら見ていた貝間真央は、持っていたポーチから小さなハサミを取り出し、背中を向けている明星真司に駆け出していく。


(え……!? ちょっと、これは……!)


 こんな昼間に、こんな往来で刀傷沙汰!?

 普通に声を出しても聞こえないくらいの距離でユリナは彼らを見ていた。

 それでも、つい黙っていられずにユリナは身を乗り出す。


「あぶっ……」


「よっと」


 すると、こともなげに明星真司は自分の首に振り下ろされそうになった貝間真央のハサミをつかみ、取り上げてしまう。


「……シンジ」


 同時に、呆れたように山田小太郎が明星真司の方に振り向いた。

 おそらく、ユリナの気のせいでなければ、山田小太郎は貝間真央が明星真司を刺そうとしたことも、明星真司がそれを簡単に止めてしまうことも分かっていたのではと思う。


 それくらい、冷静に、かつタイミング良く山田小太郎は明星真司の方を向いた。


 そして、それと同じくらいタイミング良く明星真司は貝間真央の手をつかみ、そして反対側で握られていた山田小太郎の手を彼女の手に合わせる。


「はい。貝間さんは彼女なんだから、小太郎はもっと大切にしないと。あ、このハサミは返すね」


 明星真司は、開いたままになっていた貝間真央のポーチにさきほど取り上げたハサミを入れる。


「シンジ……」


「じゃあ、また。ゲームは別の日に出来るだろう。アイドルとの食事の話、楽しみにしているよ」


 そう言って、明星真司は一人でスタスタと歩いていってしまった。

 その姿を、山田小太郎は困ったような顔で見送り、貝間真央は親の敵でも見るように睨みつけていた。


 そして、そんな彼らの様子を見ていたユリナは、目の前で起きた色々な出来事に思考を混乱させていた。


(えーっと。とりあえず今日の所は帰りましょうか)


 もう尾行をする気にならなくて、その日はとりあえずユリナは帰宅した。







 それから入学式を終え、一週間ほど、ユリナは時間を見つけては明星真司の後をつけてみた。

 それで分かったのは、どうやら彼はそこまで悪い人物ではなさそうだということ。

 そして結論として、悪い噂を流されている原因が、どうやら明星真司に嫉妬した貝間真央であるということだった。


(……まさか、あの慈愛の体現者とか言われている貝間先輩がねぇ)


 入学して一週間。

 マドカは職員室に用があるというのでユリナは一人で中庭の隅でお弁当を食べていた。


 その中庭の中心には、貝間真央が慈愛の表情で人々に囲まれ、食事を楽しんでいる。

 そんな貝間真央を見ながら、ユリナは苦笑した。


 この情報をどうしようか。

 貝間真央は、この学校ではまさしく女神のような扱いなのだ。

 そんな彼女がいじめの主導者であるという情報。


(まぁ、話せませんね。誰にも)


 目の前でまるで宗教画のような光景を広げている貝間真央である。

 今もなぜか人差し指に小鳥が止まったりしているのだ。

 話しても百パーセント信じてもらえないし、下手に扱うとユリナ自身の身が危なくなるだろう。

 そして、話してもユリナにメリットはない。

 ユリナに明星真司のいじめを止めるつもりは毛頭無いのだ。

 ユリナに正義感は正直ない。

 情報を調べるのは、もっぱら自分の身とマドカの身を守るため。

 その情報で自らリスクを背負うつもりはない。


 なので、明星真司のことはこれで手を引くつもりだ。


 だが、そうなると一つ問題がある。

 暇なのだ。

 マドカは、今日の放課後は先生から許可を得てあまり使われていない裏庭の花壇に花の種を蒔くと言っていた。

 しばらくはマドカは花壇の世話に夢中になるだろう。

 この暇な時間をどう使うか。

 明星真司のことはあらかた調べ終えてしまった。


(……そういえば、一人気になる男子がいましたね)


 この気になるは、異性としてのではなく、もちろん調査対象として、だ。


(確かカゴ……)


 と、そこまで考えた時だ。


 貝間真央がこちらに向かって歩いてくる。

 それに合わせて、貝間真央の背後で小鳥たちが一斉に羽ばたいた。

 それは見る人が見ればまさしく女神の光臨なのかもしれないが……ユリナには魔王が災厄を携えてやってきているようにしか見えなかった。


(……まさか)


 その、まさかだった。


「……水橋ユリナさんですね。放課後少しお話しませんか?」


 どうやら、ユリナが色々調べていたことに感づかれていたようである。


 慈愛の表情でされた脅迫のようなお願いに、ユリナはただ頷くしかなかった。


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