第231話 ユリナが思い返す

 何が起こったのか。

 ユリナが状況を理解したのは、シンジの後頭部が吹き飛び、シシトがドヤ顔で下りてきて「僕が守るから」と告げた時だ。


 あまりにも理解できないシシトの言動が、逆にユリナを冷静にさせたのだ。

 ユリナは、すぐに隠蔽系の魔法を使用すると、近くに落ちていたシンジのiGODと彼の体を担いで、シンジがヤクマとの戦いで空けた穴から飛び降りた。



「……まだ、バレていないようですね」


 理科棟の一階、ヒロカが穴を空けた教室までたどり着いたユリナは、隠蔽系の技能を解除して上を見上げる。

 隠蔽系の技能は、お互いの気配を分かりにくくしてしまう。

 シシトたちの動向を探るためにも、ユリナは技能を解除したのだ。

 セイが暴れている音が聞こえるが、ユリナ達を探そうとする気配はない。


(……相変わらず、あの男はマドカしか見ていませんでしたからね)


 空から下りてくる時。ドヤ顔で訳の分からない事を言っている時。

 シシトは、大好きなマドカと妹であるネネコだけを見ながら言っていた。


 マドカのすぐ隣にいたユリナや、泣き叫んでいるセイ、それに倒れている……自分が殺したはずのシンジの事など気にもしていなかったのだ。


(……まぁ、おかげでここまで逃げる事が出来たのですが)


 感情からこみ上げてくる体の熱を、何とか堪えながらユリナはシンジの体を床におろす。


(死鬼化する様子はありませんね。ガオマロ達はもうなっていたと思いますが……頭、脳味噌がほとんど無くなっているのでしょうがありませんか。『リーサイ』で戻せば大丈夫でしょうが、何にせよ、まずは蘇生薬を買わないと……)


 ユリナは、シンジのiGODを操作してポイントを確認した。


(……そんな!?)


 そして、絶句した。

 シンジの残りポイントは、8075ポイント。

 ユリナの残りポイントは、553ポイント。

 合わせても8628ポイント。

 蘇生薬のポイントは、10000ポイントだ。


 このままでは、シンジを生き返らせることが出来ない。


(……何か、何かないですか?)


 ユリナは慌ててシンジのiGODを調べるが、何もない。

 イソヤから奪ったと思われる食料品が数点と、死鬼の角やゴブリンなどの低級な魔物の素材が数点、それに転移の球が一つ入っていただけだ。


(……そういえば、全部燃えたって言っていましたね)


 シンジが学園に潜入する際に制服のポケットなどに持っていたアイテムは、ヒロカに捕まった時に没収されて、その後iGODから取り出したアイテムはヒロカとの再戦の時に燃やされたのだ。


(少しでも余裕があれば、わざわざ私からお金を借りようなんてしないでしょうしね)


 それでも、ここまでポイントがないとは思わなかった。

 シンジは、常に10000ポイントは確保するようにしていたからだ。

 それが、シンジのルールだから。


(先輩の素材は売ってもせいぜい100ポイント。他の素材や武器は……そうか、新しい職業の技能を試すのに使って……)


 シンジは今まで手に入れた素材や武器をアイテムボックスに入れていた。

 だが、今のアイテムボックスにはそれもない。

 おそらく、シンジは『他己陶酔』を試すために武器や素材を取り出して、そのまま置いてきたのだろう。


 無駄な武器などを入れておくより、アイテムボックスの容量を確保しておきたかったのかもしれない。


(私の素材も入手したら売っていますから……私の『魔雷の杖』は……だめだ。200ポイント。安すぎる)


『魔雷の杖』は銀ランクの武器ではあるが、その効果は結局高性能なスタンガンだ。

 あまり買い取り金額が高くなくても当然だろう。


『魔雷の杖』の他にユリナが持っている武器はナイフくらいだ。

 ユリナの職業。魔法使いは魔法で攻撃するのがメインのため武器にそこまでこだわらなくていいのが利点だ。なのでユリナはそこまで武器を持っていない。

 それが、ここに来て裏目に出た。


(明星先輩の武器のあの双剣は……ない。どこかに落としてしまった?)


 ユリナはシンジの持っていた武器。紅馬・蒼鹿がないかシンジの体を見てみたが、どこにもなかった。

 運んでいる最中に落としてしまったのかもしれない。

 ドラゴンの牙も探したが、見つからなかった。


(それに、そもそも武器を売ってしまうのはダメですね。生き返ってもシシトと戦えなくなってしまいます)


 となると、売れるのはあと一つ。


(……転移の球は、800ポイント。買い取り価格は販売額の十分の一ですか。くそ!)


 全てを売ってポイントに変えたとしても、おそらくギリギリ蘇生薬は購入出来ない。

 そのとき、空からパラパラとした音が聞こえた。


(……ヘリ? ロナさんのヘリですか)


 それから上でも声が聞こえ始めた。


「水橋さーん。どこー? 出ておいでー。危ないよー。殺人鬼は倒したけど、それでも何があるか分からないよー」


 呑気そうな、シシトの声だ。


(とにかく、ここから逃げますか)


 この場でシンジを生き返らせる事が出来ないなら逃げるしかない。

 ユリナは、とりあえずシンジのiGODから転移の球を取り出すと、地面にぶつけた。

 思い描いた場所は、シンジのマンション。

 死体はモノ扱いだ。このままシンジを抱えて飛べるはず。

 そこならここから遠いし、シンジが置いていったアイテムが色々あるだろう。

 それらを売れば、のこり2000ポイント程度は稼げるはずだ。


(……え?)


 しかし、転移の球は作動しなかった。

 ただ、割れてそのまま消えていく。


「ど、どういうことですか?」


 思わず、声を漏らしてしまった。

 ユリナは慌てて口をふさぐ。


「今、下から声が聞こえた? 水橋さーん。どこー? 百合野さんも心配しているよー」


 聞かれてしまった。

 とにかく、逃げなくてはならない。

 シシトは、シンジを一撃で殺した武器を持っている。

 それに、ロナの仲間がヘリから下りてきたら逃げ出すことは不可能だろう。


(……とにかく、学園の外へ)


 ユリナはiGODをポケットに入れてシンジを肩に背負うと、隠蔽系の技能を全て使い、また走り始めた。


(しかし、何で……)


 走りながら、ユリナは考える。

 転移の球が使えない理由。


(アイテム? 技能? 使用されていた? いつから?)


 転移に反応する機械でさえ一万ポイントもするのだ。

 転移自体を制限するアイテムなどどれくらいするのだろうか。

 技能だとすれば、誰が?


(……分かりようもない事を考えても仕方ないですね。とりあえず、今は走らないと)


 ヘリと、それからおそらく理科棟の五階から下りてきているシシト達から死角になるように校舎の間を走り抜けていくユリナ。


(しかし、こんな事になるとは……)


 走らなくてはならないと思っていても、どうしてもユリナは思考してしまう。

 次は、どうしようもない反省点だ。


(こんなにポイントが足りないなら、ヤクマの研究室を調べておけば……)


 確かに、ヤクマの言葉を信じるならヤクマの研究室のどこかにまだ蘇生薬があったのかもしれないが……それを見つけるのは不可能だっただろう。


 蘇生薬があるだろうと思われる場所は……ガオマロが蘇生薬を飲んでいた場所は薬による爆発で吹き飛んでいたし、そもそもあの時のユリナに研究室を隈無く探す時間なんてない。


 隠蔽魔法を駆使していたとしても、まったく見えない訳じゃないし、気配がないわけでもない。

 ただ、気づきにくいというだけだ。


 あのとき、シシトが向かっていたセイに注目していたから逃げ出せたにすぎない。

 蘇生薬を探そうと研究所を調べていたら、さすがにシシトに気づかれただろう。

 逃げ出せたのさえ、奇跡的である。


(……殺さなければ)


 そんな考えがユリナの頭をよぎる。

 ギリっとユリナは唇を噛んだ。


 シンジがヒロカを殺そうとしなければ……セイがヒロカを殺さなければ、ヒロカに使った蘇生薬分のポイントが余っていたはずだ。


 それさえあれば、ここまで致命的な状況にはなっていない。


(それは、無理でした。それは分かっています。分かっていますけど!)


 あの状況で、ヒロカを殺す以外にヒロカを止める方法は無かった。

 正確に言えば何かあったのかもしれないが……簡単に思いつく手段はなかったし、その必要性もなかった。

 そして、殺したヒロカを生き返らせない手も無かった。


 生き返らせなかったら、殺したセイの負担が大きすぎただろう。


 だから、どうしようも無かった事ではある。

 ヒロカを殺すことも。

 蘇生薬を買えないポイントになってしまった事も。


(生きている人を殺さない。蘇生薬を買える分だけのポイントは確保しておく。これは明らかに明星先輩のルールでした。この二つのルールを破ったツケが、これですか)


 確かに、それらはシンジのルールだ。

 そのルールを、シンジは今まで守っていた。

 だが、ガオマロとの戦いでこれらのルールを守ることは不可能だっただろう。

 守っていたら死んでいた。

 でも、守っていれば、今シンジは生きているはずだ。

 ユリナが蘇生出来たはずだ。


 そして……そのルールを破らせたのは、誰でもない。

 ユリナだ。


(……今は明星先輩を生き返らせることだけを考えましょう)


 どうしようもない事はどうしようもないのだ。

 今は過去のあれこれを悩むより今はこれからのあれこれを考えなくてはいけない。


 そんなことはユリナも思考では分かっているが……感情は中々整理がつかない。

 そんな思考と感情の争いを抱えたままユリナが走っていると、目の前に入ってきた裏門が見えた。


(……出られるでしょうか?)


 転移を使えなくさせる連中だ。

 門にも何か仕掛けられているかもしれない。

 だが、足を止めるつもりもない。


 足を止めた所で、どうしようもないからだ。


 そのまま、ユリナは走る。


 あと三歩。二歩。一歩……


 ユリナは祈るような気持ちで走った。


 結果は……


(出られた!)


 裏門には何もなかったようだ。

 ユリナは裏門を越え、さらに走る。

 学園を出れば逃げ出せる確率はさらに高くなるだろう。


 とにかく今は、さらに遠くへ。



(そういえば……)


 ふっと、ユリナはまたどうしようもない過去の事が考えてしまった。


(あのとき、行動していればこの結果も変わったのでしょうか?)


 それは、シンジにも話していない、ユリナが始めてシンジと会った時の話。

 シンジがユリナを生き返らせるよりも、もっと前の話。


 これは、シンジも知らない事だが、ユリナとシンジの出会いは、シンジがユリナを生き返らせた時ではない。

 その前に、二人は会っている。


 会っていると言っても、それは一方的にお互いが相手を見ていたというだけの話なのだが。


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