聖槍町編
第230話 ラブコメ主人公が来た
ふわふわと、白い光を共にして、駕篭獅子斗がセイたちの前に降りてくる。
シシトはマドカを見て、ネネコを見て、そしてユリナとセイを軽く見回した後、マドカで目を止めて。
優しく、穏やか表情で、言った。
「やっと会えた。この一ヶ月心配で心配で……早く会いたかったけど、どこにいるか分からなくて。生きていてよかった。ネネコも、大変だったね。でも、もう大丈夫。僕が来たから安心して」
当たり前のように。当然のように。
シシトはドンと胸を叩く。
「皆は、僕が守る」
ニコリと、シシトは笑った。
「ァ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「セイ! ちょっと待って……」
ユリナが何かを言っていたが、セイには聞こえなかった。
セイはシシトに向かって駆け出す。
(コイツが……コイツが……)
セイの脳裏に、浮かんでくる映像。
更衣室でマドカに会うためにセイを見捨てた駕篭獅子斗。
親友を殺したと、セイの両足を切り落とした駕篭獅子斗。
そして、シンジを撃ち殺した駕篭獅子斗。
獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子屠獅子斗獅子斗刺子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅死斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗刺子斗死子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗獅子斗死子斗獅子屠獅子斗獅子斗獅死斗刺子斗刺子屠死子斗刺子屠刺死屠とししとししとししとししとししとししとししとししとししとししとししとししとシシトシシトシシトシシトシシトシシトシシトシシトシシトシシトシシトシシトシシシシシシシシシシシシ刺刺刺刺刺刺死死死死死死……
絶対に、殺す!
セイは杖を回転させると、シシトに向かって投げた。
ヒロカの時に使ったあらゆるモノを粉砕する最強の回転だ。
跡形もなく粉砕する。
木っ端みじんに消し飛ばす。
その思いを込めたセイの杖はまっすぐにシシトに向かって飛んでいったが……シシトに当たる途中で何かに弾かれた。
「まったく。シシト、気を付けなさいよ。それに一人で勝手な行動はしない」
「ユイ」
短い髪のボーイッシュな美少女が空からふわふわと下りてきた。
岡野ユイ。
シシトの幼なじみ。
彼女もまた、シシトと同じように、白い制服に身を包んでいた。
彼女の手には、緑色の槍が光っている。
「シシトには手出しをさせないよ? セイちゃん! 吹き飛ばせ! 『|颶風の精霊槍(シルフィード)』」
槍は鞭のようにしなりながら、風を巻き起こした。
その風は、まるで意志を持っているかのごとく、セイに襲いかかる。
「いけー!」
「ユイ、ちょっと待った!」
ユイの起こした風は、吹き飛ばすどころか風圧だけで研究室にあった机を切り裂いていく。
そんな風を見たセイは息を軽く吐いて。
「……へ?」
全てを避けてユイの前に現れた。
一呼吸の間に、距離を詰めたセイに、ユイは唖然とするしかない。
「邪魔」
セイはユイに向かって剣を振り下ろす。
「うえっ!?」
躊躇無く首元に振り下ろされたセイの剣を、ユイはなんとか受け止めた。
「へっへーん。危ないなぁ……うげっ!?」
受け止めた瞬間。ユイはセイに鳩尾を蹴られていた。
「邪魔って言ったのよ」
蹴り上げたユイの体を、セイはまるでサッカーボールを蹴るかのように回転しながらさらに蹴り飛ばした。
「……ぐえっ!?」
口から胃液を吐きながら、ユイは体をくの字に曲げて飛んでいき、壁を突き抜け外に落ちていく。
「ユイ!」
シシトは飛んでいったユイを心配してそちらを見るが、その間にセイはシシトの目の前まで近づいている。
「……死ね」
ユイを蹴り落とした程度で、今のセイが止まる訳がない。
今度こそシシトを殺そうと、セイは剣を振り下ろした。
「……なんなのよ! さっきから!」
その剣は、防がれてしまった。
今度は、黒い格子状の柱が、まるで鳥籠のようにシシトの周りを覆っている。
その柱に、セイの剣は防がれたのだ。
「……シシトは私が守る」
ふわふわと空から降りてきたのは、小柄な少女だった。
長い髪の毛が、彼女の体を守るように包んでいる。
引間小鳥。
ネネコよりも小さい、女子小学生よりも小さい小柄な美少女。彼女もまた白い制服を着ている。
「コトリ」
「……私の『鳥籠女(かごめ)』は脱出不能。後ろの正面、だあれ?」
無表情でシシトの横に立ったコトリは、セイを指さした。
その瞬間。
シシトを守るように覆っていた黒い格子が、反転してセイに向かってくる。
正常な反応ならば、ここでセイは反射的に後ろに飛んでいたのだろうが……セイの目的はシシトを殺すこと。
なので、セイはそのまま剣をシシトに向かって突き刺そうとした。
が……剣はいつのかまにか黒い格子にからめとられていた。
「……ちっ!」
動かせない。そう判断したセイは格子を避けるために後ろに飛んだ。
まだ、十分に避けられるタイミングだった。
通常ならば。
「なっ!?」
後ろからも、黒い格子がセイに向かっていた。
前後左右。後ろと正面から迫る格子に、逃げ場はない。
鳥籠のようなお椀状の黒い格子にセイは捕らわれた。
セイはすぐに格子に手を入れて広げようとするが……格子はまったく動かない。
動く気配がない。
「クソ! クソ! クソ……クソオオオオオオ!」
「常春さん、落ち着いて。僕は君たちを助けに来たんだよ?」
「うるさい! 死ね! 先輩を殺したくせに!」
「先輩を殺したって……その男は皆を殺した殺人鬼だよ? 皆を守るためにはしょうがないじゃないか。何を言って……」
「アンタが何を言っているのよ!」
手のひらの皮が剥け、血が出ても気にせずに、セイは格子を握りしめる。
シンジが人を殺した? シシトが私たちを守る?
シシトが何を言っているのかセイはさっぱり理解出来なかったが、確信した事は一つある。
シシトは殺す。絶対に。
「グギギイイイ……! 開けよ! このぉおおお!」
セイは全身全霊を込めて、格子を破壊しようとする。
だが、格子はビクともしない。
「……シシト。ダメ。話出来ない」
そんなセイを、コトリは哀れみを込めた目で見つめて言った。
「……そうだね。コトリの篭からは逃げられないと思うけど、どうしようか」
シシトがうーんと悩んでいると、また一人、ふわふわと空を飛んでくる美少女がいた。
「……体育館にいた人たちを放置してどこかに飛んでいったと思ったら、今度はユイが落ちてくるし……なにしているの?」
「ロナ」
ロナ・R・モンマス。本物の純金よりも輝かしい金髪をキラキラと月の光に反射させながら、彼女は舞い降りた。
その姿は、まるで天女と見紛うかのように、神秘さと美しさに溢れている。
その彼女の脇には、ユイの姿があった。
「いや、助かったよロナっち。まさかここまでセイちゃんが強いなんて思わなくてさ。私も槍の技能を極めているのに……」
ユイは恥ずかしそうに頭を掻いてテヘヘと笑う。
ロナに回復薬でも貰ったのだろう。セイに蹴られたというのにユイは平気そうだ。
「常春さんはずっと武術をしてきたんだからユイ自身が戦っても勝てなくて当然でしょ? それより、なにこれ? どういう状況?」
ロナはちらりと周囲を見渡し、檻に閉じこめられて暴れているセイで目を止めた。
「常春さんが急に襲いかかってきたんだ。こっちもビックリして……せっかく助けてあげたのに……」
「常春さんは学校にいたときから様子がオカシかったじゃない。土屋くんが殺されたの、忘れたわけじゃないでしょ?」
「そうだけど、でも、その元凶はやっつけたし……」
「呪いが残っているかもってあの子が教えてくれたでしょ?」
困ったような顔を浮かべるシシトに、たしなめるように言うロナ。
二人は、時折セイの方をちらりと見てきた。
その顔に、セイは見覚えがあった。
足を切り落とした後、殺人鬼だとセイを罵り、捨てていった時の顔だ。
その顔に、頭を吹き飛ばされたシンジの顔が上書きされてセイの全身は燃えるように熱くなる。
「ガァアアアアアアアアアアア!!」
全ての力を込めて、セイは黒い格子に手をかけた。
絶対に、目の前にいるシシトを……いや、全員殺す。
殺す。殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……
「まるで獣ね。それで、どうするの?」
「どうしようかって悩んでいて。何か良い方法ない?」
「シシトが『|鋼鉄の女神(デウス・エクス・マキナ)』を使えばいいじゃない。一発だよ?」
ユイの意見に、シシトは苦笑する。
「それだと常春さんが鬼化しちゃうだろ? だから僕は戦わなかったのに」
「じゃあどうするのさ?」
「うーん、あの子にお願いしてみたら?」
シシトと達が、セイから目を離す。
その隙に、セイは両手を格子から出した。
そして、手からセイは産み出す。
セイの分身を。
ヤクマの研究室を埋め尽くすほどに。
その数は過去最高の人数を数倍上回っていた。
確実にシシトを殺すために限界を超えた人数の分身。
彼女たちもまた、セイのように憤怒の形相を浮かべている。
「殺せぇえええ!」
セイは叫ぶように分身たちに命令を下す。
分身の全てが、シシトに向かった。
他には目もくれない。
まずはシシト。他の奴らはその後だ。
セイの分身は、セイの感情をそのまま表したかのような早さでシシトに向かっていき……そして忽然とその姿を消した。
「……なっ……!」
煙のように消えていく自身の分身たちを見ながら、セイは自分の意識が消えていくのを感じた。
(……なに? あれ?)
その消えていく意識の中、セイは見た。
(ハムスター? 鳥?)
まるで、白いハムスターに羽根を生やしたかのような生き物がロナとシシトの間を飛んでいる。
(……くそ)
その存在を確認した時点でセイは意識を保てなくなり、そのまま目を閉じた。
「ありがとう、セラフィン。びっくりしたよ。急に常春さんが分身して襲ってきたから」
「どういたしましてフィン。私の超絶魔法にかかればこれくらい朝飯前だフィン」
シシトからセラフィンと呼ばれた白いハムスターに羽を生やしたような生き物は、エヘンと胸を張る。
「セラフィンは本当に色々な魔法が使えるのね。前も鬼になった人たちを落ち着かせる魔法を使ってくれたし」
「セラフィンは愛と幸せと正義の使者だフィン。なんでも出来るフィン!」
ロナにも誉められ、セラフィンはさらに得意げに胸を張った。
そんなセラフィンの頭をよしよしとロナは撫でてあげる。
「良い子良い子。じゃあ一度外に出ましょうか。半蔵達はあと少しで着くだろうし……」
そんなロナの声に合わせるかのように、外からパラパラとヘリコプターのプロペラの音が聞こえてくる。
「噂をすれば、だね。常春さんは……コトリ、お願い出来る?」
シシトのお願いに、コトリはこくんとうなづいた。
「じゃあ、百合野さん、ネネコ。一緒に着いてきて。脳味噌をほとんど吹き飛ばしたから鬼化しないと思うけど、その殺人鬼の後始末は僕がするから。水橋さんも……」
シシトは、なぜか呆然と立ち尽くしているままのマドカとネネコの様子を見た後、ついでにユリナの方にも目を向ける。
だが、そのユリナがいない。
「あれ? 水橋さんはどこに?」
「え? 私が来たときにはどこにもいなかったけど……」
キョロキョロとシシト達は研究室の中を見渡すが、ユリナの姿はどこにもない。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
そんなシシト達をよそに、ユリナは走っていた。
シンジの死体をその肩にしっかりと抱えて。
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