第228話 名前が大切

 ユリナに言われて、シンジはぐるりと辺りを見回す。

 研究室は瓦礫や薬の瓶の破片、実験器具などが散乱しており、所々には床に穴も空いている。

 真下の階が燃えた事からもかなり床が脆くなっているはずだ。

 天井なんて、ほとんど全部崩れてしまっている。

 このままここにいるのは危険だろう。


「そうだね。でも、ちょっとこの部屋や周りの部屋は調べたいかな。取られたアイテム類は見つけていないし、蘇生薬とか貴重な薬や素材がありそうだから……」


「ガオマロのiGodもどこかにあるはずですね。わかりました。どのように調べますか?」


 ユリナは、他の3人に目を向ける。

 誰にどの部屋を調べされるか、という意味だろう。

 シンジがヤクマとの戦いで突き破っただけでも部屋は三つあった。

 手分けして探した方が効率はいいだろう。


「えっと……そういえば他に敵はいないのかな? ガオマロの部下とか……」


「外にいた奴らはほとんど倒しましたけど……」


 セイが答える。


「外にいた者を倒したのなら戦闘力のある者はほぼいなくなったと思われます。監視カメラを見ても、武器を持っている者がいたのは外でしたから」


 もしかしたら監視カメラに映らない場所に誰かいるかもしれないが、これだけの騒ぎが起きたのだ。

 多少ガオマロやヤクマに忠誠心があるならば、ヤクマの研究室であるこの場を確認するはずだし、忠誠心がなくても戦闘に自信のある者や行動的な者は、すでに何らかの行動をしているはずだ。

 それが無いという事は、残りがいたとしても忠誠心がない者や戦闘に自信がない者ということで、ほとんど警戒しなくても良い人物であると思われる。


「……一応念のために、二人組で行動してもらおうか。常春さんとネネコちゃんが隣の部屋。水橋さんと百合野さんが二つ隣。俺がこの研究室を調べるから……」


 戦闘力などを考慮してシンジはチーム分けをするが、ユリナが首を振って拒否の意志を示す。


「……水橋さん?」


「それだと先輩が一人ではないですか。一人で行動して捕まったのを忘れたんですか?」


 ニコリとユリナが笑顔で言う。

 笑顔だが、怒気が発せられていてシンジは困ったように目線をユリナからズラす。


「いや、忘れてはいないけど……ガオマロも倒したし……」


「ダメです。念には念を。私と先輩。マドカとネネコとセイの二つに分けましょう」


「ダ、ダメ!」


 ハシッと何故かシンジの手を取り、セイが言った。


「私が先輩とこの部屋を探します」


「はぁ? 戦力的に考えても、セイと先輩は分けた方が良いって前にも言いましたよね? 忘れたんですか?」


 ユリナも、何故か握ったままだったシンジの手を強調するように上げてセイに言う。


「忘れてないけど、二人と三人に分かれるなら、私と先輩が組んでも問題ないでしょう? この部屋が崩壊とかで一番危険なんだから、たとえ床が落ちてもどうにか出来る私と先輩が探した方がいいじゃない」


「私も別にここから一階落ちる程度の高さなら問題ありません。セイは基本的に視野が狭いんですから捜し物をするなら人数が多いチームの方がいいんじゃないですか?」


「狭くない!」


「狭いですよ。さっきも先輩の望みを勘違いしていませんでしたか?」


「それは……それを言ったらユリナさんも視野が狭いよ! 物理的に! 飛んでくる注射器に気づけなくて、ヤクマに捕まったじゃん! 私はちゃんと注射器を壊したもんね! それに、さっきもガオマロの手をガオマロの死体に放り投げちゃったじゃん!」


 むむむ……と二人が睨み合う。

 シンジの目の前で。


「あの……落ち着いて。てか俺は別に一人じゃなくてベリスたちを呼び出すし……」


「先輩は黙っていてください!」


 二人がにらみ合ったまま声をそろえて言う。

 シンジは軽く息を吐いたあと、間近の二人から目をそらす。


(……異常なし。近づいてくる奴の気配もなし。もちろん、復活する気配もない)


 こんな会話をしていても、一応シンジは周囲を警戒している。

 ガオマロが生き返った時も、だからシンジはすぐに気がつけたのだ。

 まぁ、もう少し早く気がつきたかったという反省はあるが。


 言い分けをするなら、あの時はシンジは倒れていたため目線がかなり低かった。

 そのため、研究室の机が邪魔をしてほとんど部屋の様子を見れなかったのだ。

 その死角になっている部分で再生したガオマロが、シンジが気がついた時にはすでに立ち上がって蘇生薬を飲んでしまっていた。

 だから、あれがシンジが気づける最速ではあったのだ。


(……さらに言うと、耳は常春さんのおっぱいで塞がれていて、なおかつ常春さんの心臓の鼓動がうるさいくらい聞こえている中、触覚は常春さんの気持ちの良いおっぱいに集中していたし、鼻からは常春さんの甘くて良い香りが……よくあの状況でガオマロに気がつけたな、俺)


 よくよく考えれば目だけでなく耳も鼻も皮膚もセイに……巨乳美少女によって気持ちよく塞がっていたのだ。

 死にかけて倒れた後にこれである。

 凄まじい状況だ。

 ガオマロごときの事に気がついたのは奇跡と言えよう。


(まぁ、でも、もう少し気配を察知する練習をしようかね。そういえば、ガオマロの接近にも気がつけなかったし。それにしても……)


 シンジは目の前で争っている二人を見て、その先にいるマドカ達を見る。


「傷ついている獲物にどちらが食らいつくか、って感じだね」


「虎とライオン……猫と犬?」


 マドカ達もなにやらボソボソと話しているが、実に平穏だった。

 目の前の二人とは雲泥の差だ。


 そして、シンジも今の気持ちは平穏なのだ。


 ガオマロを殺したことで、シンジが少しだけショックを受けた事は事実である。

 正確にはガオマロを殺したことでハイソの事を思い出したから、というのが事実だが、その事でセイとユリナが言い争いをしているのだろうとシンジは分かっている。


 だが、そこまでガオマロを殺してしまった事に傷ついていない。

 ガオマロはそこらへんを歩いている死鬼以上に、今の世界において、殺しておかなくてはいけなかった人物だと思っているからだ。

 なのに、それに対して気を使い、争っている二人を見ると、申し訳なくなってくる。


「分かった。俺は常春さんと水橋さんとこの部屋を探すよ。百合野さんとネネコちゃんは別の部屋を探してくれる? ベリス達はそっちに付けるから」


「わかりました」


 マドカがそう返事をし、シンジの手を取り合っていた二人はしぶしぶと言った様子でうなずいた。


「……さて、ここからが本当の勝負だね」


「勝負って……百合野さんってこんな事言うポジションの人でしたっけ?」


「……言わないで。それだけは考えないようにしていたから。こうでもしないと、最近自分のキャラが薄い気がして……」


 平穏な二人は……平穏というよりかは蚊帳の外といった様子の二人は、返事をしたあとになにやらぼそぼそと言っている。

 そんな二人をユリナはちらりと見て、言った。


「チーム分けはそれで良いとして……さきほどから気になっている事があるのですが、いいですか?」


「……何?」


「なんでネネコだけ下の名前で呼ぶんですか?」


「……え?」


 シンジはきょとんとした顔でユリナを見て、その後にネネコを見る。

 ネネコもシンジと同様、きょとんとしていた。


「なんでって……別に理由はないけど」


 強いて言うならば名字で呼ぶと気にする者がいるので気を使っているだけなのだが。


「理由はないですか。じゃあ、問題ないですね。これからは私も下の名前で呼んでください」


「……なっ!」


 ユリナの言葉に反応したのは、シンジではなくセイとマドカだった。

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