第227話 ガオマロが生き返る

「……っち!」


 シンジは、技名も言わずに、蒼鹿を紅馬で打って飛ばした。

 だが、まるで待ちかまえていたかのように、飛んでいった蒼鹿に向かって、天井の一部が崩壊し瓦礫が降り注ぐ。


「あっ!」


 声を出したのは、マドカだ。

 口を押さえ、目を見開いている。

 シンジの攻撃が妨害された。

 ガオマロが生き返ってしまう。

 瞬時にそんな言葉がマドカを含め、その部屋にいたモノ全ての脳裏によぎる。


「……セーフ」


 声が聞こえたのは、ガオマロが立っている場所からだった。

 崩壊した天井の瓦礫から出た砂煙が晴れていくと、そこには二人分の影が見える。


 一人はガオマロで、もう一人は……シンジだ。

 蒼鹿を打ったと同時に、ガオマロに向かっていたようだ。

 ガオマロの心臓の部分には、紅馬が突き刺さっている。


「……ギリギリセーフ。しかし、踏み込んでいそうな場所にはバナナの皮に、薬が入った瓶、か……なんで研究室にバナナの皮がこんなにあるんだよ」


 至るとこに散らばっていてなおかつ、ガオマロにのみ役に立つようになっているとしか思えないバナナの皮に呆れながら、シンジはちゃんとバナナの皮の対策をしていた。


 今、シンジは羽を使って浮いているのだ。


「……ガ」


 シンジに心臓を刺されたガオマロの額に再び角が生えていく。

 ガオマロが死鬼に変わっていく。

 同時に、ガオマロが立っている部分だけ床が抜け、さらに天井から瓦礫が降り注いだ。


 その数瞬前には、微細な瓦礫の塵がシンジの鼻孔を刺激してくしゃみを誘発しようし、大きめな瓦礫の破片は風に乗ってシンジの目の中に入ってきて眼球に小さな傷を付け、また薬の瓶が割れて中に入っていた薬品同士が反応し音を立てて爆発してシンジの鼓膜を麻痺させた。


 まるで、ガオマロの『幸運』が全てを振り絞ったかのようなこれらの現象。


 その現象に、シンジは一つも動揺しなかった。


 ただ冷静に、シンジはガオマロの角を、折る。


 角を折った瞬間、ガオマロの体は消え失せた。


 もうこれで、ガオマロが生き返ることはない。

 どんなに幸運だろうと、不可能だ。

 落ちてきた天井の瓦礫を手で軽く払ったあと、シンジはセイとユリナが立っている場所にふわりと着地した。


 羽と鱗と爪と牙が消え、シンジは元の体に戻る。

 落ちていた制服のシャツをシンジは何も言わずに羽織った。


「……あの」


 セイは、それ以上言葉を紡げなかった。

 シンジは、目頭に手を当てたまま俯いている。

 シンジが、生きている人を殺す事に抵抗を感じている事をセイは知っている。

 ガオマロの角が消え、それがまた生えたということは……確実に、シンジは生きているガオマロを殺したのだ。


 ガオマロはどうしようもない人物ではあったが……それでも、シンジが何も感じていないわけがない。

 何かをしてあげたくてセイが一歩シンジに近づいた時だ。

 シンジが顔を上げた。


「……あー、やっと取れた」


 シンジは目に入った破片を取り、それをふっと吹き飛ばす。


「いやぁ、ビビったね。いきなりガオマロが生き返るんだから」


「ぜんぜんビビっていた様子は無かったですけど?」


 呆れたようにユリナが腕を組んでいた。

 少しだけ、シンジを睨むように見ながら。


「いや、内心はバクバクだよ。ガオマロが生き返ったら何が起きるか分からないから」


槍、グングニルは茶色に変化して壊れたため、たとえガオマロが生き返っても槍は使えなかったが相手はガオマロだ。

持ち前の『幸運』で逃げられたかもしれないし、すぐに別の金色の武器をガチャで当てて襲って来たかもしれない。

だから、さっきのは中々危機的な状況であったのだが、シンジはアハハと笑っている。


笑ってはいるのだが……セイはそんなシンジの声が少しだけ空回りしているような印象を受けた。


(……強がっている?)


 そんな言葉がセイの頭をよぎる。

 そして、それに気づいたのはセイだけではないようだ。

 ユリナもおそらく気づいている。

 しかし、ユリナはそれを指摘はしないようだ。

 そのまま、シンジとの会話を続けている。

 少しずつ、シンジに近づきながら。


「それで、どうなんですか? 角を折れば死鬼は生き返れない。ガオマロはもう完全に死んでしまったと思っていいのでしょうか?」


 警戒するように、先ほどまでガオマロが立っていた場所と、すぐ近くの溶けたガオマロの死体があった場所……量が半分ほど減っていておそらくガオマロの肉体分がなくなったと思われる場所を見ながらユリナは聞いた。

 その場所は落ちてきた天井の瓦礫でぐちゃぐちゃになってしまっているが、どうしても気になってしまう。


「うん。素材になったら何をしても生き返る事は出来ない。例えこの角に『リーサイ』を使ってもね。それは実験済みだ」


 シンジはガオマロの角を皆に振って見せる。

 シンジの解答に、ユリナと、それに他の3人もほっと息を吐いた。

 ガオマロがしぶとすぎて正直警戒は完全に解けていないが、少しは安心できた。


「しかし……なんで生き返ったんでしょうね? ドラゴンがガオマロの体を溶かしていたのに……」


「蘇生薬はこの研究室にあるってヤクマが言っていたし、それが死鬼化したガオマロの近くに転がっていたんだろうな。天井が落ちてきたから瓦礫をどかさないと分からないけど。ただ、問題はガオマロが死鬼化したってことだ。死鬼になるには頭の部分が半分くらいは無事に残っていないと死鬼になれないって小太郎が言っていたけど……あっ」


 ガオマロの角をiGodに収納していると、そこでシンジは何かに気がついたようだ。

 ポンと手を打ち、気まずそうに半笑いになっている。


「なにか分かったんですか?」


「いや、ほら、確かガオマロの槍にアイツの手がまだ付いていたでしょ? アレが原因かなって」


「え? でも頭が残っていないと意味が無いのでは?」


「そうだけど、ガオマロってヤクマの薬を使っていたでしょ? あの薬、ドラゴンの他にどんな魔物を組み合わせたのか知らないけど、異様に再生力が高かったんだよね。だから、もしかしたら頭のかけらでも残っていたら、それと手を使って死鬼として再生出来たのかも……」


 ユリナとシンジが目を見合わせている中、セイがチョイチョイとシンジの袖をお引く。


「そういえば、外で闘った魔物の一体がドロドロした半液体の魔物で、普通に切ってもくっついて中々倒せませんでした」

 

 セイは男達に差し向けられた洋服を溶かす魔物を思い出してそう言った。


「ドロドロした魔物って、スライムかな? だったら手と頭のかけらと、手に残っていたヤクマの薬の成分で死鬼になれるくらいまで頭が再生したのかも……確認だけど、常春さん。そのスライム、分裂とかはしなかったよね?」


 シンジの問いに、セイは片手でシンジの持ちながら、顎に指を当ててえーっとその戦いを思い出す。


「切ってもウネウネと動いていましたけど、その切った奴が私に襲いかかってくる事はありませんでしたね。一番大きな個体に集まろうとしていました。最後は杖でバラバラに吹き飛ばしたらくっつく事もなく蒸発しながら消えていきましたけど……」


 セイの話を聞く限り、どうやらそのスライムは切ったら分裂し、増殖していくタイプではないらしい。

 ベリスたちも、一応スライムの仲間であり、彼女達も分裂したりは出来ない。

 分裂するスライムがいないとも限らないが、そう多い種類ではないのかもしれない。

 セイが戦ったのはおそらくはどこかに見えない核があってそれを破壊すれば倒せるタイプのスライムであり、薬の素材も同じスライムのはずだ。

 ならば、シンジが倒したガオマロは偽物で、実は本体がこっそり逃げ出している。

 なんて事はないと思われる。

 そもそも、そんな事が出来れば、イソヤやヤクマが使っているはずだ。


「……ガオマロの角を収納するときはちゃんと『死鬼の角』って表示されたし、ステータスにも『死鬼を倒した』って書かれていたからな……どうしたの? 水橋さん」


 スライムなんて新しい情報が入ってきたので考察してみたが、ガオマロが死んでいるのに代わりはない。

 そうシンジが思っていると、ユリナがしゅんと頭を下げていた。


「私のせいですね。ちゃんとガオマロの手を処理していれば……」


 どうやら、ガオマロの手を何もせずに捨ててしまった事を気にしているようである。


「いや、手だけで死鬼として復活するなんて思えないし、確認していなかった俺のミスだ。水橋さんが気にすることじゃないよ。何度も言うけど、角を折ったからもうガオマロが生き返ることはあり得ないし」


 そう言って、シンジは手を振った。

 その手をユリナは取り、にこりと笑う。


「ありがとうございます。明星先輩」




 そんな二人の様子を見ながらマドカはつぶやいた。


「むむむ、なんか高度なやり取りをしているね?」


「そんなに難しい会話をしていました?」


「いや、会話の内容じゃなくて、その裏にある思考というか、弱った獲物を狩ろうとする肉食獣の駆け引きというか……」


 ピタリとシンジにくっついているユリナとセイを見ながらマドカはうなる。

 そんなマドカとネネコのやりとりには誰も気にせずに、ユリナはシンジに聞いた。


「……それで、これからどうしますか? もうここでする事は無いですよね? 早く別の場所に移動した方がいいと思うのですが……」


 


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