第226話 シンジが倒れる


「……ヒロカ、どうして?」


 ぽつりとネネコは放心している。


「ヤクマの言いなりになっていたことを気にしていたんだと思う。いつか、自分の中で整理出来たら戻ってくると思うよ」


 涙を浮かべていたネネコにそう言うと、シンジは力なくその場に崩れ落ちた。

 義足にしていた氷の足も、粉々に砕ける。


「先輩!」


 近くにいたセイはすぐにシンジを支える。


「……ヤバイ。そろそろ限界……っぽい」


 シンジの顔は、青白く変色していた。

 まだ胸に穴は空いているのだ。

 ここまで動けていたことの方が不思議な状態である。

 セイは慌てて自分が持っていた回復薬をシンジに飲ませる。

 回復薬を飲んで、シンジの顔色は少しだけ良くなったが、胸に空いた傷も、足もまったく治っていない。


「先輩、これを。操作は出来ますか?」


 ユリナが、シンジのiGODをシンジに渡す。

 セイがシンジに回復薬を飲ませている間に探してきたようだ。


「私もポイントに余裕はないのですが……引き抜きます。氷結を解除してください」


 ユリナはシンジに刺さったままになっている茶色く変色したガオマロの槍に手をかける。

 逆の手には、赤い色の回復薬を持っていて、引き抜くと同時にシンジの傷口にかけるつもりのようだ。


「ごめん。ありがとう」


「良いですよ。これも貸しですから」


 シンジの胸の氷が溶けた瞬間。ユリナは槍を引き抜き、すぐさま赤の回復薬をシンジの胸にぶっかける。

 通常の回復薬よりも効果の高い赤の回復薬は、すぐにシンジの胸の傷を修復していく。

 だが、それだけでは完全に戻せなかったようだ。

 シンジの胸に空いていた穴がバレーボールくらいの大きさから野球ボールほどに変わった所で、傷の修復が遅くなっていく。


「……やっぱこれも買わなきゃダメか」


 シンジはポンとiGODの画面をタッチすると、出てきた薬を一気に飲み込む。

 赤の万能薬。

 飲むと胸の穴は完全に塞がった。

 しかし、まだ足は生えていない。


「カーフ」


 回復魔法を唱えて、足を生やす。

 顔に血の気も戻ってきた。

 完全回復だ。


「……もう大丈夫なようですね」


 緊迫していた空気が和らぎ、安堵の空気がユリナやセイから吐かれていく。


「……皆動きが早いね」


 何も出来なかったマドカがぽつりとつぶやく。


「……私もいつの間にか終わっていました」


 ネネコもしょんぼりとした顔でマドカに同調した。

 ヒロカが突然いなくなって、動揺が終わる前にこの騒ぎである。

 色々引きずるだろう。そんなネネコの背中を、マドカが優しく撫でる。


「しかし、あんな状態になっても動けるなんて、ドラゴンの生命力はすさまじいですね。ほとんど不死身じゃないですか」


 引き抜いた槍を放り投げてユリナは言う。槍はドロドロに溶けたガオマロの死体だったモノに刺さり、そして粉々に砕けてしまった。


「動いている方はギリギリだったけどな。胸を貫かれていたから動けたけど、頭をやられていたら普通に死んでいたし。まぁ、させないようにはしていたけど」


「……私は死んじゃったのかと思いました。よかった、生きていて」


 ぎゅっとセイはシンジを後ろから抱きしめる。

 セイの目には涙が浮かんでいて、それは戦いの終わりにふさわしい美しい光景に見えなくもない。


 が、


「……セイの胸が大きすぎて、イヤらしさしか感じませんね。先輩の頭のほとんどがセイの胸に隠れていますよ?」


 ユリナが唇をムッと尖らせる。


「それを指摘しちゃうのか……」


 シンジは目を細めながら息を吐く。

 確かに、後頭部というより頭部全体を包み込んでいるセイのおっぱいが気持ちいいとシンジも思っていたが、空気を読んで反応しないようにしていたのだ。

 特に耳あたりは完全に挟まれていて、安らぎすら感じる心地よさである。


「それに、先輩の上半身は裸ですし……まったく」


 ユリナの指摘に、セイは顔を赤くする。シンジの今の体には鱗が生えているとはいえ、体のラインにそって綺麗に生えているオレンジ色の鱗は、うっすらと輝いていて、それが何とも言えない妖艶さを醸し出していた。

 マドカやネネコも、シンジの今の状態に気が付いたのか顔を赤くして目をそらす。

 ユリナだけはシンジの体をガン見していたのだが……そのことに気が付いたシンジが顔を赤くして、ズボンに残っていた制服のシャツの切れ端にリーサイをかけて戻し、それを上にかける。


 シャツをきちんと着ることが出来なかったのは、セイがシンジを離そうとしなかったからだ。

 顔を赤くしながらも、セイは優しく、しっかりとシンジを抱きしめて離さない。


「あの……嫌ではない、ですよね?」


 セイは、ぽつりとつぶやいた。


「ま、まぁ、嫌じゃないけど……」


「……ちっ」


 ユリナが大きく舌打ちを鳴らす。


「……ユリちゃんが悪役みたいだね」


「ヒロインの恋路を邪魔するライバルですね」


「そこの役立たず二人組は何を言っているんですか?」


 ユリナはギロリとマドカ達を睨んだ。


「いや、何も……てか、役立たずってヒドくない!?」


「終盤ほとんど何もしていないではないですか」


「そうだけど! だけどさ……」


 ギャイギャイとユリナとマドカが言い合いを始める。


「……終わりましたね」


 戦闘の緊迫感など欠片もない空気に、セイはほっと息を吐く。


「そうだね。まぁ、色々後始末をしないといけないんだろうけど……」


 そう言っていたシンジが急にセイの手をはねのけ起きあがる。


「えっ! どうしたんですか?」


「ん?」


 マドカと言い合いをしていたユリナが振り返り、そのままシンジが向いている方に目をやる。


「……な!?」


 そこには、ギラギラとしたセンスの悪い金髪の男が……ガオマロが、立っていた。

 何も身につけていないガオマロの額には一本の角が生えていて……腰に手をやり、何かを飲んでいる。


 風呂上がりに飲む牛乳のように飲んでいるそれは……死鬼に変わっているガオマロが何よりも優先して飲んでいる事から何かがすぐに分かる。


 蘇生薬だ。

 ガオマロの角が消えていく。

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