第223話 ガオマロが笑う

「……ん? もしかして、百合野円と、水橋ユリナ? マジで、もうここにいるの? 流石ヤクマ! 仕事が早い!」


 ラッキーと口角をあげたガオマロの顔は実に爽やかで、無邪気なモノであった。

 手には、シンジを貫いてる槍があるのに。

 ……シンジを殺しているのに。


「……先輩!」


 そう思った瞬間。セイが杖を持って駆け出す。

 生きているか確かめないと、助けないと。

 そう思ったとっさの行動であったが、それは叶わなかった。

 踏み出した床が落ちたからだ。

 右足だけ埋まってしまい、セイは動けなくなる。


「うっ……!?」


 シンジとヤクマの激しい戦闘と、ヒロカの炎。

 床が脆くなっている事には間違いない。

 しかし、ちょうどセイが踏み出した床だけ、右足の部分だけ落ちるのは偶然がすぎる。


 セイは床から足を引き抜く。

 どうやら、ガオマロは今までセイの事に気が付いていなかったようだ。

 セイの方を見て、うれしそうに顔をゆがめる。

 その顔を見て、セイは足を止めた。

 止まってしまった。


「あれ? もう一人可愛い子がいる。やったぁ……ロナって子の所にはいけなかったけど、十分じゃね?」


 カラカラとガオマロは笑う。


「あー楽しみだなぁ。何してもらおうかな。ユリナちゃんとマドカちゃんはまず殺すでしょ? 二人のせいで大変な目にあったしな。その後は生き返らせて……妊娠させるのは時間がかかるしなぁ。腹の中にお互いを入れる? そんで切り刻むか。ぶつ切りで足の先から。鍋で煮込んでもいいし……って料理かよ!」


 ゲラゲラとガオマロは笑う。


「そっちの可愛い子は……二人の友達? おっぱいデケェ! 何食ったらそうなるの? あーマジで楽しみ。そのおっぱいどうしようか? 油で揚げる? オーブンで焼く?」


 料理かよ! とガオマロは腹を抱えて笑っている。

 そんなガオマロに、三人は背筋が凍り付いていた。

 ガオマロは笑っているが、発言の最中にためらっている部分が一つもなかったのだ。


 ナチュラルに。

 自然体で、彼は三人を殺す発言をした。

 しかも、常人では思いつかないような残酷な殺し方で、殺すと言って笑っている。

 そうやって殺すことを、本当に楽しみにしているように笑っている。


 ガオマロの目は、真っ黒に澄み切っていた。

 セイの喉が鳴る。

 体が動かせない。セイがガオマロを見た印象は一言だ。

 人でなし。

 そのままの意味だ。

 ガオマロは人ではない。

 人の毛皮を被った、別の生き物。

 外にいた男達も、ガオマロと似たような思考をしていたが……ガオマロは別だ。

 見栄でも虚勢でもなく、根本的に人を殺すことを楽しんでいる。

 ガオマロはセイ達を殺すだろう。

 語った内容で殺し、途中で思いついた内容で殺し、おそらく飽きるまで殺して殺して殺し続けるのだろう。


 何よりも恐ろしいのは、ガオマロにはそれが出来る力があるということ。

 セイ達では、ガオマロを止められないだろうということ。

 確定している地獄が、目の前にある。

 それがはっきりとセイには……そしてほかの二人にも見えてしまった。


 シンジは、いない。


「……あぁあああああ!」


 セイは叫んだ。

 抱いてしまった恐怖を消すために。

 近い未来に地獄が訪れる。

 そうかもしれない。

 だが、それでも精一杯に足掻かないといけない。

 シンジは死んでしまっているのかもしれないが……それなら、一矢は報いなければ気が済まない。

 セイは杖を力強く握り込む。


「んお? なんだ? やる気か? じゃあとりあえず……足でも消し飛ばすか? 上半身があればおっぱいは楽しめるし……」


 ガオマロはシンジから槍を引き抜き、セイに向け……ようとした。


「ん? なんだ?」


 ガオマロの手が、途中で止まる。


 引き抜けない。

 片手では無理だととっさに両手で引き抜こうとするが……それでも抜けない。

 ガオマロは槍を見た。

 槍が、凍り付いている。

 その槍を持っている自分の手も凍っていて離れない。

 今の季節は冬。

 手の感覚が無くなるくらいには寒いが……凍り付くほど寒くはない。


「……『カーフ』」


 小さな声が聞こえた。

 同時に、ガオマロは腕を叩かれた。

 それだけでバランスを崩されたガオマロは、簡単にこけてしまった。


「いてっ!?」


 そのまま倒れ込んだガオマロは打ってしまった頭を押さえる。

 そこで気が付いた。


「……ん?」


 自分の頭を押さえることが出来ていないことに。

 自分のバランスが崩れている事に。

 ガオマロは、ゆっくり自分の両手を見た。


 先が無かった。

 手首から先が、両手とも無くなっている。

 血は出ていない。

 ただ、無くなっているのだ。


「なっ……な……う、腕!? 俺の腕ぇ!?」


「……やっと一撃。しかも届いたのは手だけか」


 困惑しているガオマロの前から、声が聞こえた。


「な、なんで、お前が動いているんだよ!」


 ガオマロが叫ぶ。


「なんでって……お前を殺すため」


 そう答えたのは……ガオマロの槍で胸に大きな穴を空けたシンジだった。

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