第222話 セイが泣く

「……どうしたの、ユリナさん? 先輩は無事?」


 慌てた様子のユリナに、セイはきょとんとして質問する。


「大丈夫ですよ。今頃ヤクマと戦っているはずです。それより、その子を殺すのは待って下さい」


 ユリナに続いて、マドカとネネコ、そして三匹の妖精達がやってくる。


「……ああ。もしかして、ネネコちゃんにこの子の最後を看取らせたかったの? そういえば同学年だったわね」


 ネネコとヒロカは友達だったのかもしれないと、セイは推察する。


「いえ、そういうわけではありません」


 言いながら、ユリナはiGODを操作して何かのアイテムを購入すると、その瓶の蓋を開けながら転がっているヒロカの方に向き直る。


「……『リーサイ』」


「……ちょっ!」


 そして、ためらいもせずに修繕魔法をユリナはヒロカに唱える。

 死鬼状態になった者に修繕魔法を使用すれば、その者の体は元に戻ってしまう。


 ヒロカが戻れば、位置的にセイよりもはやくユリナがヒロカに襲われるだろう。

 ユリナを守ろうとセイは駆け出そうとした。

 が、その足をセイは止めてしまう。


「……え?」


 ヒロカの姿に驚いたからだ。


 地面に横たわっているヒロカには、どこにも鱗がない。

 牙も見えないし羽もないし、手に生えている爪も丸くて尖っていない。

 額に角が生えている事以外は普通の女の子の、傷一つない柔らかそうな体がそこにはあった。


「……やっぱり、勘違いしていましたね」


「勘違い?」


 ユリナは地面に座ると、MPを回復させる魔法薬を飲みながらセイに答える。


「ええ。明星先輩は確かにこの子を殺したいと思っていました。でもそれは別に楽にしてあげたいとかそういった思いではないのですよ」


 ユリナは手早く魔法薬を飲み終えると、横たわっていたヒロカにユリナが飲んでいた薬と別の薬を飲ませていく。


「この子がヤクマに打たれた薬は通常の手段では元に戻せません。回復魔法では古い傷跡を消せないように、鱗や牙も体の一部と見なされて治してしまうからです」


 ユリナは、ヒロカに飲み終わらせた瓶を地面に置く。


「……しかし、修繕魔法。『リーサイ』は別です。この魔法は、モノを完全に元の状態に戻します。錆びようが折れ曲がろうが関係なく。そして、この魔法は人にも通用するのです。人が死んで、死体というモノに、死鬼になってしまえば」


 横たわっているヒロカを見て、セイは息を飲んだ。

 ヒロカの額にあった、角が消えている。


「……私達の体にあった傷跡が消えていた事から、一度殺してその後にリーサイを使えばヤクマの薬を無効化出来ると考えていたようですね。先輩の目的は、ヒロカを殺すことではなくて……」


 ヒロカが、ゆっくりと目を開けた。


「……うぅん」


「……ヒロカ!」


「……ネネコ?」


 目を開けたヒロカに、セイの後ろに立っていたネネコが飛びつく。


「よかった! よかった! 本当によかった!」


「……えっと?」


 困惑するヒロカをよそに、ネネコは泣きながらヒロカを抱きしめる。


「……元に体に治すことだった、ということですよ」


 ネネコに場所を譲ったユリナは、ポンとセイの肩を叩く。


「……そうだったんだ。私、勘違いして……」


「まぁ、でもあの子だけを救いたかったわけではないようですけどね」


「え?」


 困惑するセイに、ユリナは微笑む。


「あの子を治して生き返らせたのは、あの子のためではなくて、セイのためでもあったんですよ?」


「……私のため?」


「ええ。あの子はセイの知り合いだったんでしょう? だから先輩は私をすぐに向かわせたんです」


 ユリナは、セイの頬に手を当てた。

 そして、目尻を軽く拭う。

 それでセイは気が付いた。

 自分の目から涙が溢れていることに。


「え? なんで、私……」


 わたわたと慌てて、セイは顔を覆う。


「早く泣き止んでくださいね。先輩の所に戻らないといけないので」


 言いながらユリナは落ちていた小さな布を手に取る。

 セイがバラバラにしたヒロカの制服の一部だ。

 それに修繕魔法をかけて、元に戻した制服をヒロカに渡す。

 ヒロカは今、何も身につけていない状態だった。


「あ、ありがとうございます」


「下着は後で渡します。私もポイントに余裕がないのです」


 ヒロカの礼にユリナが答えていると、校舎から何かが飛び出してきた。


「……ドラゴン?」


 白いドラゴンの子供が何かを抱えて飛んでいく。

 そして、体育館の上空に着くと、その何かを叩きつけた。


「羽が生えていたけど、先輩じゃないよね?」


「鱗の色が違いましたけど……」


 マドカとユリナが目を合わせていると、セイがおもむろに立ち上がった。


「……行こう」


「ちょっ! 待って下さい。さっきのが先輩だとは限らないですよ?」


「あれは先輩じゃない! でもあんなのが飛び出してきたんだよ? 早く行かないと!」


 もう、セイの目に涙は欠片も残っていない。

 飛び出したセイの後を追いながらユリナはまだ制服を着ていたヒロカと座っていたネネコに言う。


「二人は後で来て下さい。先に行きます」


 二人の護衛としてグレスとオレスを置いて、先ほどヒロカが空けた穴から中に入り、三人とベリスはシンジがいる研究室に向かう。


「さっきのがヤクマだとしたら……もう決着はついたのでしょうか?」


「かもしれないね。だったら次はガオマロが帰ってきた時にどうするか、だね」


 話しながら、三人は階段を駆け上がっていく。

 この程度の段数なら息が切れることもない。

 あっという間に研究室にたどり着いた。

 だから、気が付かなかった。

 途中でベリスがその姿を消した事に。





「あー失敗失敗……ん? なんだお前達?」




 研究室に到着した三人が見たのは、槍を持った男性と、その槍に貫かれているシンジの姿だった。


 シンジは目を閉じていて……槍は、明らかにシンジの致命的な部分に突き刺さっている。

 シンジはピクリとも動かない。


「ガ……オマロ?」


 ユリナが震えながら槍を持っている男性の名前をつぶやいた。

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