第216話 ドラゴンの子どもが『幸せ』
「ヒロカが『守護龍人』ならコイツはそのまま『守護龍』か。『幸せ』を守る『守護龍』……なぁ、生き物は何のために生きていると思う?」
傷だらけであるが、致命傷はない。
なんとか体を起こし始めているシンジをよそに、ヤクマは語る。
「それは『幸せ』になるためだ。『幸せ』のために、『幸せ』を感じるためにこの世のあらゆる生き物は生きている」
ヤクマは、隣に立っているドラゴンの子供を撫でた。
そのヤクマの顔に向けて、シンジは蒼鹿を紅馬で打って飛ばす。
蒼く光る刃が爆発の力で進んでいくが、その刃はドラゴンの子供のしっぽであっさりとはたき落とされた。
「無駄だ。コイツは今、俺を守る事に最大級の『幸せ』を感じている。命令する必要もない。コイツは『幸せ』を感じるために、親を害し、自身も生き血を取られ続けた俺を守っている。俺を守るためにコイツは生きている。それに『幸せ』を感じている」
『コイツの幸せは、俺の幸せだ』とヤクマは口を開けて大きく笑った。
「これが『幸せ』の力だ。これが俺の力だ。『幸せ』は……何よりも強い!」
ヤクマが、シンジに右手を向ける。
その動きに合わせて、ドラゴンの子供がシンジに襲いかかった。
「ぐぅ!?」
前足でシンジを押し倒したドラゴンの子供は、シンジの首に噛みつこうする。
閉じようとするドラゴンの口を、シンジはなんとか両手で押さえた。
「噛みちぎれ! 殺した後に、生き返らせて、また殺す! 蘇生薬は大量にあるからな。ちゃんと壊さないように攻撃したんだぜ?」
ヤクマは、さきほどの部屋をまるで首を掻き切るような仕草で指す。
「気が済んだら『幸せ』にしてやるから安心しろ。笑顔でさっきの女共を殺せるようにしてやるよ」
ゲラゲラとヤクマは笑う。
おそらく、今のヤクマは『幸せ』の絶頂にいるのだろう。
そんなヤクマの様子を見たシンジの感想は、『醜い』それだけだった。
「……なぁ、お前は『幸せ』か?」
「ああん? そんなの決まって……」
「お前じゃない」
シンジは、ヤクマの言葉を遮る。
「俺はお前に聞いているんだ。目の前の、お前に」
シンジは、じっとドラゴンの子供の目を見ていた。
「……どうした? 気でも狂ったか? そんなは虫類が人間の言葉を理解出来るわけがない。そもそも、俺の薬で『幸せ』になっているんだ。『幸せ』の感情以外、そいつにはない」
ペラペラと話すヤクマを無視して、シンジはドラゴンの子供に話しかける。
「……悔しくないか? あんな奴の言いなりになって。言いように動かされて。本当に、今のお前には『幸せ』の感情しかないのか?」
ドラゴンの子供に、変化はない。変わらずに、シンジを噛み殺そうとして力を込めている。
でも、シンジは続ける。
「……お前の親に会ったよ。この鱗の色に、俺の鱗に、見覚えはないか?」
ドラゴンの子供は変わらない。
「胴体に大きな穴を空けられて、体中傷だらけで腐りかけていて……それでも、お前の親は生きていた。体だけじゃない。心もしっかり生きていた。目には光があって……堂々としていた。何も諦めていなかった」
徐々に、ドラゴンの口が閉じていく。あと数センチで、牙はシンジの喉元に届いてしまう。
「しっかりしろ! お前はあのドラゴンの子供だろ!? ちゃんと、自分を取り戻せ! 『幸せ』になんかに負けるな! あんな奴に負けるな!」
「……さっさと殺せ」
呆れたように、ヤクマは息を吐く。
その瞬間。
ドラゴンの口が閉じた。
鮮血が、パッと飛び散る。
「やっと死んだか……ガオマロが帰ってくるまであと三十分、早く外にいる奴らも殺さないとな」
ヤクマはドラゴンの子供に、セイたちを殺すように命じる。
しかし、ドラゴンの子供は動かない。
「……生きていたのか」
様子を見ようと体をズラしたヤクマは、ドラゴンの子供の体に隠れていたシンジの姿をはっきりと見た。
倒れているシンジの首はしっかりとつながっていて、代わりに、シンジの右腕が肘から無くなっていた。
「首の代わりに腕を犠牲にしたのか。よくやる」
ふっとヤクマはシンジを見て笑う。
それは、明らかに見下したモノだ。
倒れているシンジは、苦痛で顔をゆがめて腕を押さえている。
その腕から流れる血の量は、例え今は首をちぎられていなくても、その命の長さにさほど代わりがあるようには思えない。
「自ら苦痛を味わうか……なら、そのまま四肢をちぎっていくか」
急速に、ヤクマは自分の頭が冴えていく感覚を覚えていた。
薬が落ち着いてきたのかもしれない。
抵抗するなら、なぶり殺す。
どうせあとで拷問するのだ。
シンジの苦痛が増えることは、ヤクマにとってなんの問題もなく、むしろそのために殺そうとしているのだ。
「やれ、食いちぎれ」
ヤクマはドラゴンにシンジの四肢を食いちぎっていくように命じる。
しかし、さきほどと同じように、ドラゴンは動かない。
「……どうした?」
「ただで腕を食わせるわけねーだろ?」
苦痛で顔をゆがめながら、それでも笑っているシンジに、ヤクマは怪訝な目を向ける。
「……お前、いつの間に?」
そこで、ヤクマはシンジの今の様子にようやく気がついた。
シンジの体中に生えていた鱗が無くなっている。
よく見ると、羽も、爪を、牙も、無くなっておりシンジは普通の人の体になっていた。
「『他己陶酔』を解除した。どうだ? 自分の親の牙の味は?」
ドラゴンの子供の体がゆっくりと倒れて、開けたままの口から、牙が一本落ちてきた。
子供の牙と大きさがかなり違う。
落ちた牙は輝きを放っていた。
「痛いか? その牙は、お前の親がコイツやガオマロを殺すために用意したとっておきだ。普通の牙じゃないはずだ」
ドラゴンの子供の目は上を向き、体はビクビクと震え始めた。
「……毒か? おい、起きろ! お前に打った薬は毒だろうが何だろうが全てを『幸せ』に変える。さっさと起きてコイツを殺せ!」
ビクビクとドラゴンの子供は震えているが、動き出す気配はない。
苦しそうに痙攣している。
シンジは落ちていた牙を拾い、ドラゴンの子供を足で仰向けにするとそのまま足でドラゴンの子供の体を抑えた。
「お前の親の牙だ。もう一度味わえ」
そして、シンジはドラゴンの子供の胸に牙を突き立てた。
胸にある穴の空いた鱗からずぶずぶと牙が肉体に食い込んでいく。
「ゴブッフ」
ドラゴンの子供の口から、大量の血液があふれ出す。
「く……っそ!」
ヤクマがシンジに襲いかかる。
片腕がない状態なら勝てると思ったのだ。
「よ……っと」
しかし、すぐにシンジは氷の壁を作り出し、ヤクマの周りを覆う。
「こんな壁!」
ヤクマは、氷の壁を思いっきり叩いた。
しかし、氷の壁はビクともしない。
「な、なぜだ!? さっきは一撃で……」
「……お前、自分の様子に気づいていないのか?」
シンジに指摘され、ヤクマは自分の手を見た。
そこには柔らかそうな手のひらがあり手の甲を見ると鱗がない。
爪も、鋭くない。
「ま、まさか……」
「時間切れだ。普通の体に戻っているぞ? 確か、カズタカとかに渡していた薬はすぐに効果が切れるよな?」
「くっ……」
「ヒロカちゃんに打った薬だけじゃなくてカズタカの方の薬を混ぜたのは……ずっと姿が変わるのが嫌だったからか? 他人の姿は変えていたくせに。まぁ、すぐに切れると思ったからこっちもチマチマ殴っていたけど……それでも効果が無くなるにしては早すぎるけどな。効力が強い分、早く切れたか? 暴れていたからな。傷を治癒していくと時間が短くなるみたいだから、ドラゴンとしての強さを発揮していくと短くなっていくのかもな」
考察しながら、シンジはヤクマに近づいていく。
片腕がないせいか、その足取りはゆっくりだ。
「……だったら!」
ヤクマは、注射器を再び首に打つ。
「もう一度薬を打てばいい。効果が切れたら何度でもな! 今度はさっきの倍量だ。片腕がない状態で、ドラゴンでもない状態で、俺に勝てるかな?」
「……その薬、一日一回じゃなかったか?」
「『幸せ』に不可能はない!」
ビキビキとヤクマの肉体が変化していくが、シンジはそれに動揺するそぶりを一切見せない。
「そうか。まぁどうでもいいけど……ちょっと俺が考えていた事を言ってもいいか?」
「……なんだ? 命乞いか?」
「いや、俺がお前に勝って……俺がお前を殺す。それでいいのかな、ってな」
「何を言って……」
ヤクマの言葉は、シンジの隣でゆらりと立ち上がったモノに遮られた。
ドラゴンの子供だ。
「ふっ……終わりだな」
ヤクマは笑みを浮かべる。
「牙の毒より、俺の薬の『幸せ』の方が勝っていたようだ。当然か。元々アイツの親の血液と他の魔物の素材を組み合わせた薬だ。効かなくても不思議じゃない。どうする? 命乞いをしてみるか?」
「命乞いか……そうだな、やってみるのもいいんじゃないか?」
「……やってみる?」
ヤクマがシンジの言葉に疑問を感じた時には、ドラゴンの子供はヤクマの目の前にいた。
「……なんだ? なぜこっちに来た。お前はアイツを……」
シンジの作った氷の壁をあっさりと壊し、ドラゴンの子供はヤクマの胴体を掴む。
「……な!?」
「……ドラァアア」
ヤクマを捉えたドラゴンの子供の瞳は、ヤクマに対する敵意に満ちていた。
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