第206話 シンジがいるのは

「……うっ」


 体中から軋むような痛みを感じながら、シンジは目を開けた。

 直後によぎるのは、自分に起きた出来事の回想。


 シンジは、スカートを着たドラゴンのような化け物を相手に戦った。

 刃を一切通さない強靱なうろこ。シンジの遙か上をいく、まさしくドラゴンのような圧倒的な膂力。

 それらを持つ相手にシンジは一方的に打ちのめされ、倒れた。


 動けないシンジを、見下ろすドラゴンの化け物。

 そこで、決着がついたと思ったのだろう。

 ドラゴンのような化け物はシンジの体を担ごうとした。

 そのとき、シンジは体内に取り込んでいた双剣、紅馬蒼鹿の能力を使い、ドラゴンのような化け物を凍らせたのだ。

 完全に凍らせる前に、ドラゴンにとどめの一撃をもらい、シンジは気絶してしまったのだが……シンジは周囲を見回す。


 それは、気絶してしまった時とはまったく違う光景。

 しかし、なにやら覚えがある光景。


「……どこだ、ここ。マットがあってボールがあって……体育館? の用具室?」


 カゴに入っているバレーボールや自分が寝かせられていたマットを見て、シンジは自分いる場所を予想する。


 同時に、シンジは自分の手にかけられたモノに気が付いた。


「……手錠。ただの金属製みたいだけど、素手で外すのは無理か。気絶したら手錠を付けられて体育館。なんか覚えがある光景だけど……なんで殺さなかった?」


 ドラゴンのような化け物に負けた時点で、シンジは死を覚悟していた。

 学院にいる奴らは、人の命など本当にどうでもいいと思っているような奴ばかりだからだ。


「……あの子が殺せなかったのか。それとも俺に何かする気か。逃がすつもりは無いようだけど」


 服は取られていないが、iGODなど衣服に隠していた薬や武器は全て没収されている。

 チャラっと手錠の鎖の音を立て、軋む痛みに耐えながらシンジは体の向きを変えた。

 そこには、通常の体育館の用具室にはあると思えないようなモノがあった。


 光の球体。


 あまりまぶしくはないが、異質な力を感じる。


「……体を動かすと、めっちゃくちゃ薄い水に浸かっているみたいだなこの場所。少しだけ体の動きを阻害する結界。みたいな感じかな」


 何か、ほかにも出来ない事がこの場所にあるのだろう。

 用具室の中には誰もいない。

 シンジは、いろいろ試してみることにした。


「……iGODは呼び出せない。魔法も回復魔法は使えるけど、攻撃系は無理。手錠も外せない。技能はそもそも使えているか分からないし、ベリス達も呼び出せない、か」


 回復魔法のおかげで、体を動かしても痛みはもうない。

 息を吐き、ストレッチをしながらシンジは光の球体の考察をする。


「……自分にかける回復魔法に効果があるなら、光に満ちている範囲内の魔力の動きを阻害する、とかかな。じゃあ」


 シンジは、マットの隙間に手を入れる。

 ここなら光は通らない。


「……『ホーノ』」


 炎を生み出す魔法を使ってみたが、なにも起こらなかった。


「さすがに無理か。光って言っても通常の光じゃないしな。使えないというより変化しないって感じだけど」


 シンジは、唯一の出口である用具室の扉を見る。

 武器も魔法も技能も無しに簡単に開けられるほど、チャチな作りはしていない。


「何回か全力でぶつかれば開けられるかもしれないけど……さすがに音が出るし、そんなんで出られるほど甘くないよな?」


 言いながら、外から見た学院の男たちの様子や警備の様子を思い返すシンジ。

 正直、ドラゴンの化け物以外ただのチンピラだった。

 ぶつかっても出られるかもしれない。


「……いや、いやいや。さすがにそれはないでしょ。こんな高そうな道具を使って、それはない。さすがにない」


 シンジはもう一度光る球を見る。

 範囲内の魔法や技能を封じる球。

 数万ポイントは軽くするだろう。


「……これ、壊せないよな?」


 ただ浮いている光の球を見て、シンジはふいに思いつく。

 念のため、シンジはカゴに入っているボールを手に取り光の球に投げてみた。

 勢いよく投げられたボールは光の球に向かっていったが、光の球に近づくにつれて遅くなり、当たることなく床に落ちてしまった。

 どうやら、光の影響が大きくなり近づけないようになっているようだ。


「……良かった。なんか安心した。これで壊せたら、もう逆に困ったわ」


 ふう……と息を吐き、シンジは再び扉に目を向ける。


「体当たりでもして扉を開けるか。気づかれるかもしれないけど、このままここにいるよりマシだよな」


 待っていても、ロクな事にならないのは明白である。

 誰か来た場合、戦闘になるかもしれないが……相手がシンジの事を丸腰だと思っていた場合、不意を付ける。


 シンジには回収されていない武器があるのだ。

 それを相手は知らないはずだ。

 ドラゴンの化け物やガオマロなどが来ない限り、勝算は高い。


 そんな事をシンジが考えていると、扉が開いた。

 誰かが入ってくる。


「ぶふうう……気が付いていたのか。会いたかったよ……くくくく」


「……カズタカか」


 入ってきたのは、マンションを支配していた男、カズタカだった。

 着ている赤いジャージは、マンションから出ていった時のモノとは違っていたが……その醜く肥えた体型は、なにも変わらない。

 カズタカの背後で、扉が閉まる。


「あれ? 驚かないんだ? 僕ちゃんがココにいることに。もしかして誰かに聞いた? それでココに来て捕まったとか? そうだったら、バカだねぇ」


 勝ち誇ったような笑みをカズタカは浮かべる。

 その手には、見覚えのある杖。

 また当てたのか、ガオマロに貰ったのかは分からないが、『魔雷の杖』をカズタカは持っていた。

 シンジのモノはユリナに戻している。


「聞いた事は聞いたけど……そもそも、お前を学院に追いやったのは俺だからな」


 シンジの返答に、カズタカの勝ち誇った笑顔は目を細めた怪訝な顔に変わる。


「何を言っているの? 僕ちゃんはガオマロさんに拾われてココに……」


「生きていたら、学院に向かうようにした。お前がマンションから走り去ったのは俺の魔法に追い立てられたからだろ? あのとき、まっすぐ市内に、学院に向かうように魔法を打った。がむしゃらに逃げていたら、ココにたどり着くようにな」


 当たり前のように言ってのけるシンジに、カズタカはさらに目を細める。


「……何でそんな事を?」


「そうすればガオマロ達がマンションに攻めてくるのを遅らせる事が出来ると思ったからだ。学院にヤバい奴らがいるのは分かっていたからな。お前、ガオマロ達とはじめて会った時にこんな事言っただろ? 『明野ヴィレッジから来た。あそこにはもう何も無いから移動している最中だ』とか」


 カズタカは、口を閉じて押し黙る。


「プライドが高くて負けず嫌い。なおかつ人に相談や頼ることが出来ない。その年まで引きこもっていたくらいだからな。ガオマロたちに言わないで、自分で取り返そうと思ったんだろ? おかけで、俺たちは一ヶ月近くガオマロ達を遠ざけることが出来たわけだ」


 ご苦労様、とシンジが言うと、カズタカは体を震わせて吠えた。


「う……うるさい! なんだよ偉そうに! デタラメばかり言いやがって!」


「本音を言うと、もう少しココをかき乱してくれていたら助かったんだけどな。ちょっと期待しすぎたか。まぁ、引きこもりにそこまで期待するのは無駄だったか……」


「人の話を聞け! 毎回毎回……俺のこと舐めてるだろ? 見てろよ?」


 カズタカは、金色に光る注射器を取り出し、中に入っているオレンジ色の液体を自分の腕にかけ始めた。

 オレンジ色の液体は、徐々にカズタカの体内に浸透していく。


「この場所だとその光の球の結界で技能や魔法はほとんど使えない。けど、光が届かない体内なら……ヤクマさんの特性強化薬なら効力を発揮する!!」


 液体が浸透していくにつれて、カズタカの体が、筋肉が大きくなっていく。

 着ていたジャージさえ破いたその姿は、まるでオークのように醜い、太った歩く豚。


「……はははぁ。どうだ、強そうだろう? イソヤさんは、大きくなるのが気持ち悪いって言っていたけど、その分効力は抜群……くく……ははっはぁああああああ」


 ビクビクと、豚……もとい、カズタカは震えだした。


「し、幸せだぁ……幸せすぎるぅう……。く、くくくぅダメだ、もっと、もっどだぁ……これは、もっどぉ……」


 震えて、上を見ていたカズタカは、目線を下げて、シンジを捕らえる。


「お前……よく見ると可愛い顔しているよな? 穴もあるし……早く始末しろって命令だったけど、良いよな? 少しくらい……杖で動きを止めて、ココには使える穴が無い」


 ひひひ、とカズタカは涎をまき散らしながら飢えた獣のようにシンジに飛びかかる。


「ぶひゃはははっは! 死ねぇえええ……? え?」


 そして、シンジに触れる直前。

 カズタカは凍り付いていた。



「体内なら効力を発揮する。なら、体内に入れた武器は取り出せるよな?」


 手錠に拘束されたシンジの手には、先ほどまで持っていなかった蒼色の短剣が煌めいていて、その刃先がカズタカの腕に食い込んでいた。


「武器も、お前が持ってきているくらいだし体内に入れさえすれば使えるんだろ? 使えるとは思っていたけど確証が取れて助かった」


 凍り付いたカズタカの様子をシンジは見る。


「……さて、ちょっと情報収集しようか」


 そして、カズタカに向けてシンジはニコリと笑う。

 その顔には、もちろん可愛さなどひとかけらもなかった。





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