第205話 倒し方がエグい

「うがぁああああ!」


 何度目かわからない、埴生の鎌をユリナはひょいと飛んで避ける。


「……早いですけど、当たる気がしないですね。セイのパンチの方が何倍も避けにくい……これが格闘技というモノなのでしょうか。でも、こちらの攻撃も効果は薄い」


 時折。今もだが、ユリナは斬撃を避けつつ、埴生に炎球の球を投げつけたりして攻撃している。

 しかし、ユリナの炎では、埴生に当たってもすぐに消え、火傷も治してしまう。

 相手の攻撃は当たらないが、こちらの攻撃も効かない。

 そんな状況。


「ユリちゃん」


 マドカが、ユリナの方を見て、手を開いたり閉じたりした。

 やりながら、マドカは埴生の鎌を避ける。


「……ふむ。ようやくですか」


『準備完了』そんなマドカの合図を受け、ユリナはポケットから瓶を取り出し、その中身を埴生にぶちまけた。


「がぁっ!?」


 瓶の中身が、マドカに向かっていた埴生にかかる。


「なんだこれは……ガソリン? き、貴様……教師に向かって……いい加減にしろよぉお!! 先生を……愛と正義の味方である先生を、何だと思っているんだぁああ!」


「なんですか、それ。そんな事より、マドカの方を見なくていいんですか?」


 ユリナは、埴生の横を指さす。


「炎を出せるのは、私だけじゃないんですよ」


 ユリナが指を指した方向にはマドカがいて、マドカは、まだ埴生に対して一度も振るっていない緑と赤色の斧『炎風の斧』を構えていた。


「はあぁあああああ」


 気合いの声と共にマドカが斧を振ると、強烈な風と炎が埴生を襲う。


「うぉおおおお!?」


 埴生は最初に彼がいた小部屋に吹き飛ばされていく。


「ぐっ!? ぐぅおおおおおおおお!?」


 埴生の体は、燃えていた。

 ユリナがかけたガソリンが引火し、彼の体を燃やしているのだ。

 埴生は、苦悶の声をあげながら、部屋の中をゴロゴロと転がる。


「……これで終わるといいのですが」


 最初にユリナが部屋に放った炎は消えていたが、ガソリンと体に引火した炎はなかなか消えないようだ。

 しばらく転がったあと、埴生の体に銀色の布のようなモノが巻き付き始めた。


「……ちっ、気づきましたか」


 銀色の布は、埴生の上半身をきっちりと覆い隠す。


「ユリちゃん。あれ……」


「手袋の形状変化ですね。あれで酸素を無くして消す気でしょう。意外と頭が回りますね」


 ぎゅっと、銀色の布が縮んだかと思うと、煙があがりゆっくりと埴生が起きあがった。

 上半身を銀色の布に覆われた埴生は、まるで西洋の鎧を着込んでいるような様子になっている。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 頭も覆われていて、少し視界が狭くなっているのだろう。

 ふらふらと、埴生は向きを変え、ユリナ達を視界にとらえる。


「お、おおおおおおおおおおおお!!」


 そして、埴生は吠えた。


「先生にこんな事……先生にこんな事をしたんだ! どうなるかわかっているなぁ!? めちゃくちゃにして、処女に戻してやる! この『|鋼鉄の処女(アイアンメイデン)』でぇえええええ」


 埴生の体を覆ったまま、銀色の手袋は手の先を無数のトゲがついた板に変える。


「……ふむ。安直ですが、見た目と言動には合っている武器の名前ですね。先輩が聞いたら悔しがるでしょうか」


「余裕あるね、ユリちゃん」


 埴生のネーミングセンスを評価するユリナに、マドカは呆れたように目を細める。


「余裕ですか。それは当然あるでしょう」


 一メートルはあるトゲがついた板を振り回しながら埴生がユリナ達に近づいてくる。


「うがぉおおおおおおおおおおおお……おっ!?」


 しかし、数歩歩いた所で、埴生の動きが止まった。


「もう、決着はついているじゃないですか」


 ピクピクと埴生の体は震えているが、それから動き出す気配はない。


「それは、そうだけど」


 マドカが息を吐くと、ネネコがユリナ達の所に駆け寄ってきた。


「ネネコちゃん! 大丈夫だった?」


「はい。なんとか……あの男の人は、どうなったんですか?」


 怪我をしていないか、ネネコの体をマドカが確認していくのを無視しながら、ユリナはネネコの質問に答える。


「ああ。植物を生やしたんですよ。体の中にね」


「体の中?」


 ピクピクと体を振るわせている埴生の体は、今手袋が変化した銀色の布のようなモノに覆われ、見ることが出来ない。


「マドカが炎の風であの男を燃やしたじゃないですか。その風に、植物の種も紛れさせていたのです。熱に強く、広範囲に強靱な根をはるように改良した植物の種を。それを炎で表皮を無くした埴生の体に風で植え、発芽させたのです」


 例えば、コアラの餌として有名なユーカリは、山火事によって繁栄した植物であると言われている。

 ユーカリの種は強靱な殻で覆われていて、山火事によってその殻が破裂し、飛び出た種子が広範囲に広がって、その後、山火事の後に降る雨によって発芽するのだ。

 また、人の体に植物が発芽するのも、まれにだが実際にあることのようである。

 歯や目などに植物の種が入り発芽したりするらしい。

 人の体は水分も栄養もあって、植物が発芽する要因はある。


「えっと、じゃあ、今あの男の人の銀色の鎧みたいなのの下は……」


「無数の植物が芽を出しているでしょうね。ワラワラと。声さえ出せないほど、植物の根が体中に行き渡っているようですし」


「ひぃー」


 その様子を想像したのか、ネネコは顔を青くする。


「本当、マドカは残酷な事をしますよね」


「ちょっ!? 待ってよ! その方法を考えたのはユリちゃんでしょう? イソヤみたいな奴が出てきたらどうしようって私が相談したら……」


「実行したのは貴方じゃないですか。私のせいみたいな言い方は止めてほしいですね。それに、この男はそんな残酷な事をされてもしょうがない事をしてきたのではないですか?」


 ユリナの言葉に、一番反応したのはネネコだ。

 青かった顔は、しゅんと無表情に変わる。


「……そうですね」


「……ネモンもあのままで良いでしょう。死のうが生きようがどうでもいいですし。それより、先輩です。ここにあるモニターに先輩は映っていません」


 片腕を失い、ネネコに蹴られた事で失神しているネモンを、本当に興味がなさそうに一瞥したあと、ユリナはモニターに目を移した。

 埴生との戦いで、モニターだけは傷つけないように戦っていたのだ。


 それが出来るくらいには、余裕があった。

 セイとの特訓のおかげだろう。

 そのセイは今、大暴れしている。

 監視モニターのいたる所で、セイの分身が男たちをなぎ倒していた。


「……なんか、変なのがいない?」


モニターを見ていたマドカが、首をかしげる。

セイがシンジからもらった杖のような武器を持っていることから、おそらく本体と思われるセイとネバネバとした半液体状の生物が対峙していた。


「……スライムですか。セイの攻撃が打撃なので有効だと判断したのでしょう。どうせ服だけ消すとか、女性の体液を栄養分にするとか碌でもない性質のスライムなのでしょうが」


ユリナの推察に、ネネコが頷く。


「……大丈夫かな?」


「大丈夫でしょう。私でも対策はいくつか思いつきます。今のセイなら……」


スライムに普通に殴りかかったセイの服にスライムが張り付き、服を溶かしていく。


「……大丈夫でしょう」


「大丈夫かな!? なんかセイちゃんとってもスゴイ格好になっているんだけど!?」


モニター越しのセイは、スライムに服を溶かされて、色々な部分が見えている。


「……下着の色はピンク。可愛らしいですね」


「そんな感想いらないよ!!」


ユリナも、若干汗をかいている。


「……まぁ、とにかく。外の男はセイに任せたのです。どんなにピンチでも私たちに出来るのは明星先輩を助けることです」


「……そうだけどさ」


「で、明星先輩の居場所ですが。現在このモニターには映っていない場所が五カ所あります」


そう言って、ユリナはモニターを指さす。


「五カ所?」


「ええ、五カ所です。そして、監視カメラに先輩が映っていない以上、その五カ所の内のどこかにいるはすです」


「じゃあ、その場所を一つ一つ探して……」


 ネネコの言葉に、ユリナは首を横に振る。


「え……?」


「もう、場所は絞れています。映っていない五カ所は、まずはこの部屋。警備室。監視をしている部屋だから当然です。次に校長室、保健室、理科棟の理科実験室。そのうち、校長室と保健室は、リーダー格であるガオマロやイソヤが使用していた部屋でしょう。だから映していない。なので、候補は二つ。おそらく、ガオマロが不在の中、実質的なリーダーであるヤクマがいると思われる理科実験室か、最後の一つ……」


 監視カメラに映っていないその場所は、校内でも広く、監視しない理由が見あたらない場所だ。

 なぜ、その場所を映していないのか、その理由まではユリナに分からなかったが、その場所にシンジがいる可能性が高いとユリナは思っていた。


 ヤクマ自身は、シンジに使えなくされたという守護龍人という化け物を直す事に忙しいらしいし、理科実験室にも、シンジを捕らえておけるような場所が無いからだ。


 映っていないその場所にも、そのような場所は無いはずだが、広いため、どのようにも改造出来るはずである。たとえば、捕らえたモノ達を収容しておく檻を設置するなど。


(……というよりも、ヤクマの所に先輩がいたら、確実に詰むだけなのですが)


 ヤクマにシンジが操られていたりしたら、もうどうしようもない。

 その可能性から逃れるように、ユリナはその最後の場所に行く提案をする。


「では、行きましょうか。た……」


 いや、提案しようとした。

 ユリナの言葉は、ユリナの首に感じた熱によって遮られた。


「こ……れは?」


 とっさに、ユリナは首に右手を当てようとしたが、右手は少し動いて止まってしまう。

 思うように、体が動かない。


「ユ……リ……」


なんとか、頭を動かし、ユリナはマドカの方を見る。


「く……び……」


 マドカが、動かない体をなんとか動かして伝えようとしている言葉が何か、ユリナには分かった。

 それは、ユリナもマドカを見て言おうとした言葉。


 ユリナも、マドカも、そしてネネコにも。

 三人とも、首に金色に輝く注射器が刺さっている。


(……なぜ? セイはまだ、戦っているはず。それに、警備室を掌握した今、私たちに気づけるわけが……)


 モニターでは、セイはちゃんと戦っている最中だ。

 さらに服装があられもなくなっているが。

 ただ、何事もなく戦っている。

 周囲の男達の目線を集めて。

 これだけ目立っているなら、真っ先に狙われるのはセイのはずなのだが……

 ユリナの視界が変わる。

 ハンガーをこめかみに当てると頭が横を向いてしまう現象のような、どうしようもない体の意志が、思考と関係なく、ユリナの体を動かしていく。


(……どこに)


 ゆらゆらと、まるでゾンビのように……いや、死鬼のようにユリナ達はどこかに向かって歩き出した。

 その場所は。

 まさしく、地獄のような場所だった。

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