第207話 実験が悲惨
「ひぃー……ひぃー……」
甲高い質の悪い笛のような声がカズタカから漏れている。
頭を残し、全てが氷に覆われているカズタカは寒そうに息を吐く。
そんなカズタカの顔にはいくつか皮膚が剥がれて血が出ている部分があり、肉体はしぼんで元の醜い脂肪の塊に戻っている。
「ようやく怪我が治らなくなったか。筋肉も明らかにしぼんだし、薬の効果はなくなったようだな」
シンジは、蒼鹿をカズタカに突きつける。その手に手錠はもう無い。カズタカが持っていた鍵で外してしまっている。
「ひぃい!?」
「……確認だ。お前が使ったその薬。効果が発揮する時間は、通常で約三十分。一度使うと丸一日は使えない。効果は回復力も含めた身体能力の超強化。副作用として、とてつもない幸福感に襲われる。持っているのはヤクマとガオマロに認められた数名のみ。薬剤はヤクマの武器、『最薬の医神器』に入っていて注射しなくても、皮膚に垂らすだけで効果を発揮する。この薬はヤクマもガオマロも持っているんだな」
「そ、そうだ。ヤクマさんが作った『龍のウレション』は、二人とも持っている」
なんだその名前。
という心のツッコミは放置して、シンジはこれまでにカズタカから口答と肉体から得た情報を整理する。
効果時間は三十分という『龍のウレション』もとい薬は、約十分ほどでカズタカから効果が抜けている。
おそらく、カズタカがシンジの氷結から抜け出そうと暴れて使った体力や怪我を治すのにその効力を使い、効果時間が短くなったのだろう。
ただ、その効果はすさまじかった。
薬の影響なのだろう。
完全に凍り付いた体を動かすために、カズタカは自身の腕や足を引きちぎったりしたのだ。
そのような事をしてもカズタカは嬉しそうに、幸せそうに笑っていたのが不気味だった。
もちろん、ちぎってもすぐに凍らせ、それを繰り返すうちにカズタカから幸せそうな笑顔が消えていったのだが。
最終的に、腕をちぎることは出来なくなって、皮膚がはがれる事にさえ拒否反応を示し、今にいたる。
「よし……薬の事は分かった。それで、お前に俺を殺すように命じたヤクマは、理科棟の五階の研究室にいるんだな?」
「あ、ああ。なんか素材が足りないから殺してiGODの中身を回収出来るようにしろって……」
「……素材が足りない? 何の素材だ?」
「さぁ? なんかの薬の素材じゃないのか?……ほ、本当に知らねーよ! ヤクマさんからの命令はiGODのチャットで来たんだ。基本的に俺はこの体育館でアイツ等の様子を見ているだけだからな!」
シンジが突きつけた短剣に怯えたように早口になってカズタカは答える。
「アイツ等?」
「……ヤクマさんの実験のなれの果てだ。ここを出ればすぐに分かる」
カズタカは、吐き捨てるように言う。
その簡潔な答えに、それがシンジに対する反抗心からではなく、カズタカ自身がその『なれの果て』というアイツ等に対してあまり良い感情を持っていないのが伝わってくる。
「……最後に、俺と戦ったおん……ドラゴンみたいな化け物。あれは何か知っているか?」
「それもここを出れば分かる。あいつらと基本的に同じ、ヤクマさんの実験体だからだ」
「……そうか」
もうカズタカに聞くことはない。
そのままシンジは出ようと扉に手をかける。
「……まて」
カズタカが、シンジを呼び止めた。
「なんだ? あんまり時間はかけられないんだけど?」
「……殺さないのか?」
カズタカのその言葉にシンジは黙って振り返る。
「……はっ! はっはは! これだからクソゆとりはダメなんだよ! 殺せよ! 殺せないんだろ! バーカ!!」
はっははとカズタカの勝ち誇ったような声が響きわたる。
「ガオマロさんやヤクマさんはちゃんと人を殺せるぜ? 簡単にな! スゲーだろ!? そんなんであの二人に勝てると思っているのか? 殺されてろ、ゆとりバカ!」
「……ちゃんと殺せる、ねぇ」
なんとなくしっくりと来ないその言葉をシンジはカズタカを見ずに手のひらで転がす。
「ちゃんと殺しているようには思えないけどな。ただ殺しているだけで、ちゃんとはしてないだろ?」
「……はぁ?」
カズタカの疑問の声に答えず、シンジは扉を開ける。
「……じゃあな。お互い、二度と会わないといいな」
そう言って、シンジは用具室を出て扉を閉めた。
「……ちゃんとしないとな」
目を閉じ息を吐いたシンジは、すぐに目を開き息を止める。
用具室にあった光の球は、どうやら気配なども遮断していたようだ。
用具室の外。
つまり、体育館の中にいたこれらの異質な気配に、シンジは気づけていなかったのだから。
「……マジか、これ」
そこにあったのは。
いや、そこにいたのは。鎖でつながれている胸に大きな穴を開けた巨大なドラゴンと、その周りに並べられたドラゴンのような鱗が体の至る所に生えた人たちの姿だった。
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