第203話 先生がいた


「俺は警備室でモニターをチェックする係だったからさ、道案内は任せてよ」


 そう言って先頭を歩くネモンは、廊下の所々に置いてある監視カメラを避けるようにユリナ達を導いていく。


「……そんなに警戒しなくてもよくない? 協力するって言っているんだからさ」


 ネモンから一メートルほど離れた場所で、武器を持ちながら歩いているユリナ達に、ネモンは苦笑しながら言う。


「……警戒しないわけがないでしょう。ここにいるという事は、貴方はネネコにもヒドいことをしたのでしょう?」


 先ほどからネネコはビクビクと怯えながら、ネモンの視界に入らないようにマドカの背後に隠れている。

 その様子から、ネモンがネネコに何らかの暴行を加えたのは明らかだった。


「……俺だって生きるために必死だったんだ。謝って許されることじゃないけど、悪いと思っているからユリナちゃん達に協力しているんだよ」


 マドカの背後に隠れているネネコを一瞥したあと、ネモンは前を向く。


「……協力、という事は先輩……侵入してきた男がどうやって捕まったのか教えてもらっても良いですか? 警備室にいたなら見ていたでしょう? 先ほど危ない奴とか言っていましたが」


「守護龍人っていう、ヤクマさんが作った化け物にやられたよ。特殊な警報に引っかかる奴がいたら、そいつが戦う事になっているんだ。ユリナちゃんのお友達と戦って今は動けないそうだけど、そろそろヤクマさんが直していると思うよ」


「……そうですか。その守護龍人とやらについて教えてもらえますか?」


 ユリナの問いにネモンは眉を寄せて宙を見る。


「俺もよく知らないな。オレンジ色の鱗が全身に生えたドラゴン人間みたいな奴だけど、気持ち悪いから基本的にヤクマさんが作った化け物や実験素材がある所は見ないようにしているんだ」


 そんな話をしている間に、ユリナたちは警備室の前に到着した。


「今は誰も警備室にいないはずだから助けるなら今のうちだよ」


 ネモンの言葉を聞いて、ユリナはネネコに視線を移す。

 ネネコはiGODの画面を見つめながら、「そうですね」と小さくつぶやいた。

 そのやりとりの間に、ネモンは警備室の扉を開ける。

 中は、大量の監視モニターとイスがあり、確かに誰もそこにはいなかった。

 三人とも中に入った後、扉を閉めたネモンは奥の方を指さす。


「あそこにユリナちゃんのお仲間さんがいるよ。鍵は扉の横にかかっている」


 ネモンが指した扉の横には、確かにフックにかかった鍵は見えた。

 よくある、木製の普通の扉と鍵だ。

 それを確認した後、ユリナは再びネネコをみる。

 ネネコは、数回頷いたあと「中に誰かいます」とつぶやいた。


「誰も戻ってこないか俺が見張っているから、早く助けに……」


「『ホーノ』」


 ネモンの言葉を遮るように、ユリナは火球を数発、扉に向かって打ち出した。

 火球は、轟音をあげながら扉を破壊し、そして内部も燃やしてしまう。


「……なっ!?」


「扉か鍵に罠でもしかけていたんですかね。ネネコ、三人で間違いないですか?」


「はい。三人、生きている人があの部屋で動いていました」


 部屋の向こうにいる人数と状態をネネコは頭の動きで伝える事になっている。

 三回うなづいたネネコの頭の動きは、『三人生きている人がいる』という意味だ。


「動けないほど拘束されているとそもそもiGODに表示されないですからね。iGODに表示されるほど動けていたら、あの程度の扉先輩なら簡単に脱出しているでしょう。つまり、あの扉の先にいるのは、貴方の仲間。ですよね?」


 ユリナは横目でちらりとネモンの様子を伺うと、ネモンは驚愕したように目を見開き、震えていた。


「さて、本当の監禁場所を教えてもらいましょうか。モニターも一通り確認しましたが、先輩の姿がないですし。このモニターに映っていない場所だとすると、かなり候補も限られますが……」


 モニターを見ようとしたユリナは、視界の端で動く気配を感じ、慌ててそちらに視線を移す。

 ユリナが視線を移した先。

 先ほど燃やして破壊した部屋から、ヌっと何かが出てきた。

 それは長身の筋肉質の男性だった。

 上半身裸で出てきた男性は、両手に何か抱えている。


「あぁああああああ……高崎、山寺……ごめんな、先生、お前達を守れなくてごめんな」


 男性は、嘆きながら抱えていたモノ……少女の首をポイと雑に放り投げた。


「でも大丈夫だ。先生が切ったから。首を切ったから。お前達はちゃんと処女に戻れるぞ。安心しろ」



 嘆きだけは。

 男性から感じる感情だけは、確かに悲しみにあふれているのだが。

 言葉も、行動も、人の死を悲しむそれではない。

 言葉は悲しみ、感情は感じない事はあるがその逆は珍しい。

 そして、おぞましい。

 男性は、一通り嘆いたあと、ゆっくりとユリナ達の方を振り向く。


「……お前たちは。確か、一年生の百合野に、水橋、だったか」


「え? なんで私たちの事……」


「……埴生先生ですね。三年生の体育の先生ですよこの人」


 長身の男性は、埴生は、両手を大きく広げ、微笑んだ。


「生きていたのか。先生、嬉しいぞ」


 飛び込んで来いと言いたげなその両手を見て、ユリナ達は武器を構えた。

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