第201話 セイが潜入

「……ふぁああああ」


「……暇だなー」


 雲鐘学院。正門。

 そこに二人の男性が座って話している。


 彼らの服装は派手な蛍光色のダウンジャケットにジーパンで、それだけみればそこらにいるただの若者達である。

 ただ、彼らの手には、まるでゲームの世界から飛び出したかのような真っ赤に燃える刀と槍があった。


「これがあるから寒くないけどよー。やっぱり暇だな。外にいるここら辺の死鬼は狩り尽くしたし、魔物は警戒しているのか近づかなくなったし。ガオマロさんもいないし、見張りとかしなくていいんじゃね?」


 と赤い炎をまとった刀を持った男が言う。


「バカ。ガオマロさんがいないから見張りをしなきゃならないんだろうが。さっきも侵入者が来ただろ? ガオマロさんがいないからこそ、しっかり……」


 刀の男に、槍の男は呆れたように答える。


「その侵入者も化け物にやられて連れて行かれたじゃねーか。『守護龍人』だっけ? あんな化け物がいるなら、見張りはいらねーだろ。あーあ。俺も中で女の子と遊びてー」


「その化け物が少し使えなくなってるんだよ。その侵入者との戦いで。そんなに遊びたいなら校庭にいる奴らに混じってくるか? あそこなら何かあってもすぐ来れるし、蘇生薬一本で手を打つが」


 その槍の男の言葉に、刀の男が笑う。


「はっ。アレはもういいや。ああいうのはもう飽きた。ガオマロさんは好きみたいだけど、俺は……そうだな。イチャつきたいね。可愛い女の子とラブラブして甘い時間を……」


「してくればいいだろ。見た目だけは可愛い女は校庭にもいるぞ? 最後の方にいたぶるだろうからまだ燃えてないだろうし。おまえのお気に入りのネネコちゃんは……イソヤさんがどこかに連れて行ってるか」


「冗談。あんなビビっておしっこ漏らしているような女たちとイチャつけないでしょ。それに、ネネコちゃんもなー……アレもダメだね。見てくれは良いけどさ、動いているゴキブリをそのまま食うような女の子とイチャつけないわ。いくら殺されるからって、あんなことしたら人間の尊厳って奴がダメになるでしょ。イチャつくなら……そうだな。長い黒髪で凛とした表情を浮かべている、意志の強そうな和風美人か美少女がいいな」


「またイチャラブとはほど遠いイメージだな」


「そんな子とイチャイチャするのがいいんじゃん。俺だけに見せる笑顔、みたいな? 膝枕したりして。あーあ、そんな女の子が通らないかなー……ん?」


「どうした?」


「いや、あれ」


 刀の男が、前方を指さす。

 その指さした先から、一人の少女が歩いてきた。

 黒い制服を身にまとったその少女は、長い髪を風に揺らしながら、男達の元に歩いてくる。

 軸をぶらさず歩いてくる少女は、凛とした立ち振る舞いで、まさしく先ほど話に出た和風美少女といった風貌だった。


「なんだ? さっきの奴の仲間か? とりあえず応援を……」


「ちょちょちょ、待った待った」


 胸元からiGODを取り出した槍の男を刀の男が止める。


「何するんだよ」


「バカ。ここで応援なんて呼んだら、ほかの奴が来るだろうが」


「はぁ!? 何言ってんだよ。そのための応援だろうが」


「まぁまぁ、待てって。よく考えろ。今ほかの奴らが来たら、あの子を独り占め出来ないだろ? あの顔で、しかもよく見たら巨乳だ。あんな上玉めったにいないぞ」


 刀の男は血走った目で、歩いてくる和風の美少女を見つめている。


「独り占めって。お前、あの女はどう考えてもさっきの……」


「大丈夫だって。どうせ女だ。この『紅蓮』の炎を見せれば、すぐに怖じ気付くって。見てろよ……和風美少女とイチャラブ……ふふふ」


「あ、おい!」


 ニヤニヤと笑いながら刀の男が和風の美少女に近づいてく。


「ねえねえお嬢ちゃん。どうしたのこんな夜中に。よかったらお兄さんと遊ばない? この『紅蓮』があれば暖かいしさ。そこのビルの影で二人でさ」


 言いながら、刀の男は刀の切っ先を少女に向けた。

 刀からは、金属さえ溶かしそうなほどの高温の炎が燃え上がり、周囲の温度を冬から灼熱の夏に変える。


「どう? すごいっしょ。お兄さん、君の事が気に入ってさ。一目惚れ?って奴。ちょっとイチャイチャしたいだけだからさ。大人しくついてきてくれると嬉しいんだけど。ついてこないと、この刀の刃が君のその大きなおっぱいに……」


「やってみたら?」


 少女が、表情を変えずに言い切る。


「は? いや、今なんて……」


「二回も同じ事言うほど暇じゃないの。やらないなら、さっさと退いてくれないかしら。邪魔だから」


 淡々と言った少女の言葉に、刀の男はあっけにとられるが、次第にその顔を怒りの表情に変えていく。


「て……めぇ! なめるなよ。俺がその気になったらその綺麗な顔を燃やして黒こげにすることだって……」


「はぁ……うるさい」


「ごあっ!?」


 少女がため息を吐くと同時に、刀の男が回転しながら吹き飛び、学院の正門にぶち当たる。

 男が当たった衝撃で正門の扉は破られ、金属の音が周囲に響いた。


「……なっ!?」


 正門が破られる音を聞いて、やっと刀の男が吹き飛ばされた事に気づいた槍の男は、慌てて槍の穂先を少女に向ける。


「ぐっ!?」


 だが、それは遅かった。

 すでに少女は槍の男の背後に回っており、後頭部を殴って男の意識を奪っていた。

 槍の男が倒れると同時に、警報の音が正門に響く。

 それに合わせるかのように、学院から爆発音が響いた。

 校舎の一部から、黒い煙とともに、火柱が上がる。


「ふぅー……」


 和風の美少女は……セイは、息を吐く。

 同時に、セイの周りに、セイと同じ姿をした少女が五体現れた。


「……よし」


 五体の少女たちは……セイの分身は、正門からバラバラに学院に進入していく。

 少し遅れて、分身達が向かった方から喧噪が聞こえてきた。

 それが徐々に大きくなっていく。


 その音を聞きながら、セイは堂々と、まっすぐに、学院を歩き始めた。





「……私たちも行きますか」


 セイがいる正門とは真逆の位置にある裏門の近くで、ユリナがマドカ達に話しかける。

 学院の中央部分は炎があがり、その奥からは争いの声が聞こえてくる。


「セイちゃん、大丈夫かな?」


「暴れられているということは、無事な証拠です。ほら、今のうちに私たちも潜入しますよ。急いだ方が良いのは変わらないのですから」


 セイが提案した、二重の陽動。

 セイが正面玄関から進入し、それと同時に学院の校舎に、ポイントで購入した時限装置付きの爆弾とガソリンを転移させて火災を起こす。

 正面と中央で起きた騒動は、裏から潜入するユリナ達の気配を完全に消していた。


「侵入者への対応と、火災への対応と、転移に対する対応を相手から引き出す。ここまでされたら私たちを警戒できないでしょう。囮を使うのは私も考えてはいましたが、ここまで大胆な作戦は考えつきませんでしたね」


 シンジが転移を気づかれて捕まったのだ。

 その転移を、利用する作戦。

 大胆で、勇気のいる作戦だ。


「こんなことよく思いついたよね、セイちゃん。転移は……服も移動するからモノも移動させられるのはわかるし、イソヤから奪った分があるからわかるけど、時限爆弾がポイントで買えるってよく知っていたよね」


「原子爆弾が買えるのですから、買えても不思議ではないでしょう。安かったですし」


 火花さえ出せればよかった時限爆弾とガソリンは合わせても300ポイントにならなかった。


「さて、とりあえず初等部の女子棟を燃やしたのですが……肝心の先輩はどこにいると思いますか?」


 ユリナは、iGODを見ているネネコに話しかける。


「……人を捕まえておくなら、警備室だと思います」


 変質者を捕らえた時、警察に引き渡すまで変質者を監禁しておくための部屋が警備室の中にある。

 シンジが捕まってしまったのなら、そこが一番可能性が高い。


「そうですね。そこに誰かいますか?」


「まだわかりません。もう少し近づけば見えるかもしれませんが……」


 職業が旅人であるネネコの『世界図』は、職業が旅人ではないシンジの『世界図』よりも若干性能が良いようだ。

 ある程度近づけば、壁越しでも動いている人がいるかわかる。


「そうですか。どちらにしろ、監視カメラの映像などを管理している警備室には情報収集のために行った方が良いでしょう。ヤクマの居場所や……」


「どうやって先輩が捕まったとか、だね」


 マドカの言葉に、ユリナは頷く。


「ええ。ソレに私たちがやられる可能性もありますからね。まぁ、転移に対する誘導はしましたし、セイが『先輩が簡単に捕まるはずがない。きっと、何かしてくれているはず』とか言っていましたから、何とかなるかもしれませんが」


「何とか、か」


 はぁ、とマドカは肩を落とす。


「ある程度のリスクはしょうがありません。こちらの戦力は高くはないのですから。まずは先輩の救出を優先しますよ。先輩が捕まってしまった『何か』もセイを優先してくるはずですし、それを承知の上でセイは囮をしてくれているのです。急ぎますよ」


 ユリナの言葉に頷き、ユリナたちは警備室に向かって移動を始めた。


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