第199話 シンジが捕まった

「……もう三十分。連絡がつきません」


iGODを握りながら、ユリナは言う。


病院の二階。

ネネコを休ませていた病室に、四人の少女達は集まっていた。


シンジとの通話が切られてすぐ、ユリナはマドカ達に状況を説明したのだ。

彼女たちは、シンジが一人で雲鐘学院に向かったことに驚き、そのシンジからの連絡が途絶えたことに、不安を覚えていた。


「まだ、生きてはいるのでしょう。ベリスたちは消えてしまいましたけど、iGODの通話機能に、明星先輩の名前が表示されていますから」


 シンジの話では、死亡した者はiGODの連絡機能から名前が消えるらしい。


「……助けに行ってくる」


 シンジと連絡がつかなくなったという話を聞いてから三十分。

 一言も発していなかったセイが、端的に告げる。


「ちょ、ちょっと待ってよ、セイちゃん! 助けに行くって、そんなの無茶だよ! 落ち着いて……」


 それを聞いて、マドカが驚いたように声を上げる。

 シンジを助けに行く、ということは、それはつまり、シンジに何かあって、それを行ったモノとの何らかの接触を意味する。

 シンジに何があったかはっきりとは分からないが、それは無謀と言っていいだろう。正直な所、この中で一番シンジが戦闘力や探知力などの能力が一番高かったのだから。

 だからこそ、シンジは一人で雲鐘学院に向かったのだ。


「無茶でも、何でも、助けに行かないと……」


「セイちゃん!」


「セイの言うとおりですね」


 セイの意見に賛同したのは、ユリナだった。


「ユリちゃんまで、何を? 明星先輩に何があったか分からないけど、でも、連絡が取れないような何かがあったんだよ? そんな場所に助けに行くなんて、無理だよ。無茶だよ。一回、落ち着いて考えてから……」


「落ち着くのはマドカの方ですよ」


 ユリナは、疲れたように息を吐く。


「落ち着くって、私は……」


「落ち着いて。状況を考えてください。そもそも、明星先輩に何かあった時点で、私たち二人が取れる道は二つしかないのですよ」


「……二つ?」


 ユリナはマドカに近づき、彼女の顔を正面から見据える。

 それはまるで、現実を直視させるかのように。


「いいですか? まず、敵のリーダー格であるガオマロと私たちには因縁があります。これはマドカも覚えていますよね?」


 ユリナの問いに、マドカはゆっくりうなづく。


「そんな因縁の関係上、ガオマロは私たちを狙ってくるはずです。ほぼ確実に。そして相手には、狙った相手を逃がさない必中の神話クラスの武器が二つもあります。それで狙われる以上、逃げることは出来ません」


 マドカはそれを聞いて、またゆっくりうなづく。


「次に、そんな武器が届かないような場所に……たとえば、明星先輩のお家に隠れるという手もありますが、それは無理でしょう。それが出来たなら、明星先輩は、とりあえず私たちをご自宅に避難させたでしょうから。あとは、まぁ他に助けを呼ぶということも考えられますが、それはすでに無理だと分かってますから」


「でも……じゃあ、二つって、何? 私たちが出来ることは……」


「自殺か、助けに行くか、ですよ」


 マドカの顔の前に、指をピースの形でユリナは出す。

 その顔に、一切の笑みはない。


「自殺……って」


「正直な話、先輩が死んでいたら自殺をしなくてはいけなかったですが……生きているなら、助けに向かった方がいいでしょうね」


「な、なんで?」


 淡々と語るユリナにマドカは慄く。


「なぜ、って。死ねないからですよ。その子が言っていたでしょう?」


 ユリナはネネコを指さす。


「ガオマロに捕まると、死ぬほどの苦しみを味わいながらも、死ねない。逃げられないし、隠れられない。ガオマロを倒せないなら……死ぬしかないでしょう。死ぬほどの苦しみを味わいながら生きるのは、生きているとはいえないですから」


 でも、とユリナは続ける。


「明星先輩が生きているなら、チャンスはあります。私も死にたくはないですからね。少しでもチャンスがあれば、私はやります。それこそ、無茶でも、何でも」


 そう言って、ユリナは今度はセイの方を向く。


「しかし、セイ。貴方は別です」


「……どういう意味?」


 ユリナの言葉に、セイは怪訝な表情を浮かべる。


「そのままの意味です。セイは私たちと違って、ガオマロに狙われていないはずです。なのでこのまま逃げ出せば……」


「バカじゃないの? そんなことする訳ないでしょ?」


 怪訝な顔から、今度は睨みつけるような表情に変わったセイを見て、ユリナはなぜかフッと笑う。


「そうですか。それならいいです。セイが来てくれるなら、助かりますしね。では、マドカはどうしますか? 自殺しなくても、このままここで大人しく待つという手も……」


「い、行くよ! 私も!」


「おや? ビビって先輩を見捨てようとしていたのに」


「違うよ! 助けに行くにしても、しっかり考えた方が良いと思っただけ! ちゃんと、皆で考えて話し合って……」


「貴方が考えそうなくらいのことは、すでに私が考えています。三十分も時間があったのですから。落ち着いて話し合う暇があったらすぐに行きますよ。先輩はまだ生きているとはいえ、いつ何をされるか分からないですから」


「うぅ……」


 早口でまくし立てられ、マドカは言葉に詰まる。


「……何か考えがあるのね? 話だと、先輩は学院に入る前に敵に気づかれたみたいだけど……」


「一応。これでダメだったらどうしようもないという感じですが」


「じゃあ、さっさと行きましょう」


 セイは『転移の球』をiGODから取り出す。

 それに続いて、ユリナとマドカも『転移の球』を取り出した。


「では行きましょう。場所は……」


「ま、待ってください!」


 声を出し、ユリナ達を止める者がいた。

 ユリナ達が話している間中、ずっとベッドに座ったまま黙っていたネネコだ。


「……何ですか? 時間が無いと言ったはずですが」


「わ、私も連れていってください!」


 止められた時点で、ネネコが何を言うのかわかっていたのだろう。

 ユリナは、はぁーと大きく、ネネコに聞こえるようにため息を出す。


「貴方に何が出来るんですか? レベルアップもしていないような足手まといを連れていく余裕はないのですが」


「レ、レベルアップはしたことがあります!」


 ネネコの言葉に、ユリナは意外そうに眉を上げる。


「……え? そうなの?」


 意外だったのはマドカも同じなようだ。


「はい……死鬼化したゴキブリをまだ動いている状態で食べさせられたりしたので」


 少し、言葉を選ぶようにしたネネコが言う。


「先輩のお話だと、レベルアップはしていないという予想でしたが……いや、確か『リーサイ』をかけられた死鬼はレベルが下がるのでしたか。何度も殺されて生き返らせられ、レベルが1まで戻った……?」


 ネネコが考えて選んで話したレベルアップした出来事が、死鬼化したゴキブリを食べた事ということは、もっとツライ出来事も経験しているのだろうとユリナは予想し、情報を整理する。


 ネネコが仮に、職業を変えられるところまで死鬼達や魔物を殺した事があるのなら……状況は変わる。


「今度は、本当に友達がいるんです。それに、お世話になった明星さんが捕まっているなら、私も力になりたいんです。お願いします。何でもしますから」


 ネネコは、頭を下げる。


「……わかりました。今からiGODを呼び出して確認しましょう。もし本当にレベルを上げた事があって、役に立ちそうなら連れていきます」


「ほ、本当ですか?」


「ええ、しかし」


 ユリナは、ネネコに近づくと彼女の首筋にナイフを当てる。


「ユ、ユリちゃん!?」


「裏切ったら、殺します。それが、例えば脅されたりしてもです。あと、貴方の命の優先度はかなり低いですから、人質になったり、足手まといになったら、容赦なく見捨てます。良いですね?」


 まっすぐにネネコの目を見据えるユリナに、ネネコも同じ様な目で答える。


「……それでいいです。いえ、そうしてください」


 駅の構内で微かに感じた演技くささはない。

 本心だろう。

 それを確認し、ユリナはナイフを下ろす。


「では、iGODを呼び出して、ステータスの確認を。マドカは呼び出し方と操作方法を教えてあげてください。その間、セイは少し作戦会議を。五分以内に出発するので、急いでください」


 こうして、諸々の準備を終えたユリナ達は雲鐘学院に向けて出発した。


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