第198話 ゲームがクソゲー

 十数個、ではなく、十数体の炎。

 その炎から数メートル離れた場所に、十数名の人影が見える。

 その後ろにも人が並んでいた。


 十数名の人影……男性だろう、学生服を着た者もいるが、その者達は、なにやら嬉しそうに手をたたき、はしゃいでいる。


 そして、もがいていた人たちの苦しみが終わると、後ろに並んでいた人たち。

 女性、女子達になにやら指示を出して、彼らの前に立たせ始めた。


 彼女たちは皆、赤いミニスカのサンタクロースやトナカイのコスプレをさせられていて寒そうに震えている。


 そんな彼女たちに、男性達の一人が何か指示をだす。

 すると、彼女たちは一斉に運動場を駆けだした。

 逃げ出したのだろう。

 十数名の男性達の手には、それぞれ、炎の塊が現れていたから。


「……大丈夫ですか?」


 微かな呼吸音などから伝わる、シンジの動揺と、『燃えている』という言葉で、なんとなく、何があったかユリナは察する。


「……ああ」


 新しく増えた数体の炎を見ないようにしつつ、シンジは息を吐く。


「……いや、やっぱ大丈夫じゃないや。思ったよりも、キツい」


「……そうですか」


 世界が変わり始めた時、シンジは目の前という距離ではないが、今よりももっと近距離で、生きている人が殺されるのを見たことがあるのだが……そのときには一切感じていなかった感情が、シンジを蝕んでいった。


 なぜだろうか。


 人が殺されているのは、変わらないのに。


(……人、だからかな?)


 シンジが今までに見た人が殺される光景は、ほとんど死鬼か魔物に殺されるモノだった。

 だが、今見たシンジの光景は、人が、生きている人が、生きている人を殺していた。

 笑いながら手をたたき、熱狂し、喜びながら、人を殺してはしゃいでいた。


 そこには、生きるための本能的やどうしようもない自然の摂理もなく、戦いのようなお互いの命のやりとりもなく、戦争のような誇りや惨めさもなく。


 ただただ、一方的な快楽と苦痛があるだけだった。


(……ゲームなんだろうな)


 彼らが、なんと言っていたのかはっきりとは分からないが予想はつく。

 女の子達を逃げ出させて、それを魔法でねらい打つ、ゲーム。

 自分たちが傷つくことはなく、十数名で囲んでいるから、女の子達に逃げられることもなく、一方的にいたぶれる、ゲーム。

 それを、彼らは楽しんでいるのだ。

 それは、なんの苦労もない、楽な楽しみ。



(……『楽』を楽しむ。と真逆だ。真逆のクソゲーだ)


 『楽』を楽しむ。それは、『楽』にすることを楽しむということだ。

 決して、『楽』なことを楽しむのでは、ない。


「……やるか」


「もう、いいのですか?」


「ああ、大体わかった。警備もキツくないし、さっさと終わらせる。ヤクマって奴は外にはいないし、中に潜入する」


 ヤクマとガオマロについては、あの後、半蔵から画像のデータが送られてきて確認している。

 その二人に該当する人物は、先ほど外にいた連中の中にはいなかった。


 いなかった、ということは、外にいる連中は、ガオマロやヤクマがいるいないに関わらず、そのようなことをする人物であるということになり、それはそれで気持ち悪くなるのだが。


「確か、実験室みたいな所もあるって……」


 そのとき、シンジは、とっさにしゃがんだ。


「……? どうしましたか?」


 しゃがんだ時に発生した風の音でも聞いたのか、ユリナが質問を投げかける。


「……ごめん、一端切るよ」


「え? あ、ちょっ……」


 その質問にほとんど答えず、シンジはユリナとの通話を切ってしまう。


 残ったのは、静寂だけ。

 他に、何もない。

 無い、はずだ。

 シンジは、しゃがんだまま、ガラスの方、雲鐘学院の方を見る。


(……どこだ?)


 それは、勘ではあったが、確かに感じた、モノ。

 その正体を探ろうと、シンジは目を凝らす。


(こっちは、『|笑えない空気(ブラックジョーク)』で姿もほとんど見えないはずだけど……)


 運動場では、男達がはしゃいでいる。

 彼らではない。

 彼らの後ろに控えている女の子達、でもない。


 もっと、別の場所……

 

 そして、シンジは見つけた。


 男子校舎の屋上。

 そこに、二本の足で立っている、モノ。

 口は、鋭利な牙が生え、額には角。

 背中には翼があり、全身がオレンジ色の鱗に覆われている。


(……ドラゴン?)


 一瞬、それを見て、シンジはそう判断したが、すぐに改める。


(いや、あれは……!?)


 そのとき、それは、顔をシンジの方に向けた。

 その動きに合わせ、二本の足がシンジの方を向き、そして、腰の部分にある布が……スカートが、ふわりとひるがえる。


(女の子……!?)


 シンジは、床を蹴った。

 その直後、ガラスの割れる音。


「……マジかよ」


 シンジがしゃがんでいた場所に、先ほどまで男子校舎の屋上……数百メートルは軽く越えている距離の場所にいたドラゴンのような、女の子のようなモノがいた。


 飛んできたのだろう。

 あの距離を、一瞬で。


「……その服、制服だよな? ネネコちゃんと一緒の、初等部の、なんでそんなものを着て……」


 見覚えのある、ドラゴン? 彼女? が着ている制服の話題を出しつつ、シンジは双剣を構える。

 会話は通じるのか、そんな意図を込めての話題だ。


「……ゴ」


「……ゴ?」


 だが。


「……ゴロォオオオオオオ!」


 返ってきたのは咆哮だった。


「……くそ!」


 シンジの双剣から、炎と氷が吹き出す。


「シイイィイイイイイイ!!」


 ドラゴンのような、女の子ようなモノが、シンジに襲いかかる。








 ……それから数分。


 完全に崩れたビルの瓦礫に、二つの影があった。


 一つは、ドラゴンのような、女の子のようなモノの姿。

 そして、もう一つはそのドラゴンのような女の子のようなモノに見下ろされている、倒れているシンジだった。

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