第197話 人が燃えている
「……分かりましたか?」
「ああ。このビルの八階だよね?」
「ええ」
今はもう動いていない自動扉を自力で開けて、シンジは建物の中に入っていく。
手には双剣紅馬・蒼鹿。
その身には黒い外套、『|笑えない空気(ブラックジョーク)』をまとい、そして耳には、イヤホンをしている。
そのイヤホンで通話している相手は、ユリナ。
iGODの通話機能で会話をしている。
シンジが今いる場所は、雲鐘市内の中心地、雲鐘町。
そこのさらに中心に、今は地獄と化している雲鐘学院があるのだが、その近くのビルの中を、シンジは歩いている。
一人で。
「……気を付けてくださいね。そこは学園の中ではないとはいえ、今はどこに何がいるのか分からないのですから……」
「うん。大丈夫。魔物とかは今も倒しながら進んでいるから」
建物にいた、ゴブリンなどの小さな魔物が声も出さずにシンジに斬り伏せられていく。
「……そうですか。本当に一人で大丈夫そうですね」
あの後、ユリナ達を助けると決めたシンジは、『転移の球』を使い、一人で雲鐘学院に向かう事にした。
ユリナ達を連れて行かなかったのは、ネネコの体調が回復しておらず、誰かは彼女の面倒を見る必要があった事と、もう一つ。
「まぁ、基本的にソロリストだからな、俺」
「……先ほど、ルールを見守るパートナーが欲しいだの言っていた人の言葉とは思えませんね」
通話越しに、ユリナの呆れた声が聞こえてくる。
ちなみに、シンジが雲鐘学院に一人で向かっている事はユリナを除く他の子達には言っていない。
言うと、必ず一悶着あるからだ。
その悶着する時間は、正直無い。
一番悶着しそうな人物は、おそらくシンジが一人で学院に向かう事をこっそりと聞いていたはずなのだが……彼女は何も言ってこなかった。
それは、シンジがこれからしようと思っている事にとって良いことではあるのだが。
「……ルールを破らないといけないだろうしな」
「……何か言いました?」
「いや、独り言」
「……そうですか。そういえば、先輩。ソロで思い出しましたが、私、先輩に聞き忘れていた事があったのですが」
ぽつりと言ったシンジの独り言。
それはおそらくユリナの耳にも聞こえたのだろうが、それにはふれずに、ユリナは話題を変える。
「ん? 何?」
その話題に乗りつつ、シンジはビルの非常階段を上っていく。
エレベーターは使えなかった。
「いえ、先輩が一人の時、私たちに何をしたのかなーって」
「うおうぅ!?」
突然振られたその話題に、シンジは思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「……おや? どうしました? 変な声を出して?」
「変な声って、そっちがいきなり変な事を聞くから……」
「変な事とは、そんな変な事を私たちにしたのですか?」
「うおっふ!?」
止まらないユリナの追求に、シンジの変な声が止まらない。
「いいいいや、何もしてないよ? 本当だよ?」
「……どう考えても、何もしてない人の反応ではないのですが。まぁ、いいでしょう。その事は、これまでの貸し借りもありますし、これで、チャラにしましょう。命がけで私たちを助けてくれようとしていることですし」
「お、おお、ありがとう。いや、何もしてないけどね? 何もね」
「では、これで私達と先輩の間に貸し借りは無しということで」
「おう」
ほっと、シンジは胸をなで下ろす。
その息に併せて、ユリナが微かにふふふと笑い声を漏らしていたのだが、シンジは気づかない。
さり気なく、今までの貸し。
つまり、ユリナ達を生き返らせたことなどもチャラにされているのだが。
元々、シンジ自体、そのことを貸しと考えていなかったので、あまり意味はないことではある。
そんな会話をしながら、ビルの中にいた、死鬼の動物たちや魔物を斬り伏せて、シンジは進む。
そして、目的の場所に到着した。
そこは、一面ガラス張りになっている、広い空間。
「しかし、先輩。なぜそのような場所に? そこは、学院が関係者以外に学院を自慢するためのパーティ会場兼、学院の事務や営業所を兼ねている建物ですが……」
雲鐘学院は、国内外の様々なジャンルの天才児や、超お金持ちのお嬢様お坊ちゃまが通う学校だ。
そのため、そのセキュリティもかなり高く、容易に部外者は学内に入ることが出来ない。
なので、このような学校外に学院をアピールする場所や、事務手続きをする場所が用意されているのだ。
「いや、潜入前に一度全体を俯瞰して見たくてさ。一度親父の仕事の手伝いで中に入ったことはあるけど、あんまり覚えてないし」
「……手伝いって、先輩のお父様のお仕事は、何をされているんですか?」
「ん? さぁ? 普通のサラリーマン?」
公務員だったかな……とシンジがつぶやく。
「……絶対に違うと思いますが。まぁ、いいです。しかし、そんな所から見なくても、先輩、確か地図の技能がありましたよね? 『世界図』でしたか?」
「ああ、あれか。あれは、俺、今旅人じゃないからね。精度がイマイチでさ。範囲も狭くなったし、建物の中にいる奴は分からないし。それに、やっぱり直接見ないと、空気が伝わらないからね」
「空気、ですか?」
「そう、空気」
そう言って、シンジは、『|笑えない空気(ブラックジョーク)』の能力で周囲の空気の屈折率を操作してシンジの姿を見えにくくしながら、ガラスに近づく。
ガラスの向こうは、雲鐘学院。
シンジから見て、手前におそらく学院全体で使うのだろう、とても大きな運動場が見えて、次に男子の初等部から高等部、女子の初等部から高等部の校舎が見えるような位置になっている。
このように見えるのは、おそらく体育祭などの時、保護者の一部が、ここから通わせている子息の様子を見れるように配慮されているからなのだろうが、その話は置いておいて。
そのガラスからは、雲鐘学院の様子がよく分かった。
はっきりと、しっかりと、今の雲鐘学院の様子が。
見るために、目の周りの空気だけは操作していなかったシンジには、分かってしまった。
「……そういえば、そろそろクリスマスか」
そんな、余計な情報まで。
「……どうしましたか?」
ユリナの問いに、答えようか悩んだシンジは、一言だけ、言った。
「……燃えている」
「……え?」
シンジは、目を細める。
シンジの言った通り、シンジがいる場所からよく見える、雲鐘学院で体育祭などが行われる時に使われるメインの大きな運動場。
そこで、炎が上がっていた。
十数個の炎。
その炎は、運動場を、ゆらゆらと動いている。
いや、もがいているのだろう。
燃えているのは、人だった。
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