第196話 ルールがある

「……私が言うのもアレでしょうが……先ほども言いましたが、嫌ではないのですか? 大変でしょうし、どう考えても命がけになると思うのですが……」


 そんなシンジの様子に、やや呆れた表情をユリナは浮かべる。


「大変、ってつまり、やりごたえがある、って事でしょ? それくらいの難易度じゃないと楽しくない」


「……楽しくないって」


「……自由ってさ。俺も最初の方、この世界が変わってから、いいな、って思ったよ」


 シンジは姿勢を戻し大きく伸びをする。


「何をしても良い。お店にあるモノを食べたり、お金を使ったり……女の子に色々したり。でもさ、ちょっとして思ったんだ。自由って、楽しくはないな、って。何でも出来るから『楽』ではあるけど、なんか、虚しいというか空っぽっていうか……空虚っていうのかな? そんな感じでさ。楽しくない。空っぽだから、いざというとき、脆くもなった」


 何でも出来るという事は、何も出来ない事。

 そんな親友の言葉が、シンジの脳裏をよぎる。

 『楽』をして『楽しむ』

 『楽』だけじゃ『楽しむ』だけじゃダメなのだ。


「……ところで水橋さん。ゲームで一番大切なモノって何だと思う?」


「……なんですか? 急に?……なんでしょうか。お金とかですか? ゲームを作るのにも、するのにも、お金は結局、必須でしょう」


 ユリナの答えに、シンジは少し笑う。


「なるほどね。まぁ、確かに。それは大切だけど……俺は、ゲームに一番大切なモノは、ルールだと思う」


「ルール?」


「そう、ルール。ルールがあるから、ゲームはゲームになるし、ルールを守るから、ゲームは楽しくなる。だから、俺はこのゲームみたいな世界で、ルールを決めた。ルールを求めた。楽しむ。そのためのルール。さっき、水橋さんが言っていた、大変な事じゃないけど、少しでも嫌だな、と思った事はやらないし、やろうと思った事はなるべくやることにした」


 シンジは拳を握る。


「ガオマロからは逃げた方がいい……それこそ、俺一人なら逃げきれるだろうけど、それはやっぱり楽しくない。大変な事をしないと、楽しくない。ましてや、ほぼ確実にパーティのメンバーが狙われるって決まっているなら、なおさらね。手も、ないわけじゃないし」


 いつの間にか取り出した蒼鹿をユリナに見せるように、シンジは持つ。


「……やっぱり、聞いても共感は出来ないですね。先輩の人柄を考えると理解は出来ますが」


 ぽつりと、ユリナは言う。


「……ん? どうしたの?」


「……いえ。こっちの話です。それでは、お願いします。それと、最後に一つ、聞いてもいいですか?」


「ん? 何?」


「ルールを決めた。ルールを求めたとおっしゃっていましたが……その求めたルールとは、セイの事ですか?」


 ユリナの目は、奥を見るような、探るような目ではなかった。

 それは、確信の目。


「……そうだよ。それが常春さんと……水橋さんたちを生き返らせた理由」


 それを見て、シンジはユリナから距離を置くように、彼女の対面している壁側に背中を預ける。


「……一人だと、ルールを守るっていうのは、難しいな、と思っていた。実際、一人の時は、色々……まぁ、はっちゃけた事もしたし」


 はっちゃけた事にユリナが反応しているのを見ないようにしつつ、シンジは続ける。


「だから、誰かパートナーがいるな、とは思った。人の目、って奴だ。ルールを守れているか見たり……ルールが違っていたら、訂正したり、追加したり。最初は、コタロウと再会したらと思っていたけど……アイツはいなくなったしな」


 そのコタロウも……おそらく、ルールを求めていたのだろうと、シンジは思う。

 一度異世界に行き、そこで勇者として生き、悟ったのだろう。

 危険だと。

 この力のまま自由だと、ルールがないと、どうなるかわからない。

 それが、マオで、そのマオは、役目を果たせていなかった。


「それで、セイですか……確かに、セイは以前は……生前は、真面目な子でしたからね。それに強い子でした。間違っていることは、間違っているとはっきり言う。……今は見る影もないですが」


 まるで遠くにいる誰かに話すように、ユリナは大きな声で言う。


「……最初は、生き返ったばっかりで動揺してて、いつかは戻るかな、って思っていたんだけどね」


 そう思い、カズタカと戦う頃までシンジはセイの様子を見ていたが……セイが子供の死鬼を殺そうとしたところで、指針を変えた。


「戻る気配がなく、それどころか悪化しそうだったから、友人である私たちを生き返らせて、事態を好転させようとしたわけですか」


「そう。そのとおり。友人の二人と話せば……色々思い出すと思ってね」


「結果は……私たちに嫉妬して、変わらず、ですか。でも、目的は達成出来たのではないですか?」


 ユリナの言葉に、シンジは首を傾げる。


「パートナーですよ。先輩がルールを破ったり、ルールが間違っていないか見る、ルールのパートナー。私は、それじゃないですか?」

 ユリナの問いにシンジは少し考え、少しだけ笑う。


「うーん、そうかな? ちょっと思っていたのと違うけど。さっきのネネコちゃんの時とか、イケメンの死鬼だけ殺さないとか」


「ネネコさんの時は、あえて逆に言っただけです。それに、男性の死鬼も、やはり女性の死鬼だけ殺さないのはおかしいですから。助けるなら、ちゃんと男の人も助けないと」


「だから、イケメンに限定されるのは違うと思うって……」


 そのとき、ふっと、シンジとユリナの笑みが重なる。


「……まぁ、これからもよろしく。色々意見を聞かせてくれると助かるよ」


「はい。これからもちゃんと見ますよ。パートナーとして」


 やけに嬉しそうに、それに勝ち誇った風に、ユリナは言う。


 それを聞きつつ、シンジは階段の方を横目で見た。

 そこには、ちょうどシンジとユリナがルールの話をし始めたときから、人の気配があった。


(……多分、水橋さんが本当に話したかった事は、これなんだろうな)


 話したかった、というよりも、聞かせたかった、ということなのだろうが。

 それを知りつつ、シンジはあえてユリナとの会話を続けたのだが。


(……これで良い方向に向かえばいいけど……しかし、やっぱり、恥ずかしい話だな)


 階段の方にいる気配の事を思いつつ、シンジは自戒する。

 それは、セイを生き返らせる時にも、思った事。


(自分だけだと、ルールを守れないから……抑制出来ないから、他人に頼るなんて、恥ずかしい話だ。しかも、死んだ人を生き返らせてまで……非常識にもほどがある)


 でも、だからこそ、シンジは彼女たちを守る必要があるだろう。


(神に選ばれた者と、その者に赦された者だけが使うことが出来る金色の武器。神の武器。iGODと同じように、所有者が生きている間は所有者しか使えず、所有者が死ぬとただのモノに変わる、か)


 iGODは、所有者が生きている間は、所有者しか使えず、また破壊できない。

 しかし、所有者が死ぬと、通常の端末のように誰でも扱え、また、破壊する事が出来るようになる。

 それと同じで、ガチャの金色の武器は、引き当てた本人か、本人が直接譲った者しか扱えず、引き当てた本人か譲られた者が死ぬと、武器自体が使えなくなる。

 だから、イソヤの『打出の小槌』は錆びたように茶色く変色したのだ。

 また、当然、引き当てた本人か、譲られた者しか使えないということは、シンジの技能を使って、相手の武器を取り込む事は出来ないということだ。

 それは、グレスから注射器を預かった時に、試している。


(……やっぱり、アレしかない、か。水橋さんや百合野さんを助けるためには)


 実の所。

 シンジには、皆に言っていないルールが一つある。

 それはシンジがやってしまって……後悔して、出来たルールだ。


 今回は、おそらく、そのルールを破らなくてはいけないだろう。


(でも、しょうがない。それしかない)


 そして、その事が原因で、シンジ達に致命的な出来事が起きるのだが……

 それを止める事は出来なかっただろう。

 もう、その流れはずっと前に始まっていたのだから。

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