第195話 ユリナが語る
「……さて、ここらへんでいいですかね?」
病院の中に戻ったユリナは、近くにあった三人掛けのソファに座る。
……その、ソファの真ん中に。
「……話って?」
「まずは座りましょう。先輩も、こっちに」
ユリナは、ポンポンと自分の横の場所を叩いた。
その行為に、なんとなく、シンジは下心を感じる。
「いや、俺は立ったまんまでいいや」
「おや、そうですか」
断られた事を特に気にもかけないようなそぶりを見せつつ、ユリナはふぅ、と息を吐く。
「……マドカと、ネネコちゃんは、下で眠っています。セイも、二人の所です。眠っている二人の警護ですね」
「そう」
「先輩がベリスたちを使って見張っているから、大丈夫だとは思いますがね。念のため、です」
「……気づいていたんだ」
ユリナは、ふっと、少しだけ笑う。
「二回目ですからね。気づかないわけないじゃないですか」
「そりゃそうか」
シンジも、つられて少しだけ微笑んだ。
「……大変ではないですか?」
「ん?」
唐突なユリナの言葉に、シンジは首を傾げる。
「いえ、大変、ではないのかな、と。こうやって、私たちのために、色々として。もっと、やろうと思えば貴方はこんな大変な思いをせず、自由に行動出来るのでは?」
そう言ったユリナの目は、まっすぐにシンジを見ていた。
まっすぐに、奥を見るように。
「自由、か」
「はい。自由です。自由に、敵を倒したり、お金や物資を集めたり、もっと楽に……快楽に、身を任せる事が出来たはずです……それこそ、女の子にエッチな事をしたり」
最後の言葉を一番強調して、最後の言葉の時に一番シンジの目を見て、ユリナは言った。
「……それが、話したかった事?」
「……いえ。そのことをふまえて……ガオマロが警察に捕まった原因は、私たちです」
意を決したように、ユリナは言う。
「……そうか」
それを、シンジは平然と受けた。
「その反応は、やっぱり、気づいていたんですね」
「水橋さんたちの会話の内容や盗撮の時期、それに、二人がわざわざ雲鐘学院を辞めた理由を考えると、ね」
盗撮の時期は去年。
そのとき、二人が学院をやめて一般の高等学校に進学しているのは、偶然ではないだろう。
「……カメラに気づいたのは、私でした。元々、マドカを狙ってイタズラしようとする人は多かったですからね。私自身も、そのとばっちりを受けた事はありましたから。でも、盗撮……しかも、男性が仕掛けた、悪意のあるモノはアレが始めてでした」
仕掛けられていたカメラは、ユリナ自身もなぜ気づけたのか不思議なほど巧妙に隠されていて、気づけたのは単純に運が良かった。
「マドカが着替える前に、財布がないと慌てだして、それを探していたら偶然、ですからね。まぁ、あの子といるとそういった事は多々あるのですが。その話は置いておいて、それで、私たちは怖くなって学院を辞めたのです」
「怖くなった、ってのは」
「……私の両親は記者ですから。そのカメラを仕掛けたガオマロというのはどういう人物か調べ……それで、ろくでもない人物だとわかり、そんな人物が刑期も受けずに自由になることも分かったので」
「安全の事を考えると、学院にいた方が良かったんじゃ?」
「そんな人物を働かせていた場所ですからね。それに、実家の近くの高校なら、近所の人たちの目もあるから安全だと思ったのです。まぁ、その近所の人たちも、ろくでもなかったようですが」
はは、と乾いた笑いをユリナは上げる。
「……それで、どんな話をしたいの?」
シンジは体を屈めて、ユリナと目線を同じにした。
「……助けてください。ガオマロから、私たちを」
ユリナはまた、シンジの奥を見るようにまっすぐにシンジを見ている。
「……助けてください、か」
「はい。おそらく、ガオマロの狙いは、私たちです。イソヤが私たちを見つけたのは、偶然かもしれませんが……一度見つけられた以上、必ず狙ってくるはずです。そして、それからはおそらく逃げられません」
「必中の槍と注射器か」
シンジの言葉に、ユリナはうなづく。
「殺してしまうから、槍を使ってくることはないだろうけど……自由に薬品を生成出来る注射器。薬で人を操るのは……」
「出来ると思います。行動を操るということは、虫でさえ、やってのけることですから」
針金虫という寄生虫は、カマキリなどの虫に寄生して水場に飛び込ませたりする。
そのさい、特殊なタンパク質を虫の脳に打ち込むというが……そういった事が、出来ないとは限らない。
「……そんな武器を持っている連中から、助ける、か」
「……お願いします」
逃げられない相手から助ける、ということは必然、選択は一つだ。
戦うしかない。
話し合いで解決するような、そんな相手ではどう考えてもないのだから。
ただ、戦うといっても相手は金色の武器。神話クラスの武器を持っている相手だ。
そんな相手と戦って、命の保証は無い。
「まぁ、なんとかやってみるか」
そんな事は織り込み済みのはずなのに、シンジはあっけらかんとした様子で答えた。
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