第193話 気持ちが悪い
その始まりは、彼が通っていた幼稚園の保育士が、妊娠した事から始まる。
彼女は、とても仕事熱心で、それに愛嬌があり、児童たちにも、その保護者からも好かれているとても良い人物であった。
そんな彼女が妊娠したので、彼女はしばらく産休を取ることになったのだが、ある日、ある保護者からの要望で、一日だけ幼稚園に顔を出すことになった。
その要望とは、
『妊娠するということ。お腹の中に、命が宿るという事の素晴らしさを、子供たちに教えてほしい』
というモノで、元々、仕事熱心であった彼女は、その要望を快諾したのだ。
そして、彼女は幼稚園の階段で足を踏み外し、お腹の中にいた子供を、失った。
「……というのが、公式に残っている記録だが、実は違う」
半蔵は、苦いモノを口に入れるように、話を続けていく。
本当の話。
本当は、彼女は階段で足を滑らせたのではない。
本当は、幼稚園に通う児童に階段を上っている所を転かされて落ち、さらに、意識が朦朧としているところを、児童に飛び乗られ、お腹を踏みつけられて、子供を失ったのだ。
もちろん、転かして、踏みつけた児童は、ガオマロで、さらに、保育士に要望を出した保護者はガオマロの母親である。
「……それが、公式の記録に残っていないのは……」
「ガオマロの親がもみ消した。ガオマロ自身も、その保育士を流産させるために、二階の高さから飛び降りたからな。『子供が傷を負った責任をどうしくれる!』とか何とかいって、保育士側を納得させたみたいだ」
「なんで、そんな事を……」
「ん?……まったくもって、理解出来ないが、本人はこう周りに言っていたそうだ」
半蔵は少しでも悪い気分を出すかのように、言う。
「『お腹だけ大きくて、気持ちが悪い』」
それから、ガオマロは、三人。
同じような方法で妊婦を流産させている。
そのどれもが、親が権力と金で事実をねじ曲げて消しており、ただ被害者の証言を集めることしか出来なかった。
「病院の記録まで改ざんされていたからな。ガオマロの地元はガオマロの親の息のかかった病院ばかりだからしょうがないのかもしれないが……ちなみに、その頃、ガオマロの母親が書いた本が、『お兄ちゃんとお腹の赤ちゃんが仲良くする方法』だ。ふざけた話だ」
保育士にあのような要望を出したのも、自分が妊娠していたからなのだろう。
ただ、その後。
自分の母親が出産したからなのか。
それとも、本に書かれていた本の内容が、本当に効果があったのかは分からないが、それから、少しの間、ガオマロの凶行は収まることになる。
「……といっても、数年の間。ガオマロが五年生になるまでだがな。しかも、調べて出てきただけで、実際は、それまでの間に何かやっていたのかもしれないが」
その内容は、一言でいえば、同級生をレイプした。
というものだ。
もちろん、これも、公式の記録ではない。
公式の記録では、『子供同士のケンカ』という内容で、処理されてしまっている。
それで、処理されてしまったからか、レイプされた同級生は、それから中学校を卒業するまでガオマロに暴行され続け、それが一度も問題になることもなく続けられ、その後、彼女は自殺している。
自殺も、他殺の可能性が非常に高い、自殺だ。
「……それから、十年以上。ガオマロは女性を犯し、時には殺しているようだが……去年、雲鐘学院で、女子生徒の盗撮で捕まるまで、奴の罪が明らかになった事はない。捕まっても、今までの事は証拠が不十分で……結局、奴は初犯ということで、罰金だけの刑で済んでしまっている」
半蔵は、大きく息を吐く。
「本当に、コイツは、なんだろうな。神様なんて言うのも癪だが、神様がいたら、コイツに何をさせたいのか。まるで、本当に神様にでも守られているように、奴の悪事は、幸運に包まれている。俺が話したのも、証言だけで、物証は何一つない。ガオマロが犯罪を犯した時だけ、防犯カメラの調子が悪くて写っていなかったり、な」
「だから悪運が強い。ですか」
「文字通り、な。そして、それは今もだ」
煙草に、火を点けたのだろう。
しばらくして、半蔵は会話を再開する。
「雲鐘学院には、こちらに避難して来ている方々のご子息、ご息女もいる。助けに行きたいが……今ある問題が起きていてな。すぐに向かう事は出来ない。ガオマロがそんな強力な武器を持っていて、かつ学院を留守にしているなら、今がチャンスなんだろうが……」
「問題……もしかして、それ、シシト君が関わっています?」
シンジの問いに、半蔵は少しだけ言葉を止め、それから笑った。
「ははは……そうだ。君の言うとおりだ。アイツと……それと、お嬢様にも、少々手を焼いていてね。恥ずかしい話だが……すまないね」
「いや、謝るような事は……」
「君が私に連絡してきたのは、もう一つ。私たちに、雲鐘学院に捕まっている人たちを助けるのを手伝ってほしかったのだろう? それは出来ないから……すまない」
「……わかりました。では、また。もしかしたら、そちらにガオマロが来るかもしれませんから、お気をつけて」
「……ああ。ありがとう。君も、無茶はするなよ? 学院は……君には関係ない」
そこで、通話を終える。
「……まぁ、確かにね。俺には関係ないけど……」
「何が関係ないのですか?」
シンジの後ろに、いつの間にか、長い髪をなびかせて、ユリナが立っていた。
「……いや」
「明星先輩。少し、二人でお話しませんか?」
冷気で白くなった息を吐きながら、ユリナは微笑んでそう言った。
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