第194話 運が良い
「……しまった」
ギラギラとした銀色に輝くダブルのスーツに、黒いシャツを着た男性がつぶやく。
その男性の髪は金色で、根本がかなり黒くなっており、それはおしゃれよりみっともないという感想を抱かせる。
特に、彼が持っている黄金に輝く槍が、あまりに美しすぎて、そのみっともなさを強調していると言っていいだろう。
そんな彼の周囲は、雪で白く染まった木々。
それと、元はおそらく、非常に高級なスポーツカーであっただろうと思われる、中心に大きな穴が空いた残骸が転がっていた。
「ちょっとムカつくとすぐにこれだからなー帰りどうしよう、マジで」
反省の弁を述べる男性。
横臥 麿(おうが まろ)。ガオマロは、手にしている金色に光る槍を背に回して、周囲を見渡す。
周りは白い雪と、白い雪が積もった木々だけ。
他に乗り物など、ない。
「転移の球を買おうにも蘇生薬の使いすぎで今手持ちのポイントも無いしな。『リーサイ』で直すか。あーあ、めんどくせ。めんどくせ」
ガオマロは、白い息を吐きつつ、さきほど自分で壊したスポーツカーに近づいていく。
すぐに、気に入らないと壊す癖。
この癖は、直すべきだとガオマロ自身も少しだけ思っている事だが、中々それは難しかった。
さきほども、少し、壊して後悔していることがある。
「イソヤもなー……」
ガオマロは先ほど自分が殺した後輩の姿を思い浮かべた。
メッセージをシカトされ、ちょうど雪で立ち往生してイライラしていたから、槍を投げてイソヤを殺したのだが、そのことを、ガオマロは少しだけ悔いている。
「アイツが持っている武器、一応金色だったんだよな。勿体なかったかな」
街中の銀行やATMなど、お金がありそうな場所を巡り回収したお金で手に入れた、金色クラスのガチャの武器。
数十億はガチャに費やし、入手出来た金色の武器は、三つだけ。
そんな貴重なモノを失った事を、ガオマロは少しだけ悔いていた。
「どこにいるか聞いてから殺せば良かった。モノを小さくするだけの能力の武器なんて、いらないが……」
ガオマロも、『打ち出の小槌』をただ対象を小さくさせるだけの武器だと思っていた。
もし、『打ち出の小槌』が、願い事を叶える槌だと気づいていたら、イソヤになど譲らなかっただろう。
イソヤに『打ち出の小槌』を譲ったのは、彼がどうしても欲しいと懇願してきたからにすぎない。
「ああ、そういえば、アイツ、ネネコちゃんも連れていたな。逃げられたか……飽きてはいたけど、逃がすのは勿体ないよなぁ」
ガオマロは、背中に回していた槍を空に向けて掲げる。
「……んー、やめとくか。それより、帰ってヤクマに頼んだ方が、確実に回収出来るな」
イソヤに譲ったハズレの武器(とガオマロは思っている)と違い、親友でもあるヤクマにあげた黄金のガチャ武器、『最薬の医神器』は、ガオマロ自身が持っている槍と同じで、強力な、それこそチートと呼べるようなルール違反の性能を持っている。
そんな彼に頼んだ方がいいだろうと思い直し、ガオマロは掲げた槍を下げて、穴をあけた車に近づいていく。
「ついでに、イソヤがやりかけていた事も頼むか。お嬢様が手に入らないなら、なおさらあの子たちは欲しいからな」
少しだけ因縁のある少女たちを思い浮かべて、そして、少女たちに残酷な妄想を募らせて、ガオマロは顔を歪ませる。
少しでも早く、その妄想を実現したいが、それには車がいる。
今、ヤクマはおそらく研究中だ。
先日、手に入れた素材を試すのに、連日研究に没頭しているのだ。
そんな彼に、どんなに連絡しても、彼が出ることはない。
そのことは、よく知っている。
だから、頼むなら、学院に戻って、直接彼に言うしかない。
「『リーサイ』」
ガオマロは、魔法で車を元に戻す。
後は、周囲の雪を無くせば、動かせるはずだ。
「槍でどうにか……うお!?」
バン!と、突然、車の中から聞こえた音に、ガオマロは声を上げる。
何かが、車の中から、ガラスを叩いている。
「ああ、こいつらか」
車の中にいたのは、少女だった。
少女が、死鬼と化したモノ。
それがニ体。
ガオマロが、道中の暇つぶしに連れてきたのだ。
車と一緒に槍で貫かれて死亡したが、『リーサイ』をかけられ、死鬼として動けるようになったようだ。
「蘇生薬はあるけど……飽きたな。顔は良いけど、あの子たちに比べるとなぁ」
そのとき。
車の中にいる少女の死鬼たちの処分をどうするか悩んでいるガオマロの目の前に、つまり、車に、炎が着弾する。
「うお!?」
炎は、一瞬のうちに燃え上がり、車を炎上させた。
その炎の熱量に、ガオマロは顔を腕で庇いつつ後ろに下がる。
「グルルルゥ……」
「……アイツか」
炎を吐いたと思われる犯人の声を聞き、ガオマロは林の方を見る。
林には、白い狼がいた。
角は生えていない。
狼の死鬼ではなく、狼のような姿をした魔物なのだろう。
その狼型の魔物が、ゆっくりと歩き出すとどこにいたのか、林の木々の隙間から、次々と同じような姿をした狼たちが現れた。
全部で、二十匹は軽く越えている。
「ウァウ!」
リーダーなのだろう、群の中でもひときわ大きな一匹が声を出すと、二十匹を越える狼たちが、ガオマロに襲いかかった。
「めんどくせーな」
そんな群の突撃を見て、ガオマロは、退屈そうに槍を狼に向ける。
「貫け」
そう言うと、ガオマロの手元から槍が高速で発射された。
槍は次々に狼たちを襲い、ガオマロの背後にいた狼たちの伏兵まで貫き、一秒ほどで、狼の群を殲滅した。
「グル……ルルル……」
「お? まだ生きているのか、しぶといな」
一匹だけ生き残った、狼の群のリーダーだと思われる個体が、フラフラと揺れながら、立ち上がる。
白い毛皮は、胴体を貫かれた時に出来た傷で、真っ赤に汚れていた。
「んーっと」
槍を、その生き残った狼に向けていたガオマロの動きが、止まる。
「きゃんきゃんきゃん」
「グル……」
どこからか、猫くらいの大きさしかない小さな狼たちがやってきて、狼の群のリーダーの周りに群がり始めたからだ。
「……子供か」
「きゃんきゃんきゃん」
狼の子供たちは、リーダーの周りを囲いながら立ち、ガオマロに向かって吠えた。
「……庇っているのか。そのデカいのが母親で、そいつ等が子供?」
そう言って、ガオマロは、空に向かって大きく息を吐く。
「なるほどなぁ……これでこの母親にトドメを刺したら、俺は悪者ってわけだ」
ガオマロは、踵を返し、狼に背を向け、歩き始める。
「……グル?」
「……見逃してやる。次はないからな」
そう言って、ガオマロは、先ほど燃やされた車の方に向かって歩き始めた。
「……貫け」
そう、小さくつぶやいて。
ガオマロの手元から放たれた槍は、先ほどの同じように、高速で動き、
「きゃうっ!?」
狼の子供たちを次々に貫いた。
「……ガル?」
子供たちは、まるで焼き鳥のように槍に串刺しにされたまま、ガオマロの手元に戻る。
「おー……まだ生きてる。ヤクマに良い土産が出来た」
手元で、ピクピクと動く狼の子供を見て、ガオマロは嬉しそうに笑う。
「ガ……ガルァアアアアア!」
それを見て、狼のリーダーが、ガオマロに襲いかかった。
「あーあー……次は無いって、言ったよな?」
狼の牙が、ガオマロの首筋に届く直前。
ガオマロの槍が、狼の腹部……心臓に突き刺さり、彼女を絶命させた。
狼のリーダーの血液が噴き出し……それが彼女を子供達も汚していく。
ガオマロの周囲は、赤くなっていた。
狼たちの血と、車が燃える炎で。
「あは……あはははははっははははっは!」
ガオマロは、笑った。
最高だった。
ガオマロは、こういうとき、気分が良くなる。
何か、こう、他の人が、正しいとか、ルールとか、マナーとか、正義だとかそう思っているような事柄をぶち壊したとき、とてつもない快楽を感じるのだ。
「キモっ! マジで、今のキモっ! なんだよ、見逃してやるって! ないない! はーキモイ。母親を庇う子供とか、キモすぎるだろ……」
ゲラゲラと、ガオマロは笑う。
イライラすることもあるが、ガオマロは今の世界が好きだった。
楽しかった。
この、ゲームのような、何でも、誰でも、壊して、犯して、殺して良い世界が、大好きなのだ。
前の世界でも、ガオマロは殺していたが……バレないように、気を付けていたし、バレたとき、親などに頭を下げたりするのが、面倒であった。
盗撮がバレた時は、実家に軟禁状態になり、復讐に行くことさえ出来なかったのだ。
だが、今はそんな事をする必要がない。
存在しないからだ。
警察などのガオマロを咎めるモノが。
正義が。
悪は悪のまま。
ガオマロはガオマロのまま。
ありのまま、やりたい事が出来る。
ルール違反の、ルールがない。
最高に、自由だ。
「はー……さて、帰るか。ちょうど雪も溶けたし。火を消せ」
狼のリーダーに刺さったままの槍を手を掛け、ガオマロは言う。
すると、ガオマロの槍が独りでに動き始め、車の周りを高速で飛び、車の火だけを消してしまう。
ちゃんと、血まみれの狼の子供達を貫いたままで。
「……邪魔だな。やっぱりいらねーか。ただの雑魚だし」
ガオマロは、手元に戻った槍を振るい、まるで傘についた水滴を飛ばすような感覚で、狼の子供達を飛ばす。
まだ息はあるが……すぐに死んでしまうだろう。
そんな死にかけの狼の子供達の事を見もせず、ガオマロは車に『リーサイ』をかけていく。
ガソリンは流石に燃えてしまっただろうが、ガソリンはポイントで購入すればいい。
雪も溶けて、これでガオマロは車を動かす事が出来る。
狼たちが襲来してきたおかけで。
ガオマロは、この彼にとっての当たり前な運の良さを気にせず、ガソリンを車に入れ始めた。
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