第192話 ガオマロが危険

 それから、三十分ほどして、ネネコは気が付いた。

 セイやマドカたちと比べて、早かったのは、単純に慣れているからだろう。


 死んでから、生き返る事に。


 生き返ったネネコは、近くにいたシンジたちを見ると、すぐに頭を下げて謝った。


 それから、謝罪や、イソヤの顛末のあれこれを終えて、シンジたちはネネコから学校で起きた本当の出来事を聞いた。


 ネネコが初めて会って話した、おそらくイソヤから強要された嘘の内容もヒドいモノではあったが、ネネコが本当に体験した話はそれ以上だった。


 一言でいえば、それは、地獄だ。


 世界が、まるで終末世界のように魔物が発生するようになってから、しばらくの間ネネコたちは生徒だけで生活していた。


 だが、世界が変わって三日ほど経った日のこと。

 ネネコたちの前に、あの男が現れた。

 元、学園で用務員をしていた男。イソヤがガオマロと言っていた、男。


 横臥 麿(おうが まろ)。


 その男が来てから、ネネコたちの世界は終末から地獄に変わった。


 想像しうる、あらゆる責め苦を。

 想像さえしたことがない、あらゆる拷問を。


 ネネコを始め、学校で生き残っていた女子生徒たちは、与えられ続けた。

 本当に、苦しかった事は何か、ネネコは言った。



「……終わらなかった。本当に、ずっと。気を失って、命を失って、もう終わると思って、すぐに、治って、生き返って、それがずっと……おかしくなった子も、いたんだよ? 死鬼とかじゃなくて、心が、壊れちゃった子も……でも、それも、治るんだ。生き返って、ちゃんと。それが、苦しかった……終わらないのが、続くことが、本当に、死ぬほど、苦しかった」


 それを聞いて、シンジは思わず片目を閉じた。

 自分の勘違いに気が付いたからだ。

 とてつもない苦しみを味わったのに、ちゃんと、しっかり、自分に何が起きたかを語れるネネコをシンジは強い子だと思っていたが、それは、違う。


 治されたからだ。

 いや、直された、といった方がいいかもしれない。


『リーサイ』

 モノを修繕する、魔法。死鬼に使えば、その体にある傷跡まで、治してしまう。

 おそらく、ネネコが正気でいられるのは、死んだ時に、『リーサイ』をかけられて、痛んで壊れた心まで、正常に戻されたからだろう。


 心の傷跡を、『リーサイ』は綺麗さっぱり、修繕したのだ。


 そして、心も、体も、綺麗に戻した少女たちを、男たちは再び傷つけた。

 何度も、何度も。

 それは、今も続いている。



「……ということが、雲鐘学院で起きているらしいです」


 病院の屋上で、シンジはiGODを耳に当てながら、話している。

 iGODのチャットアプリ『ゴーイン』の通話機能。

 チャットよりも多くのMPを消費するその機能を使ってシンジが会話をしているのは、あの男。


「……そうか、ありがとう明星くん。まさかそんな事が……」


「はい。それで、半蔵さんにお伝えしたいことが……」


 門街半蔵。

 マドカの想い人であるシシトの恋人、ロナの警護をしている男性。


 シンジとは一度学校で会っており、その後滝本を経由して連絡先を交換している。


 実はマドカたちを生き返らせた時も一度相談しており、三月頃にロナたちがいる聖槍町に行く予定も話している。


 そんな半蔵に、シンジが通話をしているのは、あることを伝えるためと、あることを聞くため。


「その、学園で起きている出来事の主犯格と思われる男が、そちらに向かっているそうです。何か異常はありませんか?」


「……いや、今の所、特に無いな。しかし、ここに向かっているとは……正気か? もう、山には雪が降り積もっていて、ヘリか船以外に来る手段はないぞ? そんなモノが近づけばすぐに分かるが……」


 聖槍町は三方を山に囲まれ、もう片方は海に面している、ほとんど陸の孤島のような場所にある。

 冬以外は一本だけ市内の中心地に向かって走っている道路を使用して陸路でもいけるが、冬になるとそれも不可能だ。

 だから、シンジたちも、聖槍町には、春になるまで近づけないのだが。


「それに……どうやら山には厄介な魔物がいるらしくてな。黒いドラゴン……ワイバーン、だったか? それが、時折山から上がった炎に打ち落とされているという報告が上がっている。そんな山を越えてくるのは不可能だと思うが……」


「そうなんですか。まぁ……おそらく、捕らえていた男の話からも、途中で雪にやられて、立ち往生か何かしているのでしょう。その主犯格の男は、今そうとう苛立っているようでしたし」


 イソヤに宛てられたメッセージからも、ガオマロという男の心理状況は、よく分かった。

 かなり、キレている。


「普通に考えれば分かりそうなモノだがな……いや、アイツは、普通じゃない、か」


「……やっぱり。半蔵さんは、主犯格の男……ガオマロの事を知っているんですね?」


 聞きたかった事。それについて半蔵が触れたので、そちらの話題にシンジは話をふる。


「知っている、といっても、資料だけだが……そうか、そのために連絡してきたのか」


「いえ、そういうわけでは」


「ああ、すまない。別に気分を害したわけじゃない。むしろ、嬉しいんだ」


 そう言うと、半蔵から、ふっとした息が漏れる。


「……はぁ」


「様々な人材が集まる雲鐘学院。そこに、ロナお嬢様が、元々は通う予定であっただろうという予想。そこから、なぜ通わなくなったのか、その原因の一つがガオマロと推理して、そして、その原因について、私は知っているだろうと……良い読みだ。アレも、君のような聡明さがあれば……っと、すまない。まずは君が欲している情報だ。といっても、私が知っているのは、部下がまとめた報告だけだが……」


 そこで、半蔵は、先ほどまでの口調から、一気にトーンを落とす。


「……私も、今まで色々な人物を見てきたが……悪運が強い。という言葉が、ここまでふさわしい奴はいない」


 それから、半蔵は教えてくれた。

 横臥 麿について。


 横臥 麿が長男として生まれた家庭は、実に素晴らしいモノであった。


 父親は地方で代々続く有力者の跡継ぎで、県議会委員を務め、様々な団体に寄付などもしている次期県知事候補と言われるような人物であり、母親は婦人会の会長を務め、子供の教育に関していくつも本を出版するような立派な人物。


 そんな素晴らしい両親に、優しく、健やかに育てられたガオマロ。

 彼が、初めて人を殺したのは、五歳の時だった。

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