第191話 ネネコが死んでいる

 それから、シンジたちは病院の一階まで降り、途中、オレスがしたと思われる破壊の跡を横で見ながら進んでいった。


 到着したのは、病院の事務室。

 それは、マドカがこの病院に転移された時にいた、部屋である。


 だから、中には……


「じゃあ、入るか」


 確認するように、シンジはマドカの方を向く。

 マドカは、静かにうなづいた。

 それを見て、シンジは事務室の扉を開ける。


 部屋の中は、水浸しだった。

 水に流されたのだろう。

 部屋の片隅に、筆記用具やコピー紙やなどが集まっている。

 その中に、あった。

 いや、いた。


 首の無い少女の死体が。

 身体の無い少女の頭が。



 ネネコの死体が、不思議な言い方ではあるが、それぞれが背中合わせで、水浸しで転がっていた。


 同時に小さくされていたと思われるネネコは裸ではなく服を着ていたが、それが何の意味があるのだろうか。

 羞恥を感じる頭が、身体と離れているのに。


 その体の近くに、小さなバケツのようなモノが転がっていた。

 おそらく、コレが事務室に向かう道中聞いていた、蘇生薬が溜め込まれていた容器だろう。

 予想通り、グレスが起こしてしまった水流によって中身は流されてしまっていた。

 何回分残っていたのか分からないが……状況を考えると仕方が無いだろう。

 これからの事を考えると、非常に惜しい事ではあるが。


「……流石に、このままだと可哀想か」


 シンジは、死んでいるはずなのにパクパクと動いているネネコの口を見ないようにして、近づいていく。

 それは、少し前ならとてつもないホラーな光景であったのだろうが、今ではそれは簡単に一言で片づけられる現象だ。


 ネネコは、死鬼になっているから、口が動いているだけ。

 それでも、気味が悪い光景であるし、気分が悪くなる光景に間違いはない。


 シンジは、死鬼化しているネネコに近づくと、リーサイの魔法をかける。


 すぐに、ネネコの首と身体はくっつき、傷一つない身体に戻っていく。


 だが、それは傷がないだけで、ネネコは生きてはない。


 案の定、身体が戻ったネネコはすぐ近くにいたシンジに向かって牙を向き、襲いかかってきた。


 そのネネコの周りに、シンジはすぐさま氷の檻を作りネネコを動けなくしてしまう。


「よし、じゃあ……」


「あの……」


 口を開きかけたシンジに向かって、マドカが声をかける。


「ん? どうしたの?」


「あの、もしかして、その、先輩の相談って……」


 マドカは、スカートの裾を握りしめる。


「そうだね。この子を生き返らせるかどうか、って相談」


 それを聞き、マドカはさらに強くスカートを握りしめる。

 何かを口に出そうとするが、それを飲み込み、ただスカートを握っている。


「……先に言っておくね。俺がこの子を生き返らせようと思う理由は、一つ。情報収集だ。イソヤから聞き出せなかった情報はいくつかあるし、それに、被害者の目線から、何かつかめる事があるかもしれない」


「生き返らせない、理由は?」


 マドカを横目で見ながら、セイが聞く。


「相談、ということは、先輩は悩まれている、という事ですよね? ネネコちゃんを生き返らせるか、生き返らせないか……その、悩んでいる理由とは?」


 それは、おそらくマドカが口を開きかけた言葉の一つなのだろうとセイは思いながら言った。


「単純に、ポイントの問題。『転移の球』を買うのに、ポイントを使ったからね。これからの事を考えると、あんまり余裕はない。それに……」


 シンジは、そこで、少し口を閉ざす。

 それを見て、ユリナが言う。


「……それに、イソヤの方を生き返らせた方がいいかもしれない、というお話ですか?」


「なっ……!? なんで!」


 ユリナの言葉に、マドカは、声を上げる。


 そんなマドカを、冷めた目で見ながらユリナは淡々と言う。


「……情報収集という観点からいけば、やはり敵の中心にいたと思われる人物から聞いた方がいいですからね。先ほど、敵から制裁を受けて殺されたのであれば、イソヤをこちらに寝返るように説得出来るかもしれません。それに……」


 そこで、ユリナは息をためて、言う。


「敵、というのならば、私たちを騙したネネコさんも、敵と変わらないでしょう。むしろ、裏切ったという実績がある以上、イソヤよりも……」


「ユリちゃん!!」


 マドカが、ユリナの襟をつかむ。


「百合……マドカさん!」


 セイが慌てて仲裁に入ろうとするが、それをユリナが手で制して、止める。

 マドカは、ユリナの襟をつかんではいるが、何も言わず、ただ、力を込めて、震えている。

 それだけだ。


「……どうしました? 何も言わないのですか? 何も出来ないのですか?」


「……っ!」


 マドカは、反論出来なかった。

 反論できるほど、理性的で合理的な意見は、マドカにはない。



「はい、そこまで」


 空気を変えるように、シンジが手を打つ。


「ゴメン、水橋さん。それは俺が言わないといけない事だった。百合野さんも、手を離してくれないかな? 水橋さんは、代弁してくれただけだから」


 シンジの言葉を聞いて、マドカは、ゆっくりとユリナから手を離す。


「……ありがとう。さて、じゃあ結論を出そうか。ネネコちゃんを生き返らせるか、イソヤを生き返らせるか。それとも、どちらも生き返らせないか。それぞれ意見は……」


 シンジは、三人を見ていく。


「私は、先輩のご意見に従います」


 と、セイ。


「……私はどちらも生き返らせない、で」


 と、ユリナが言う。


「先ほどはああ言いましたが、やはりイソヤを生き返らせるのはリスクがありますからね。ネネコさんもまた、生き返らせる事にあまりメリットを感じません。イソヤ以上の情報を、彼女は持っていないでしょう。それに、もう一度言いますが、裏切った、という過去がある以上、彼女を生き返らせる事にもリスクがあります」


 そんなユリナの言葉を聞きながら、マドカは下を見て、震えていた。


「……なるほどね。じゃあ、最後に、百合野さんは?」


 聞いた瞬間から、数秒、キーンと音が鳴るくらいに、周囲が静かになる。


「……お願いします」


 静寂を破り、マドカは、地面に座り、頭を下げた。

 それは、どう見ても、土下座の姿勢。


「えーっと……」


「……ネネコちゃんを生き返らせることに、メリットはないかもしれません。リスクもあるのかもしれません。でも、お願いします」


 強固さと、重みを感じるようなマドカの声に、シンジは言葉を飲み込んだ。


『土下座なんかしなくても』


 なんて、そんな軽い言葉は、どう考えても、失礼である。


「……分かった。じゃあ……」


 シンジは、ネネコに近づき、iGODを操作し、あるモノを取り出した。

 それは、ビン。蘇生薬の入った、ビン。


 シンジは、ビンの蓋をあけて、ネネコに飲ませた。

 ネネコの体が淡く光り、角が消え、ネネコはその場に倒れる。

 倒れたネネコを抱き起こしながら、シンジは言う。


「とりあえず移動しようか。ベットがある二階あたりに……」


 振り返りながら言ったシンジは、そこで言葉を止める。


 マドカから、声が聞こえたからだ。

 静かに、すするような声は、次第に大きくなり、最後にはわんわんと声を出して、マドカは泣いていた。

 すぐさま、セイはマドカの背中に手を当て、さすっている。

 その様子に面を喰らっていると、ユリナがこっそり近づいてきた。


「……理由を聞いていいですか? 合理的なのは、やはり、どちらも生き返らせないことだったと思うのですが……ネネコは、まぁもう少しポイントに余裕が出来てからでも良かったでしょう。まさか、土下座に心を動かされた、とか?」


 ユリナの問いに、シンジは少しだけ迷いながら言う。


「そりゃ、多少は動揺したけど……土下座は理由じゃないよ。ただ、普通に考えて、どれが一番リスクが高いかな、と思ってね」


「……リスク、ですか?」


「そう。ここでネネコちゃんを生き返らせないと、パーティの空気が悪くなるだろ? それは、一番警戒しないといけないリスクだと思ってね」


「……そうですか」


 ユリナは、クスリと笑う。


「……なんで、ちょっとうれしそうなんだよ」


「さて、なんででしょうね」


 そのまま、ネネコを二階まで運び、彼女が目覚めるまでシンジたちは少し体を休めるのだった。

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