第185話 イソヤが低能

(そろそろ、いいかな)


 イソヤの、見え見えのローキックを足を浮かしてやりすごしたシンジは、次の行動に移る。

 また、事前に、はっきりと分かってしまうイソヤの左パンチに合わせて、シンジは短剣を抜く。

 蒼鹿と紅馬。

 それぞれを両手に構え、シンジは、切り裂いた。


「……ぎゃぁあああああああ!?」


 イソヤの、両腕を。

 縦に、手のひらから、二の腕にかけて、ざっくりと。

 シンジを思うがままに殴れていると思っていたイソヤは、シンジの反撃を想像していなかった。

 自分が攻撃することしか、考えていなかった。


 そんな思考の人間を切り裂くのは、難しいことではない。


「くあぁああああ……はぁ……はぁ」


 切り裂いた直後は、激しい出血だったが、それも徐々に収まっていく。

 だが、その収まりは、遅い。


「痛い……っすね、こんなことして、タダですむと……」


 シンジは知らないことだが、イソヤの口調も、戻ってきている。

 薬の効果が、切れかけているようだ。

 時間か、ダメージか。

 あるいは、その両方か。

 原因はまだ分からないが。

 だが、シンジはコレを待っていた。


「タダですむって……アンタに何か出来るのか? 正直な話、アンタの攻撃は見切っている。低能なんだから、無駄な抵抗はしないで……」


「……舐めるなぁ!!」


 イソヤは、猛りながら、『打出の小槌』を振り上げ、そして下ろした。


「……はぁ」


 それを、ため息混じりで、シンジは避ける。

 軽く、後ろに下がって。

 イソヤの小槌は、宙を切り、床を打つ。


「……え?」


 その声は、マドカの声だった。

 イソヤの小槌をシンジが完璧に避け、小槌が何も無い床を打った瞬間。


 シンジの身体が、消えた。


 学校の制服と、黒い外套、『|笑えない空気(ブラックジョーク)』と、紅と蒼の双剣、紅馬・蒼鹿。

 シンジが身につけていたモノが、床に落ちていく。


「ひゃ……ひゃひゃひゃひゃひゃははぁああああああ!」


 イソヤの笑い声が、こだまする。


「な……先輩は、なんで……?」


「バカっすねぇ! 何が見切った! っすか! 『打出の小槌』は、直接触れなくても、振ったら小さく出来るんっすよぉ! バーカ! そっちが低能だったみたいっすねぇ!」


 ひとしきり笑った後、イソヤは、シンジの制服が落ちている場所に、歩いていく。


「男には興味がないんで、このまま、踏みつぶしてあげるっすよ」


「や、やめ……ユリちゃん、セイちゃん、このままだと、先輩が……!」


 シンジに回復魔法をかけてもらったからといって、まだ、マドカは、満足に戦う事は出来ない。


 なので、マドカは、ユリナとセイを頼ったのだが

 二人とも、立ったまま、動こうとしない。


「ちょ……どうしたの、二人とも! このままだと、先輩が……!」


「……大丈夫ですよ、マドカ」


 ユリナが、小さな声で言う。


「大丈夫って」


「まぁ、このまま見ていてください」


 ユリナに言われ、マドカは目線をイソヤの方に戻す。

 そのとき、ちょうどイソヤは、おそらくシンジがいると思われる場所付近で足を上げている最中だった。


「……いや、そうっすねぇ」


 そのまま、シンジを踏みつぶそうとしていたイソヤは、その動きを途中で止める。


「せっかくだし、皆に潰される光景を見てもらいましょうか。どうせ何の抵抗も出来ないっすからね」


 そういって、イソヤは落ちているシンジの制服を漁る。

 そして、すぐに、倒れているシンジを発見した。


『打出の小槌』を使い、身体を急激に小さくすると、その人物はほぼ確実に気絶する。

 身体の急激な変化に、身体が耐えられないからだ。


 そのことを、今まで人を小さくしてきた経験から、何となく理解していたイソヤは、なんの警戒もなく、倒れているシンジを小槌を持っていない左手でつかみ、持ち上げる。


「さてと……じゃあ、今から、じっくり見てもらいましょうか、人の事をバカにしていたくせに、あっさり殺される、調子に乗ったクソガキが死ぬ所を」


 イソヤは、マドカ達がよく見えるように、わざわざ彼女たちの方を振り返り、言う。


「ほらほら、抵抗はしないんっすかね? このままだと、大切なお友達が死んじゃうっすよ? まぁ、何かしようとしても、その距離なら、全員小さく出来るっすけどね」


 それでも動かないマドカ達見て、イソヤは笑う。


「あーあ、見捨てられて……まぁ、調子に乗ったクソガキにはお似合いの最後っすね。じゃあ、いくっすよー5、4……」


 イソヤが、カウントダウンを始める。


「……そんな事する前に、さっさとやっておけばいいのに」


 だが、カウントダウンは、すぐに止まった。

 その一言によって。


「な、なんで……!?」


 イソヤが、驚愕する。

 先ほどの言葉は、イソヤのすぐそばで発せられた声だからだ。

 イソヤのすぐそば。

 左手の中。

 つまり、小さくなった、気を失っているはずの、シンジから。


「アンタがやったように、気絶は回復出来るからね。まぁそれをどうやったのかを、教える筋合いはないかな。とりあえず、手、離してくれない? 男に握られてるって思うと、気持ち悪くって。特に……アンタみたいな低能にさ」


「こ……の! ガキが!」


 イソヤは、シンジの言葉を聞いて、反射的にシンジを握りつぶそうと力を込める。

 だが、その瞬間。


「がぁっ!?」


 雷鳴のような音が轟き、イソヤの身体に電流が走る。

 それは、反応出来ない早さの、イソヤが小さく出来ないモノ。

 電流は、的確にイソヤの意識を奪い、そして、そのままイソヤは倒れた。


「……カズタカから『魔雷の杖』の事、聞いてないのかね?」


 その大きさと、シンジの能力の関係上、腰に下げておく事しか出来なかった『魔雷の杖』。


 それが、イソヤを襲った電流の正体。

 もちろん、そのまま、『魔雷の杖』がイソヤを襲ったのではなく。


「まぁ、俺が、武器を取り込む能力を持っているなんて、知らないか」


 シンジが『中二病患者』の固有技能『他己陶酔』で取り込んで、使った電流だ。

 その能力の事を、カズタカも、イソヤも、知らないだろう。

 だが、イソヤが、例えシンジの能力を知らなくても、もう少し注意深ければ、杖が、シンジの制服の近くに落ちていない事に、気づけたはずだ。

 そうすれば、なんの策もなしに、シンジに触れるなんて事はしなかっただろう。

 悠長に、カウントダウンなんて、しなかっただろう。


 まぁ、そもそも、イソヤがしっかりと『打出の小槌』の能力を使えていれば、そんな事は関係なく、戦いは決着していたはずなのだが。


 考えていれば、工夫していれば、努力していれば。

 イソヤがシンジに負ける事は無かっただろう。


「……やっぱり、低能だったな、コイツ」


 イソヤの意識を奪った事で、元の姿に戻れたシンジは、倒れているイソヤを見て、そうつぶやいた。

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